第25話 祝杯

──港で宴会が始まった。

漁師達は皆、楽しそうに杯を交わしている。

クルベットが俺達を発見し、声をかける。


「テルアキ君! 良かった!

目を覚ましたんだな。

君には何と礼を言ったら良いか……。

ありがとう! 本当にありがとうっ!!」


「クルベットさん、

俺は殆ど何もしてませんよ。

麻痺毒入りの餌を巨大サメに食べさせて、

海上に浮かせただけです。


餌の材料を用意してくれた漁師の皆さん、

『トルペ茸』を探してくれたサキ、

大きなもりを突き刺してくれたユナ、

サンダーでトドメを刺してくれた

3姉妹の皆さん、

……全員で成し遂げた事です」


「テルアキ君は謙虚だな」


「でも、召喚の儀式で現れたのが

僧侶の俺ではなくて

もし伝説の勇者だったら、

巨大サメも勇者の剣をひと振りするだけで

退治できたのかもしれませんし、

……皆さんにはお手数をかけました」


「君は何を言っているんだ?

何でも直ぐに1人で解決してしまう

勇者も立派だが、こうして知恵を出して

皆と協力する僧侶も私は好きだぞ。


……ほら、皆の顔を見てみなさい。

笑顔で溢れているだろう?

君は皆に役割を与えて、それを達成し、

そして今、こうして成功を分かち合っている。

君が皆を笑顔にさせたんだ。

本当に大したものだよ、テルアキ君」


「クルベットさん……。

ありがとうございます」


クルベットと話していると、

スキーユ、クロビス、ユイトルが

やってきた。


「テルアキ君、目覚めたのね。

良かったわ。あなたが海に落ちた時は

びっくりしたわよ」


「テルアキ、ありがとなっ。

これで明日からまた漁に出られる。

皆も喜んでるぞ!」


「テルアキ、病み上がりなんだから

無理しないでよ。また倒れても、

今度は介抱してあげないからね」


(ユイトルちゃん、相変わらず厳しいっ!)


ユナは、テルアキに厳しい言葉をかける

ユイトルに驚きつつ、話し始める。


「でもあの時、

私は動揺して取り乱しちゃったけど、

クロビスさんとユイトルちゃんは

冷静だったよね。すぐに僧侶様に

救命行為を始めたんだから」


「……そうだったのか?

それは、ありがとうございました」


「別に良いわよ。

私達、救命行為は時々やってるし、

それにあの時は状態確認をしただけよ。

テルアキは心臓も呼吸も正常だったから

実際は何もしてないわ」


「でも、2人ともカッコ良かったよ。

ユイトルちゃんは直ぐに

僧侶様の頭の方に座って、必要なら

人工呼吸をしようとしてたんだから」


「えぇっ!?

俺とユイトルと人工呼吸っ!?

ユナの目の前でかっ!?」


「なっ!? ちょっとテルアキ!!

真面目な救命行為を

さげすむのはやめなさい!

……でっ!! 気にするのは

『ユナの目の前で』って所なのっ!?」


(しまった! 今のは口が滑った!?)


「……いや、違うんだよユイトル。

救命行為は真面目な事だよな。

変な風に言って済まなかったよ」


「そっちは良いわよ。

むしろ、重要なのは後半の方!!

どういう意味よっ!?」


「あっ、僧侶様?

私もそこはちょっと気になるなー」


(……なっ! ユナまで絡んできた!?)


俺が戸惑っていると、

タイミング良くオリオルが

港の海から顔を出した。


「クゥーー、クゥーー!」


「あっ! オリオル! お前っ、

海に落ちた俺を助けてくれたんだよな?

ありがとな!」


(……助かった! オリオル!

お前は今日、俺を2回救ってくれたぞ!)


俺はたまらず、オリオルの方に

駆け寄って行った。


「あっ!

僧侶様、逃げた! 待ってよー!」


ユナは俺の後を追い、

ユイトルはその場に残った。

スキーユがユイトルに声をかける。


「……うふふ。テルアキ君はモテるのね。

ユイトルがこんな風になるなんて、

私は嬉しいわ。

テルアキ君達は近々

この街を出ていくと思うけど、

最後まで頑張りなさいね、ユイトル。

相談ならいつでも乗るわよ」


「……ふん。スキーユお姉ちゃんに

恋のアドバイスなんて出来ないでしょ?

お姉ちゃんこそ、

いい加減に良い人見つけなさいよ」


「なっ! あんたはいつも!

涼しい顔で痛い所をえぐるわね!」


そんな会話の中、

カルマールがやってきた。


「ユイトル、ここに居たのか。

テルアキ君は向こうでオリオルと一緒か。

宴会も盛り上がってきたし、

そろそろ例のモノを皆に出そうと思うんだ」


「分かったわ、お父さん」


「おーい! テルアキ君!

例のモノを皆に出したい。手伝ってくれー!」


「あ! カルマールさん、分かりました!」


「お父さん、ユイトル、例のモノって何?」


「スキーユはまだ見てなかったな。

凄いものがあるぞ。テルアキ君は……、

港の平和を救うだけじゃなく、

この街の産業発展も

助けてくれるかもしれない」


──俺達は試作した『しめザバ』、

焼いた『ザバの一夜干し』を

宴会を楽んでいるクルベットや

漁師達に提供した。

新しい形に調理された『ザバ』に

皆が興味を示し、箸をのばす。


「おぉっ! これは一体!?

酢のおかげでザバがあっさり食べられる!

正直、ザバは脂が強すぎる……と

感じる時もあるが、これは美味いぞ!」


『焼いた方も、味が濃くなって美味い!

カルマールさん!? これは何ですか?』


「好評の様だな。クルベットさん、皆、

これはここに居るテルアキ君が

教えてくれた料理だ。

酢に浸けた『しめザバ』と、

風に当てて干した『一夜干し』だ」


「テルアキ君が作ってくれたのか!?」

 

『おぉっ!

巨大サメの退治だけでなく、

こんなモノまで作れるなんて!?』


「これは俺が元居た世界の料理です。

作り方のアドバイスはしましたが、

実際に作ったのはユイトルです」


「クゥーー! クゥーー!」


美味しそうな香りに誘われて、

オリオルが海から顔を出す。


「ねえ、ユイトルちゃん。

オリオルちゃんに焼いた一夜干しを

あげてもいい?」


「……どうかしらね。

今まで生の魚しかあげたこと無いけど。

試しに1匹あげてみたら?」


「うん。ほらっ、オリオルちゃん!」


ユナは香ばしく焼かれた

一夜干しのザバをオリオルに投げた。

オリオルはジャンプして

空中でザバを口でくわえ、

美味しそうにザバを頬張っている。


「クフゥッ! クフゥッ!」


「あはは、オリオルちゃん、熱い?

ゆっくり食べないと火傷するよっ」


「へぇ、オリオルは

焼いたザバが好きなのね。

今まで気付かなかったわ」


「ユナ、一夜干しじゃなくて、

こっちの生ザバをファイアで

少し炙って食べさせてみろよ」


「うん、僧侶様、やってみる」


ユナは弱めのファイアで

ザバを香ばしく焼き上げ、オリオルに投げた。


「クゥーッ! クゥーッ!」


「オリオルちゃん、焼きザバ美味しい?

……ってあれ? オリオルちゃん?」


「クゥ……、クゥ……」


「おい、ユナ。

何だかオリオルの様子が変だぞ。

……苦しんでるのか?」


「えぇっ!?

オリオルちゃん、大丈夫っ!?

ど、どうしよう? ユイトルちゃん。

……焼きザバがダメだったのかな?」


「……これはっ?」


ユイトル真剣な眼差しで

オリオルの状態を観察する……。


「テルアキ! ユナ! 急いでお父さんと

クロビスお姉ちゃんを連れてきて!」


「ああ! 分かった!」


俺とユナはクロビスとカルマールを

急いで呼んできた。

クロビスと一緒にいた

スキーユとサキも同行する。


「ユイトル、

オリオルがどうかしたのか?」


「お父さん、オリオルを見て!

……どう思う?」


「あぁ、これは……、産気づいてるぞ!」


「ええっ!?」


一同が驚きの声を上げる。


「オリオルちゃん!

お腹に子供が居たの!?」


「きっと、巨大サメが退治されて

安心したのね。今まで子供を守る為に

産むのを我慢してたのかしら?」


「そうかもしれないな、スキーユ。

よし、オリオルの出産を皆でサポートするぞ」


「クゥゥ……クゥゥ……」


「オリオルちゃん! 頑張って!」


「オリオル!

子供を襲うサメはもう居ない!

安心して産んで良いぞ!」


──それから1時間程経過した。


「クゥゥーーッ!!」


……ズズッ!


大きな鳴き声と共に、

オリオルの身体から海中に

小さな子供が吐き出された。

全長1m程、オリオルの姿を

そのまま小さくした様な容姿だ。


「キュゥッ、キュゥッ!」


「クゥーー、クゥーー!」


オリオルとその子供は体を擦り合わせながら

スキンシップを取っている。


「オリオル! よく頑張ったな!」


「きゃぁ! 何て可愛い子供なの!?」


オリオルとその子供は揃って海面に顔を出し

口をパクパクさせ始めた。


「オリオル、頑張ってお腹空いたのね。

はいっ、食べなさいっ」


スキーユはオリオルに向けて魚を与える。

ユナも時折、ファイアで炙った

焼きザバを混ぜながらオリオルに与えた。


オリオルは口でキャッチした魚を

子供の前に放し、ゆっくり食べさせている。

オリオルの子供も

焼きザバが気に入った様子だ。


「キュゥッ! キュゥッ!」


「わぁ、子供の方も焼きザバが

好きみたいだね」


「クゥーー!!」

「キュゥッ!!」


「うふふ。

2人がユナちゃんにお礼を言ってるわよ」


──こうしてオリオルは

無事に出産を終え、

皆は安堵と微笑みに包まれるのであった。

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