【短編】一過の記憶

久根 生白

第1話

昼間は会社へと赴き、キレる客を相手のストレスの捌け口として電話を受ける。

帰路のコンビニでアイスを買い、家に帰りいつも通りゲームをする。

私の何の変哲も無い日常の過ごし方だ。


心は遥か昔に濁ってしまっている。

そんな日々を送っているとどうしようもなく憧れてしまうのは“非日常”。

大それたものでなくていい。宝くじで一等を当てたいだとか、有名企業の重役と恋に落ちたいだとか。

誰もが羨むことでなくていい。

何か少しときめくような事柄が身の回り、あわよくば私の身に起きてほしい。


これは、そういう風に考えていた時の私に起きた出来事。







「…はい、誠に申し訳ありませんでした。

はい、はい、失礼いたしいます。」


なぜ私は、直接関わりもあるわけでもない相手にこうも謝罪をしなければならないのか。


気が付けば定時も過ぎている。


「お先に失礼します。」


いくら客だからって何故こうもキレられなければならないのか…

本当に自分のことを神か何かと勘違いしているのではないだろうか…



「いらっしゃいませー」


またいつものコンビニに来てしまった。

そしてコンビニ弁当とアイスを買う。

あ、またこの子だ。明るく元気で接客が良い。何よりイケメンだ。

でもこういう子に限って私みたいなののこと裏でバカにしてるんだよね…


「ありがとうございましたー」



家に着き弁当を食べる。

アイスはゲームの息抜きに食べる。

夏場はこれに限る。


今日は最近ハマっているオンラインゲームをする。

と、考えてPCを起動しゲームにログインする。

いつもならメッセージなど来ないはずの私のアカウント。

“一緒に遊びませんか?”

なんだ?スパムか?

と思いつつも、普段の味気のない日常に飽き飽きしていた私は刺激が欲しかった。

“良いですよ、ちょうど誰かと遊びたいところだったんです”



これが彼との出逢いだった。


私のハンドルネームは“mai”。

彼のハンドルネームは“hiro”。

二人ともハンドルネームと言いながら、ほとんど本名なのは触れないでいただきたい。


最初はチャットだけでやりとりをしていた。

今は音声通話も交えながらゲームをする仲だ。


彼は私と同じ町に住んでいる2つ下の大学生らしい。

彼が会いたいと言ってきたのは一緒にゲームをするようになって3週間が経った頃。

世間では帰省ラッシュだなんだと騒いでいる時期。

ちょうど会社も休みになるし昼間なら会ってもいいかもしれないと素直に思った。


すぐに会う日は決まった。

電車で二駅、街中の小洒落たカフェだ。


お互いの服装を伝え合って店の前で合流。

少し早めについて待ち合わせ場所を監視する。

我ながら陰湿だと思いながらも、もし変な人だったらどうしようという気持ちがある。

約束の時間まで後5分という時に、彼らしき服装の男性が一人。店の前で足を止めた。

あの人なのだろうか?


hiroさんと思しき男性に近づいてみる。

「maiさんですか?」

彼だったようだ。

「はい。hiroさんですよね?」

「そうですよ、今日は来てくれてありがとうございます。早速カフェに入りましょうか。」

そう言うと彼はドアを開け、私を先行させる形で入店した。


一通り話をした。ゲームの話から身の上話まで。

彼は今夢を叶えるために勉強中であること、それがどんな夢なのかまでは教えてはくれなかった。

以前付き合っていた彼女に酷い振られ方をしたこと。

そういった少し踏み込んだ話までしたこともあり、私も同じような話題で話をした。

彼とはチャットアプリで連絡先を交換し、これからもご飯だったり愚痴を言ったりする為に集まろうという話になった。

1つ私の中で消えない、何かモヤっとしたものを感じていた。

その正体がなんなのかはわからなかった。


私は家に帰り、シャワー浴びてゲームをする。

またいつもの日常に戻った。

そう思っていると彼からメッセージが届いていた。

“今日はありがとうございました。会えて嬉しかったし気の合う人で良かったです。”

マメなところもあるものだ。

“こちらこそありがとう!有意義な時間だったよ!”と入力した時にふと玄関の鍵を確認する。

「鍵かけたかな?かけた記憶が… あーまたやっちゃったよ」

盛大な独り言を漏らしながらかけ忘れた鍵をかけ施錠の確認をする。

さて、メッセージを送ってゲームをするか。

ピロン

なんの通知だろうか。マナーモードにしているはずだ。

通知無しの表示が画面に映る。

気のせいか。


それから私はゲームを再開する。

今日は彼は来ないようだ。

居ないと寂しいという感情が生まれていた。

まぁメッセージも返ってきていないし、今日はもう寝てしまったのだろう。


眠くなったし今日はもう寝よう。

やはり彼は今日オンラインにならなかったし、メッセージも返さなかった。

寝ているんだろうな…

まどろみの中に落ちて行く。

…………


私は違和感で眼を覚ます。

何かがそこにいる。

なんだ。誰だ。人間か?

「おはよう」

この声は聞き覚えがある。返事ができない。

「あまり暴れないでくれ」

まただ、どこで聞いた声だ。

「やっと君とコンタクトが取れて嬉しかったよ、もう会えないかと思っていた。」

やっと…?まさか。

「あの日から僕はずっと君を探していた。彼女に振られたなんて嘘だよ。君に振られたことを話に織り交ぜただけ。

全て作り話。」

彼か。

違和感の正体に今更気付く。


「ゲーム好きな君だ、今から僕とゲームをしよう。

ルールは簡単、僕が出題する問題に正解し続けること。

全問正解で全ての縄を解こう。」

そういうと彼は私の口に貼ってあったガムテープを剥がした。

結構痛いな。


「第1問、私は誰。」

「イサオでしょ。」


「第2問、私は何故今ここに居るでしょう」

「殺しか脅しのどちらか」


「第3問、何故ゲームを通じてコンタクトをとったでしょう」

「あなたのことなんてわかるわけないでしょう」


「最終問題、今から君に待っている出来事は」

「あなた次第なんだからわからない」


「第1問以外不正解だよ、やる気あるの?」

あるわけがない。

彼は淡々と続ける。

「この写真を見てもやる気が出ない?」


彼が見せてきたスマホの画面には血まみれの弟。

「あんた自分が何やっているかわかってんの、翔は無事なんでしょうね?」

「どうだろう。僕のハンドルネームはどうやって決めたと思う?」

「まだ質問を続けるの?本名からとったんでしょ。」

これは確実に正解だ。


彼は無言で私の縄を解く。

「縄を解いて大丈夫なの?えらく舐められたものね。」

彼の身動きを封じられれば逃げられる。

エアコンのリモコンを投げつけられ一瞬の隙が生まれる。

咄嗟に机に置いてあるハサミを腹部に向けて押し倒すように突き立てた。


「死にたくなければ答えなさい。弟は無事なんでしょうね?」

「たぶんもう死んでいるよ、あの出血じゃ助からない。」

「 」







彼は死んだ。

私が田舎にいた時にしつこく言い寄ってきていた。その度に全て残酷なほどに断っていた。

彼は顔を変え、声を変え、名を偽り再び私の前に現れた。

彼は死んだ。

狂気とも言えるほど想っていた相手の手によって。

彼の死因は出血多量。救急に通報はしたが助からなかった。

私は自首をし、ありのまま全てを話した。

正当防衛が認められ、今こうして体験談を書けるような状態にある。


警察の調べで分かったのは、彼の部屋から遺書が見つかっていたこと。弟は無事であったこと。

彼はCGデザイナーをやっており、その技術を用いた加工した画像だったこと。

元々の写真は弟のSNSからダウンロードしたものだったそう。


彼の最期のメッセージ。

遺書の最後の一文を聞いた時ゾッとした。


”これで僕の夢は叶う、幸せな人生だった。“


夢について彼は語らなかった。

真相はわからないままだが、予想することはできる。


私は彼の想いを受け止めても受け止めなくても、一生背負う心の傷を抱えることになるのだろう。


真実は彼のみぞ知る。そんな状態になってしまっているからそんな推測なんて無駄でしかない。


私はこれからも彼の死を背負って生きていくのだろう。




これが私の一夏の記憶だ。

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