第24話 宝物

──カルマール、ユイトル、

ユナ、サキは俺を部屋に運び、

壁際のベッドに寝かせた。

ユナは心配そうに

テルアキの手を握りしめている。


「……僧侶様っ!

一人で無茶するんだから!」


ユイトルはその様子を

ユナの後ろから見ていた。


(私だってテルアキの手を

握っていたいのに……。

でも、この壁際のベッドじゃ

テルアキの手は右手しか握れない……)


暫くして、クルベットが部屋に入ってきた。


「先程は済まなかったな。

テルアキ君の側に居たかったのだが……。

彼はまだ目を覚まさないのか?」


「ええ、クルベットさん。

呼吸は落ち着いてますので、

時間が経てば目を覚ますと思いますが。

……魔法の使い過ぎが原因みたいです」


「そうなのか。

ところで、皆に知らせだ。

巨大サメの退治と漁の再開を祝って

今夜、港で宴会をする事になったんだ。

ユイトル、テルアキ君の事は

気になると思うが、準備を手伝ってくれ」


「分かりました。

ここで寝てるテルアキを

4人で見ててもしょうがないし。

店の備品や使えるモノは提供します」


「ありがとう、ユイトル。

では私は行くから、

テルアキ君の事は頼んだぞ」


そう言い残し、クルベットは部屋を出た。


「さて、私も忙しくなるわね。

私は1階の店に居るから、

何かあったら知らせてちょうだい」


「うん、分かったよ、ユイトルちゃん」


部屋を出ようとしたユイトルは

背中越しにユナに声をかける。


「……ユナ。

この壁際にあるベッドでは

テルアキの手は、

片手……、右手だけしか握れないわ。

テルアキが目を覚ますまで、

その役、あんたに譲ってあげる。

感謝しなさいよ。

……ただし! この件について

お礼を言うんじゃないわよっ!

良いわねっ!?」


複雑な面持ちで語るユイトルに

ユナが戸惑いながら答える。


「……えっ!?

……ユ、ユイトルちゃん、ありが……」


「だからっ!!

お礼を言うなって言ってるのよっ!!

聞いてなかったのっ!?」


ユイトルはそう言いながら

バタバタと早足で歩き、

勢い良く扉を閉めて出て行った。


……バタンッ!!


(全く!

あんな顔でテルアキの手を握られたら、

こうするしかないじゃないっ!?

……もうっ! ほんとにっ!

憎らしいんだからっ!!)


──それから1時間ほど経過した。

俺は漸く目を覚ますことが出来た。


「う、うぅ……」


「僧侶様っ! 起きた!? 良かった!」


「テルアキ! 心配したぞっ!」


「うぅ……ユナ、サキ?

それにカルマールさん? ここは部屋か?

俺は……サメと戦って、

オリオルの傷を治そうとして……」


「うん、ここは僧侶様の部屋だよ。

僧侶様は魔法を沢山撃って戦った後、

オリオルに治癒の魔法をかけようとして

……気を失って海に落ちちゃったんだよ。

そこをオリオルが助けてくれて、

で、皆でここに運んだんだよ」


「……そうか、オリオルには

後で礼を言わないとな。

カルマールさんも……、

看病してくれたんですね。

ありがとうございました」


「何を言うんだい?

お礼を言うのは我々の方だよ。

君はこの街を救ってくれたんだ。

漁師長として、改めてお礼を言わせてくれ。

本当にありがとう!!」


「カルマールさん……」


「さて、君が目覚めた事を

ユイトルに知らせて来るよ」


カルマールから知らせを聞いた

ユイトルが階段を駆け上がり

部屋に入ってきた。

少し後にカルマールも部屋に戻る。


「ちょっとテルアキ!!

あんたねっ……もぅ! 一人で無茶して……。

心配したじゃない!!

痛い所は無い? 大丈夫なのっ!?」


ユイトルはユナをどかし、

大きな声を出して、

俺の両肩を掴んで激しく前後に揺らした。


「わわっ! だ、大丈夫だよ。

心配かけて済まなかったな。

お前も看病してくれたんだろ?

ありがとう、ユイトル」


「全くっ! 心配させるんじゃないわよ!

そもそも、僧侶ってのは戦闘の時、

仲間を治癒したり回復するのに

最後まで立ってなきゃダメなんでしょ?

それを……真っ先にアンタが一人で

気絶してどうするのよっ!?

もぅっ……!

ちゃんとしなさいよっ! バカッ!」


……ッドン!


ユイトルが両手で俺の胸を叩く。


「はは……、確かにそうだな。

悪かったよ、ユイトル。

今回はちょっと……、頑張りすぎたな」


「分かればそれで良いのよ。

……そうそう、もう聞いたかしら?

今夜は漁師の皆と港で宴会よ。

前に頼まれてた2つのモノ……、

試作が出来てるから後で見に来なさい。

テルアキの確認が無いと、

皆に出せないんだから」


「おぉっ!

頼んでおいたアレが出来てるのか?

流石だなユイトル!」


「おだてても何も出ないわよ。

じゃ、私は下に行くからね」


ユイトルは部屋を出て扉を閉めた。

しかし、すぐに階段に向かわずに、

閉めた扉にもたれ掛かり、うなだれる……。


(……はぁ、何で私はこうなのかしら?

テルアキは目覚めたばかりなのに、

もっと優しい言葉をかられなかったの?)


一方、俺とカルマールと会話が

部屋の中から外に漏れる。

ユイトルは扉にもたれかかり、

俺とカルマールの会話を暫く聞いていた。


「はは、娘が済まないな、テルアキ君。

ユイトルは……、口は悪いが

性格は真面目で優しい子なんだよ」


「カルマールさん、

そんな事は分かってます。

それに真面目で優しい人でなければ、

あんなに美味しい料理は作れません。

ユイトルが作る料理は、

優しさとか温かさに溢れてますから」


「そう言って貰えると、

父として嬉しいな。

ユイトルも喜ぶと思うから、

機会があったら直接伝えてあげてくれ」


「それはちょっと……恥ずかしいです。

何か、告白みたいになっちゃうし」


(なっ! 全部聞こえてるわよ!

テルアキ……そんな風に思ってたの!?)


一方、勘の良いサキは

扉の向こう側に立つユイトルの

気配に気付いていた。


「まぁあぁ、テルアキ、

何にしても目覚めて良かったな。

この店は造りがボロイ部分もあるから、

案外、床の隙間とかを通して今の会話が

ユイトルにも聞こえてたりしてな」


(なっ! サキ!

造りのボロイ店で悪かったわね!

……うん? サキは

私がここに居る事に気付いてるっ!?)


「はは、これは手厳しいなぁ。

潮風にさらせれる建物だから、

所々傷んでいるのは勘弁してくれ」


──目を覚ました俺は

ユイトルが居る1階に下りていく。


「来たわね? テルアキ。

頼まれていた2つのモノ……、

こんな感じで良いのかしら?」


食べ物の気配を察してか?

ユナが興味津々の顔で覗き込む。


「僧侶様、これは何?」


「ああ、

これは俺が元居た世界の魚料理だ。


・酢に浸けて保存性を良くした『しめ鯖』

・風にさらして水分を減らした『一夜干し』


だよ。ザバで作ったから、

『しめザバ』と『ザバの一夜干し』だな」


「どうやって食べるの?」


「『しめザバ』の方はそのまま生で、

又は酢で味付けした冷やしご飯と一緒に、

『一夜干し』の方は焼いて食べるんだ。

早速皆で試食してみよう。

ユイトル、一夜干しを焼いてもらえるか?

俺は酢飯を用意するよ」


「ええ、分かったわ」


・切り分けられた『しめザバ』

・酢飯の上に『しめザバ』を乗せたもの

・香ばしく焼かれた『一夜干し』


がテーブルに並ぶ。

皆が箸を取り、口に運ぶ……。


「わぁっ! 僧侶様!

この『しめザバ』!!

脂が乗ってるのに酢のおかげで

凄くさっぱり食べられる!

しかも、あとを引く美味しさが

たまらないよっ!」


「テルアキ!

酢飯と一緒の方も美味いな!

これなら持ち運びできるし、

外で飯にするのに便利だぞ!」


「テルアキ君、『一夜干し』の方も

水分が減って味が凝縮された分、

美味しさが増しているよ! これは美味い!

しかも保存性が良くなるとは……、

足が早いザバを加工して

長持ちさせる事ができるな」


「はい、カルマールさん、そこが狙いです。

酢に浸けた『しめザバ』の方も、

酢の殺菌効果で保存性が上がっています。

この美味しいザバを

ロティールの街でも食べられる方法が

何か無いか? ……って考えていたんです。

ユイトルはどうだ?

やっぱりお前の合格が無いと

商品にならないからな」


ユイトルは手で口を押さえ、

驚きと様々な感情で震えていた……。


「テルアキ、あんたって人は……。

美味しい……、美味しいわよ。

……凄いわ!!

私もザバの保存性が問題だって

ずっと分かってた。

でも、魚は捕れたてを食べるのが

1番だと思ってて……、

こんな風に加工する発想はなかった。


この料理なら、ロティールの街にも

出荷できるかもしれない。

……テルアキ! ありがとう!

本当にありがとう!!

これは、きっとこの街の宝物になるわ」


「そ、そこまで喜んで貰えるとは

思わなかったよ。

これは俺が居た世界では

日常に有るモノだから

俺にとっては大発明でも何でもないし」


「いや、ユイトルの言う通りだよ。

……テルアキ君!

この加工法は我々漁業の街にとって

新たな可能性を与えてくれる。

いろいろと研究して

商品化させて貰っても良いかい?」


「勿論です、カルマールさん!

ぜひ、ロティールの街でも

ザバを食べられる様にして下さい!」


「そうと決まれば、早速今夜の宴会で

皆に食べてもらいましょう」


「おぉっ!

こんな美味い魚と一緒に酒が飲めるのか?

今夜は楽しみだなっ!」

  

「サキ! お前はまた飲みすぎるなよ!」


──こうしてザバの新商品を交えて

港で宴会が始まるのであった。

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