決闘遊戯

@ShIro_9jira

決闘遊戯-ストーンキッカー編

カケル、早く学校に行こうよー」

隕桜イオ、ちょっと待って、すぐ行く」


 小学5年生である石破セキハ カケルは、ランドセルを掴み玄関を飛び出した。


「行ってきます」


翔を待っている少女、岩波イワナミ 隕桜イオは仁王立ちで怒り心頭だ。


「翔、おそい!」

「悪い悪い。けどよ、別に遅刻するほどじゃねえだろ、隕桜」

「そうだけど、私は花壇に水やりするのが日課なの。手伝うって約束でしょ」

「分かってる。だからこうやって早くに家出て……お、良い感じの石発見」

「ちょっと聞いてる?」


 学校に向かう途中、大きさや形がちょうど良い石を見つけた翔は、器用に蹴り転がし始める。


「分かってるって。でも動物係の美玖ちゃんでもじゃん」

「みんなでやらないと意味無いでしょ」

「面倒くせえな。はいはい、分かりましたよっと」


サッカーボールを蹴る少年よろしく、先ほどから器用に石を蹴り転がし続けている。

道の脇にある溝には落ちないよう加減して、鉄網の排水溝が途中に在れば石を浮かして乗り越える。


「ねえ、それ楽しいの? いつまで続けるの?」

「学校に着くまでだよ。当たり前だろ」


はぁ。と飽きれるつつも登校していれば、少年に声を掛けられる。


「二人ともおはようでやんす」


 公園の入り口で待っていたのは、ビン底眼鏡が特徴の少年と、赤い服の少年。

 矢部ヤベ アキラ火車ヒグルマ 力也リキヤだ。

 翔達はいつもここで集まる事が多く、登下校も一緒に行動する。だが今日はいつもの楽しい空気が流れることはなかった。

 何故ならば力也の足元にも石があるからだ。それも翔よりも一回り大きな赤い石。


 翔と力也の目が合った瞬間、勝負は始まる。


「「決闘デュエル!!」」


 決闘者デュエリスト達は同時に石を蹴り、駆けだす。


 ゴングの代わりに石の転がる音が響く。

 ライバルが居れば決闘デュエルは始まる。


「さあ始まりました第1456回、石蹴りキックストーン勝負。解説はわたくしやんすと」

「……え、私? い、隕桜です」

「以上二名でお送り致します。この勝負ですがどうでしょうか隕桜ちゃん」

「いや、知らないよ」


 合わないボケとツッコミをよそに、男達の間では熱い戦いが始まっている。

 翔と力也に今の所差は無く、ぴったりと横に着いている。


 だがこの並走が長く続かない事を二人は分かっている。

 最初の勝負はこの『丁字路』。


カーブ曲がり角は難所の一つでやんす。直角に曲がる必要のある丁字路は、石蹴りストーンキッカー達にとって乗り越える最初の壁であり、永遠のテーマでもあるでやんす。『カーブ曲がり方を見れば、その選手の全てが分かる』と言われているでやんす、どうでやんすか隕桜ちゃん?」

「何それ、聞いたこと無いんだけど? 知らないけどその通りなら、力也は力押し気味なんじゃない? 翔ならスタンダードな……」

「おっと、先に仕掛けたのは翔選手。強引に前に出た」

「私の話を無視するな!」


 スピードを上げた翔だが、その石の勢いは明らかに曲がり切れるものではない。

 ならばどうするのか? 決まっている。


「行くぜ。これが俺の必殺技『ロック・ロール』だ!」


 丁字路を左へカーブする瞬間、翔は石を体の真下に捕らえ、左足を前ではなく、右足を左後ろへ引く様に回転する。

 石は常に体の下に捕らえ続け、回転する際も石を足の裏で引き転がしキープする。

 その姿はまさに……


「あれ、マルセイユ・ルーレットじゃない?」

「違うでやんす! 確かに似てますが、石はボールとは違うでやんす。そこに言及するのなら、相応の覚悟が必要でやすからね」

「え、私怒られてる? なんで?」

「でも、隕桜ちゃんの言う通りでやんすね。この技は派手に見えて難しそうでやんすが、実は難しい技ではないでやんす。基礎である『曲がるには細かく蹴る』。その動きを効率化したのがロック・ロールでやんす。基礎の発展でやんすから地の実力が出てきやすいでやんす。派手に見えて繊細かつ大胆。まさに翔のスタイルそのものでやんすね」

「いや、そこまでは言ってない」


 決闘デュエルを彩る最初の技に相応しい技を見せたが、力也も負けてはいない。


「やるな。俺は最初から全力で切り札を切らせてもらうぜ。しっかり付いて来な振り落とさねえようにな!」


 力也は何かをやんすに投げ渡す。


「こ、これは、重りでやんす。それもアンクレット型の」


「言ったろ全力だってな! 食らえこれが俺の120%の必殺技『鏡面華道』だ」


 力也が全力で蹴りつけた石は、目指すべき左通路ではなく、真逆の右側通路へ進む。

 しかし、石は通路へ出ず、手前の壁へ。


「そうか。反射でやんすね」


「その通りだ。この技は進行方向とは逆の壁に石を反射させる。反射の分、通常よりも強く石を蹴る必要があり、その結果スピードは落ちるどころかむしろ上げて曲がる事が出来る」


 力也が放った弾丸は手前の壁を宣言通り反射し、次に奥の壁へ進み再度反射する。

 一流のプールプレイヤービリヤードプレイヤーが放つボールのように、二度の反射を得た赤い弾丸は翔を追い抜く。


「まずいでやんす。早くも勝負が見えてきたかもしれないでやんす」

「なんで、まだ最初よ?」

「そうとも言えないのでやんす。さっき僕がなんて言ったか覚えているでやんすか?」

「さっき? 『カーブ曲がり方を見れば~』ってやつ?」

「そうでやんす。だからカーブには選手の実力が如実に現れるでやんす。翔はさっきカーブに差し掛かる前に先行してたでやんす。それでもなお、力也の必殺技に先を越されたということは、力也の方が実力は上手うわてと言っても良いでやんす」

「そんな。たった一回が何よ。頑張れ翔」


 応援は嬉しくとも、翔の胸には空しく響かない。やんすの言っている事は正しい。

 翔自身、さっきの一回で力也の実力を感じてしまった。

 ただのドリブルではほぼ互角。差が開くことも無ければ縮まる事もない。

 距離を詰めるには必殺技しかない。

 全ての技で負けているなどと翔は欠片も思ってない。だが、それに楽観的な希望を抱くには、さっきの記憶が邪魔をする。


(力也の奴、いつあんな力を。何か手を考えないと。欠点が必ず有るはず)

 どれほど絶望に潰されようと翔は決して諦めない。……テスト以外は。

 持ち前の集中力をフルに使い、力也の後を追うとある事に気づく。


(あれは赤い石の欠片?)


 力也が通った道には小さな赤い欠片が転がっていた。

 良く目を凝らして見れば、力也が今蹴っている石と同じ色だ。

 それに気づいた翔の脳は栄光への輝きに満ちていく。


(力也の石は、『道端に転がっている石よりも比較的大きく』、珍しい赤い石。より正確に言えば『赤茶色』だよな。そして角が取れており比較的『丸い』。……もしかしてこれは?)


 一瞬の閃きであり、この考えを裏付ける確かな情報はまだない。だがしかし、翔は自分の出した答えを疑わない。

 疑う必要などどこにも無い。光は既に見えているのだから。


(これは賭けだ。もし外れたら間違いなく俺の負けだ。だけどなぁそれが何だ。そんな事は関係ねえ! 男なら一度でも信じた道は最後まで翔け抜ける。それが『石破 翔』だ!!)


 闘志を一層漲らせ、少しでもペースを上げていく。仕込みはすぐにでも始める必要がある。


「翔選手、相手の方が有利であることは分かっているはずでやんすが、魂は欠片も落ち込んでいない。そんな二人を挑発するかの如く、なんとハプニング発生。昨日の雨の影響でやんすか、なんと水溜まりが二人の目の前に。二人はどう捌くでやんすか?」


 第二ラウンド。先に勝負に出たのはまたしても翔。


「行け、カッター・ステップ」

「何?」


 力也よりも後ろに居るため、シュートにはまだ長すぎる距離。だが、翔の蹴った石は真っ直ぐ水溜まりへと向かい、水上を跳ねるように駆けていく。

 水を切る石の挙動は、本来纏わり付き勢いを殺していく水を物ともせず見事に渡り切った。


 想像もしていなかった不意打ちに力也は振り返ると翔が笑みを浮かべていた。

 適切でない遠い位置から技を繰り出すのは、初心者が思う以上に難しく難易度が跳ね上がる。

 誰が見てもわかる。明らかに煽ってきている。


「はっ、しゃらくせえ。俺のミス狙いか? するわけねえだろ。吹っ飛びな『怪力乱神カイリキランシン』」


 相撲の張り手に近いプッシュパンチならぬプッシュキックとでも例えれば良いか、押し蹴りによる生まれる異様なノビのある弾道を持つ力也の石は、水が纏わり付く事などお構いなしに水溜まりを割り進む。

 力也もまた、勢いがほとんど落ちることなく水溜まりを見事に渡り切った。


「翔選手が仕掛けた挑戦も見事でしたが、力也選手の切り返しもまた素晴らしいでやんす。二人の距離は縮まる事は無く、今だ力也選手の有利でやんす。ここで少々解説をば。もうお気付きかもしれないでやんすが、翔と力也はそれぞれスタイルが違うでやんす。わかるでやんす、隕桜ちゃん?」

「えーと、翔の技はどれもテクニックが必要そうなものが多いかな? 力也は逆に力押しが多い?」

「正解でやんす。より正確に言えば翔はオールラウンダー。基礎的な技をより洗礼させた物をよく使うでやんす。それに対して力也はごりっごりのパワータイプ。技はどれも力強い技が多いでやんすね。しかしちょっと妙でやんす。二人とも力に自信がないわけじゃ無いでやんす。だからこの水溜まりも、もっと楽に抜ける事が出来るんでやんすよね」

「そうなの?」

「そうでやんす。だって普通に石を浮かして飛び越えればいいだけでやんす。リスクの多い必殺技を出さない選択も全然ありでやんす。それに翔がいつもより好戦的でやんすね」

「そう? テンション高いだけじゃないの?」


 その後も二人の熱い応酬は何度も続く。


 ヘアピンカーブに砂利道、そして上り坂等、合計六回以上もの必殺技が繰り広げられる。


 そして局面は最終ステージへ。


「翔選手、何度も必殺技を繰り出し勝負を仕掛けるも、最後までその差は埋まらなかった。そしてここが最後のチャンス。ゴール校門は両者の目に見えている。真っ直ぐなだけの長距離ストレート。翔選手、このまま打つ手無く終わってしまうでやんすか?」


 ストレート勝負では、どちらが先に必殺技を繰り出すかの早打ち勝負の様になる事が多い。なるべく早くに決めてしまいたい。しかし、外してしまっては不利になる。

 だからこそ、確実に決める事が出来る距離に少しでも早く近づく。

 見極めと速さのスピード勝負。


 必殺技の射程距離はパワーだけでなくテクニックも大きく関わる。両方を併せ持つ翔が有利。だがしかし……。


「悪いな翔。この勝負頂くぜ」


 先に必殺技を抜いたのは力也だ。

 ゴール校門は確かに目の届く範囲にある。だがその距離はまだ遠く、ロングシュートと言える程。

 サッカーボールならいざ知らず、石で決めるにはあまりにも遠い距離。


「普通なら無理だぜ。だがな、俺の必殺技なら関係無かんけえねえ」


 パワータイプの力也にとってストレート勝負はホーム同然。シンプルな直線の動きには、複雑なテクニックは必要無い。何物をも貫き通す圧倒的なパワーが全て。


「行けえ『波動・炎雷蹴り』!!」


 この技はあまりの勢いに石が空気抵抗で赤く燃え上がり、バウンドの軌道が雷の如く気圧の壁を裂き進む(様な気がする)。

 そして力也が最も得意とする技である。


「これは決まったでやんすか?」


 灼熱の赤い石が勝利への栄光を踏みしめる次の瞬間、その身は真っ二つに裂き割れた。

 割れた力也の石は軌道が大きく外れどちらもゴール校門へは至らない。


「「な、何いいい!?」」


「アァーッハッハッハ! 力也、どうやら運命の女神は俺に微笑んだようだぜ。俺が今まで何のために何度も必殺技を出していたと思う? 負けそうになって焦ったからか? 違うな、全てはこの時のためだ」


「なん……だと!」


「そうか、分かったわ。力也が蹴っていた赤い石はレンガ。確かにレンガは丈夫だけどあの石は丸かった。つまり……」

「なるほどでやんす。経年劣化によって欠けて石となったレンガが、更に風化したことによって丸くなったというわけでやんすね」

「そう! 力也の石は元々脆くなっていたのよ。その上更に力也の必殺技はパワー系が多く、石への負担も大きい」

「だから最後の最後に耐えきれず割れてしまったでやんすね。なんて事でやんす。いつも授業中に居眠りこいている翔とは思えない頭脳プレー。……てか隕桜ちゃんついに解説始めちゃったでやんすね。どうでやんす、これから一緒に頑張らないでやんすか?」

「う、うるさい。ついつられただけよ」


「クソッ。だが、あれだけ必殺技を何度もすれば、翔の石だって負荷は大きいはずだ。最後がこんな運勝負だと……」

「いや違うな。俺がそんな一か八かの運だけで勝負するわけないだろう。俺の石は『チャート』だ。釘を使っても割れる事が無いほどに固い。確かに賭けではあった。だがな、十分な勝算がある確かな戦略だったんだよ」

「な、なんだと。……いやまだだ。まだ終わっていない。今から石を追いかけ、片方でも入れれば俺の勝ちだ」

「それはどうかな」

「な、なんだと。まだ何があると言うんだ!」

「力也、お前が『リミッター解除』と言う切り札を持つように、俺にだって『切り札』はあるぜ。見ろ! これが俺の切り札」


 そう言った翔は最後の必殺技の構えに入る。その姿はこの場に居る全員にデジャブを感じさせた。

 さっきの力也にそっくりだったからだ。


「な、なんだとお! お前まさか!」

「そうさ。食らえ、これが俺の『波動・炎雷蹴り』だあああ!!」


 抵抗と摩擦によって軌道が曲がってしまう前に力で押し通す力也と違い、足りない力を技で補う翔の波動・炎雷蹴りは雷が避雷針へと吸い込まれる様に確かな軌道でゴール校門へ向かう。


「決まったでやんす! 勝ったのは翔でやんすう!」


「クソオオオッ……。負けたぜ、お前いつの間に俺の技を?」


「戦いの最中さ。お前に勝つためによく見てずっと考えていた。石が割れるだけじゃない、このロングストレートを制するには、俺の力だけじゃ足りなかった。だからお前の力を借りたのさ。上手くいくかどうかは五分五分だった。どっちが勝ってもおかしくない、良い勝負だったぜ力也。またろうな」


「戦いの中で成長する。それがお前の強さか。俺も負けてらんねえな。次はもっとパワーを身に着けて絶対に俺が勝つからな」


 二人は固い握手を交わし、これまで以上の情熱と友情を固く誓い合う。


 だがしかし、その裏で校舎から彼らを見てほくそ笑む物達が居る。


「確かに、火車ヒグルマが言っていた通り『石破セキハ カケル』、なかなか見所のあるやつだ」


「だが、火車は四天王の中でも最弱。この程度で調子に乗られては困る。さていかがいたす?」


「良いじゃないですか。今は見守りましょう」


「「会長!」」


「この戦場学校には一癖も二癖も持つ者が大勢いる。まずは彼らに相手して貰いましょう。じっくり見定め、育つのを待つとしましょう。食べ応えが無いのも困りますからね」


「「はっ!!!」」


「クックック。見物ですね。それにあの人もあんな場所で何を遊んでいるというのか、まったく……」


 翔達はまだ知らない。ただの幼馴染との遊びでしかなかったはずの戦いが、

 学校中、いや日本中、ひいては人類全体の命運を掛けた戦いにまで発展する事を。



 未完!続かない!

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