生徒会長の掟と、『甘い』秘密
yolu(ヨル)
『甘い』秘密
生徒会室の鍵を閉めていると、書記の梨木が俺の肩を叩く。
「鬼ヶ島会長、ありがと」
振り返ると、淡いブラウンの髪を揺らして、梨木が微笑んでいる。耳に髪をかけるしぐさも合わさり、見慣れてない男なら、完全に撃墜されている……! さすが、ティーンズ雑誌で、表紙モデル担当なだけある。
「こっちこそ、資料作成、助かった。遅くまですまない」
梨木とは同じ2年だ。1年の頃からの付き合いだが、今回のカフェ事業でも細やかなフォローがあり大変助かっている。思えば、生徒会長になる際にもかなり尽力してくれていて、気づけば長い付き合いになる。
「あ、あのさ! 2人だけだし、カフェ事業のプチお疲れ会しない? 協賛店舗見つかったの奇跡だし」
「明日の動画準備は? 前日が一番大変って、言ってただろ」
「もう撮り終えてる。事務所からもOKもらってるし。いつも見てくれてありがと」
「同じ生徒会の人間だ。見ておかないと話題に遅れるだろ。……よし。梨木、ありがとう。気持ちだけ貰っておく」
「……そ。じゃ、また明日ね!」
俺は無表情で頷いて見せる。
愛想良く笑えば、掟を犯しかねない。
この名門私立
一つ、漢らしくあること
二つ、生徒の見本となる人間であること
三つ、恋愛禁止
だからこそ、俺はこの強面を生かし、感情の「か」の字もない人間として振る舞いながら、制服を着崩すこともしない。
ましてや、恋愛など!
鬼ヶ島という名字に、この面構えだ。女子という女子が近づいてきたことは、この17年、ない!
そんな俺だが、1つだけ、秘密がある───
「いらっしゃいませぇ、ムーンバッグズへようこそぉ」
「限定フラップのトール、ホットコーヒーのショートを1つずつ。テイクアウトで」
俺はドリンクが入った紙袋を抱え、いつも誰もいない寂れた公園へと急いだ。
軋むブランコに座ると、素早く取り出したのは限定フラップだ。
「今回のフラップ、ベリーの甘みがいい。歯に染みるくらいに甘い! くど甘いっ! イイ!」
11月の寒空の下、俺は1人でフラップを吸い込む。ホットコーヒーのカップには、俺の似顔絵だろう細メガネのイラストがある。
「どうせ、俺はコーヒー顔だよ……」
だが、俺は甘党だ! 激しく甘党だ! 宣言できる!
甘党なのだっ‼︎
だからこそ、絶対に、この姿を見られてはならない……!
掟の一つ目である、『漢らしくあること』を破ることになる。
さらに、新聞部にこれがスクープされれば、通称『NO選』という、現生徒会を存続させるかどうかのYES・NO投票が行われてしまう。
そのNO選で生き残った生徒会は、ひとつも、ない!
これから、生徒会主体でカフェ運営事業がある。俺が1年の頃から構想を練っていた事業だ。ようやく協賛店舗を確保した今日、NO選などしてられるか!
もうひと口吸い上げ、甘さに頬を緩めたとき、公園に入ってくる足音が。
俺はとっさに身構えた。
チラリと見えた後ろ姿に見覚えがある。
「梨木……?」
公園のトイレに走りこんだのは、間違いない、梨木だ。
「腹でもこわしたか?」
だが今は人の心配より、自分の心配をしなければ。
再度周囲を確認するが、この公園の出入り口はあのトイレの横のみ。
……走りぬけるしかないっ!
シーソーを過ぎ、鉄棒をこえれば門はすぐそこだ。彼女は腹痛。まだ時間がかかるはず。
……公園の出口!
踏み込んだ瞬間、黒い物体が飛びだしてきた。
体当たりされ、尻餅をついた俺だが、顔をあげると同じく座りこむ女子がいる。
すぐに立ち上がり、手を差しだすが、その彼女の目が大きく見開いた。
「か、会長⁉︎」
そう呼ばれて驚くが、それ以上に、目の前の女子に俺は釘付けに……
顔が隠れるほどの大きな黒縁丸メガネに、黒髪ボブヘアー。スカートの丈は膝下まであるが、それすら可愛い! もう全てがかわいいっ!
ヤバい。限定スイーツを見た時ぐらいにときめいている。いや、それ以上……かなりヤバい……語彙力が消えるくらいヤバい‼︎
「なんでいんの?」
……だが、この声は間違いなく梨木だ。
なんだろう。この複雑な気持ちは……
というか、いつもの格好は……?
どうなってる⁉︎
「会長って、そんなの飲むんだ」
その声に、俺は足元に転がったフラップを見やる。
金縛りのように動けない。
重い沈黙が続く。
カラスの鳴き声が、ひとつ聞こえた。
「黙っててくれないか」
「黙っててくれない?」
再び沈黙が来る前に、俺はとっさに手元のコーヒーを差し出した。
「……ブラックだけど、飲むか……?」
ただなんとなく流れでブランコを揺らす俺たちだが、はたからはどう見えるのだろう。
ひとつも楽しくなさそうで、赤の他人がたまたま隣りに居合わせたような、そんな雰囲気だ。
だが横には、どストライクの女子がいる。つい見惚れてしまう。
「ここのコーヒー、冷めてもうまいよね」
梨木はぬるくなったコーヒーをおいしそうにすすっている。
ただいつもと喋り方が違う。
サバサバしたボーイッシュな喋り方だ。
……だが、それが、イイ!
「俺はブラックコーヒーは飲めない。ミルクを入れて、ギリだ」
「だからあんなに入れるんだ」
微笑みながらブラックコーヒーを飲む横顔が、本当に幸せそうで、思わず俺の頬も緩みそうになる。
だが、改めて梨木の笑顔を見て思う。
いつもの笑顔は作り物なんだ。
だが、これは本物だ。
こんなに可愛かったのか、梨木は……
「つか、会長、ここで何してたの?」
「あ、えっと、協賛店舗決定祝いに、一人でフラップすすってた」
「キモ」
「……。梨木こそ、その格好は?」
梨木は地面を見たまま、ぶらぶらと足を揺らす。
「学校がキャラ。髪の毛はヅラで、目もカラコン入れて、今どきの派手なJKってヤツ。事務所指示で変装みたいな」
ぼそぼそと喋る梨木だが、再びにやりと笑う。
「つか、会長が甘党なんて、掟に引っかるんじゃない? キモいし」
「わかってる」
能面メガネが、女子好みの甘いものをすする姿は間違いなく、キモい。
より白い息を梨木は吐き、ブランコを大きく揺らして飛びおりた。
「会長、極秘で。特に新聞部」
「梨木こそ」
新聞部に、後でも先でも
「梨木、遅いから駅までは送っていく」
「いいよ。近いし」
視線で行くぞと言ってみる。梨木はしぶしぶ歩きだした。
「着替えたってことは、これからお忍びデートか?」
「ないない。今日は早く元に戻りたかっただけ。まさか、いつも使う公園に会長いるなんて、マジついてない」
「それはこっちのセリフだ。だが、俺はその格好、嫌いじゃないぞ」
「地味すぎるっしょ」
「俺にはめちゃくちゃ可愛いけどな」
俯いたせいで顔は見えなかったが、梨木の耳が赤い。やはり今日は冷えている。
ものの10分で駅に着くが、帰宅時間が重なって、人が多い。少し改札から離れ、俺は電光掲示板に目を向けた。
「じゃ、俺はこれから行くところがあるから。梨木、気をつけて帰れよ」
俺の目の前には水曜日半額の特大パフェが浮かぶ。駅4つ向こうのカフェになる。今から急がなければ売り切れ必至だ。
「な、なんだ、梨木」
「わかった。甘いもの、だ」
───ピロン!
俺にスマホをつきつけ、見せてきたのは、
「ほら、うっすら笑ってる。キモっ!」
言葉のとおり、うっすら笑う俺がいる!
スマホを奪おうと手を伸ばすも、素早くかわされた。
梨木は瞬く間に改札に滑りこむと、人混みに流れてしまった。
目覚ましの音がする──
大好きなパフェすら喉を通らなかった俺は、家に帰ると、すぐにベッドに潜った。
だが、悶々と妄想が膨らんでしまい……
「……ぜんぜん寝れなかった」
あの写真が外に出るかもしれない。もしかしたら、SNSで拡散するのでは……?
そうなれば、生徒会長像が崩壊っ!
……いきすぎた想像かもしれないが、ゼロではない。
おかげで数分おきにエゴサをする状況に。
ただ、ところどころで、梨木の今日の配信が話題に上がっているようだ。
だが、そんなところにかまっていられない!
「早く梨木に会わないと……」
俺は指で眉間をもむが、眠気はなかなか消えてくれない。
「会長!」
「ぉうっはよう、梨木」
突如現れた梨木に、どうにか表情と体勢を崩さずこらえられた……はずだ。
梨木は、ぐいっと顔をよせたかと思うと、
「……ヤバい動きしたら、あの写真、新聞部に流しすから……」
野太い声が鼓膜に届く。
すぐに美少女スマイルで去っていく。
「出し抜かれることはないようだな……」
肩の力が抜けた瞬間、
「鬼ヶ島ーっ!」
副会長の笹木だ。
校舎に向かう俺に向かって、笹木が走ってくる。
「表情ないから、なに考えてるか全くわかんないけど、これ、見ろよっ!」
号外と記されたA4の用紙にデカデカと、
『あのロボット会長がデート! 生徒会長の恋愛はやっぱりタブー?』
フルカラーで作られた号外には、昨日、地味梨木を駅まで送った様子がデカデカと載っている!
「駅に新聞部が……?」
「動揺してる? やっぱりよくわかんないけど、確実にNO選になるぞ」
掟の三つ目、恋愛禁止。まさかここに引っかかるとは……!
人生で絶対ありえないと思っていたのに‼︎
「鬼ヶ島、聞いてるか?」
「……すまん笹木、今日の授業はなしだ。ギリギリまで最善を尽くす」
生徒会室に飛び込み、ノートパソコンを立ちあげたところで、会計の白石と、書記の梨木が飛びこんできた。
「カノジョ、おめでとーございまぁす! 白石、感激っ! 幸せのY!」
白石はスカートの下にスパッツを仕込んでの、Y字バランスで祝福だ。掛け持ち新体操部の選抜選手なだけある。とても美しい。
「か、会長、す、スキャンダル、っスね」
梨木、目が泳ぎっぱなしだ。して、ちょっと素が出たぞ。
「新聞の件は済まない。まず白石、前年の予算と本年度の予算、あと試算してある資料を。梨木、原稿作り、頼む」
午前9時40分の段階で、NO選の署名が80%に達したと、校内放送で告げられた。
「やっぱあるよなぁ……」
笹木がため息交じりにつぶやく。
今日は生徒全員、授業どころではないだろう。
『緊急放送。本日11時より、生徒会の存続の是非を問う投票を行う。繰り返す。11時より行う』
10時の放送で告げられた現実に、生徒会室が静まりかえる。
「勝ちに行くぞ」
俺の声に頷きで返事をしてくる。
それに心強く感じていると、梨木が用紙を手に立ちあがった。
手渡された原稿は、簡潔にいうと彼女のことを全否定した内容だ。
これが最適解なのは間違いない。
渡す梨木の顔が心なしか暗くも見える。
なぜだろう。
胸が、チクリとする────
『──さぁ、新聞部のスクープにより、NO選となったロボット会長こと、鬼ヶ島ケンシロウ! 完全無欠といわれた鬼ヶ島生徒会、今日、崩れるのかっ!』
放送部のシャウトから始まったNO選。
まずは俺のスピーチだ。
ここで、どれだけ俺の信用を戻し、マニフェストが有意義なのかを説かなければならない。
「……会長、スピーチ」
笹木に肩を叩かれ、俺は原稿を握る。
慣れた演台のはずなのに、今日は違う場所に感じる。
正面を見据え、深呼吸をし、一言目をつないでいく。
『まず、私の軽率な行動により……』
髪の先から、つま先にまで視線がからむ。
……これは、好奇の目だ。
間違いない。
彼らは、
原稿をもう一度見て、俺は息を整えた。
……一か八か。
『……俺は、まだ彼女となにも始まっていない』
梨木が強く睨んだ。原稿と違うからだ。
だが、どうだ……
全校生徒の視線は全部俺へと集中している。
俺は息を大きく吸いこむ。
『俺は、どうしても、現在進めているカフェ事業を成功させたい。理由は──あの、彼女の笑顔が、もう一度、見たいからだ』
この気持ちは事実だ。
あのぬるくなったコーヒーに、梨木が素直にほころばせた顔を、もう一度見たい。
もっと、彼女を喜ばせたい。
……そう、思った。
だから、カフェを通して、見ることができるんじゃないかと、俺は、期待したんだ──
『……どうだろう、今、好きな人を思い浮かべてみてほしい。その人の笑顔が、ささやかな幸せが、カフェのコーヒーから生まれる。この事業は経営の仕組みを理解するための一環だ。だが、だからこそ、経営はお金だけではない、人の心に寄り添うものが大切だと、俺は伝えたい』
静まり返る体育館で、俺はもう一度、声をあげた。
『俺は、彼女の笑顔が見たい。今度は、もっと美味しいコーヒーを飲んでもらって、にっこり笑う彼女が見たい! そんなカフェを、俺は事業として、成功させたいっ』
ようやく全校生徒に視線を向けたとき、視線の色味が違うことに気づいた。
なんだろう……
父親や母親のような、見守ってるぞ、という、妙に温かな雰囲気……なんだ、コレ……
俺は居た堪れなくなり、逃げるように舞台袖にはけると、笹木が改めて事業展開について資料をもとに説明を行っていく。
おかげでどうにか存続を勝ちとることができたわけだが……
午後の号外には、
『あのロボット会長に感情が!? 季節は秋だが春が近い』
俺はこの号外に違和感を感じる。
生徒会の存続について、一言も書かれていなかったからだ。
これは今回、新聞部が仕組んだ学校イベントだったのか……?
俺はもやもやした気持ちを抱えたまま、逃げるように電車へ乗りこみ、限定フラップとコーヒーを買うと、昨日と同じ公園へ向かう。
ブランコに腰をかけながら、俺の手には冷たいフラップ、袋にあるホットコーヒーには細メガネの絵。これだけは、いつもと変わらない。
「甘さが染みるわ……」
冷たいフラップが胃に落ちる。
改めて大きく息をついたとき、まだ熱いコーヒーがかすめとられた。
「会長、お疲れっした」
ぎいと鳴ったブランコにいたのは、地味な梨木だ。優しく微笑みながら、コーヒーをすすっている。
『彼女の笑顔が見たい』
唐突にスピーチの言葉がリフレインする。
熱くなった顔を隠すように膝を抱えた俺に、梨木は気さくに話しかけてくる。
「ねーねー、会長のファンクラブが、『ロボの恋、見守り隊』になったの知ってる?」
「はぁ⁉︎」
思わず手に力が入ってしまった。
もったいない……!
「そんなにフラップ、大事? マジ泣きそうだし。キモ」
そういって、ブランコを降りた梨木は俺に背を向けた。
「か、会長、あと5分後に動画配信始まるんで、今日も見て欲しいな……」
「なぁ、なんの動画なんだ?」
SNSをチェックすると、開始前にも関わらず、『オレの時間返せ』『推し辞めます』という否定的なものの隙間に、『応援するよ!』というコメもあり……
「あたしがずぅーと憧れてる人に告白する動画。恋愛したいじゃん、あたしだって……」
「……それ、俺が見る理由あるか?」
「その場でさ、こたえ、聞けた方が、あたしの気持ち、楽じゃん……」
そう言って笑った顔が少し泣きそうで、震えた唇が一文字に結ばれる。
俺はすでに『はい』とこたえる準備をして、スマホに目を落とした。
生徒会長の掟と、『甘い』秘密 yolu(ヨル) @yolu
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