第4話 『強化術士』の能力


   *   *   *


 鼻歌交じりで何かよくわからないステップを踏んでいるストラが先頭を歩き、僕とケンがその後に続く。


 僕はストラの少し目立った行動が人目を引いているのが気になっていた。


「なぁボロウ、なんかストラの雰囲気、変わってないか?」


 ああ、それは随分前から気づいているさ。だが、お前も変わってるぞ?


「……そうだな」


 僕はそれだけ言った。


 しばらく後、メグが働いている食堂に付いたストラが、身振りで早く来いと僕らを急かしているのが見えた。


「あらぁ、ケンにボロウ、それにストラじゃない。どうしたの? まだお店は開いて無いわよ?」


 僕の視界の端でエプロン姿のメグが笑顔を振りまきながら言うのが見えた。メグも僕と同じ年だ。


「久しぶりメグ、元気にしてた?」

「え? ええ。ストラも元気そうね」


 ストラの変化に気づいて僅かに驚いている様子のメグがちらっと見えた。


「ええ、とっても気分が良いわ。少しだけ話をしても良いかしら?」

「お店を開ける準備中なんだけど……、数分なら良いわよ」

「ありがと。立ち話も何だからみんな座って」


 一番年下のストラがみなに椅子を勧めた。そのセリフは店員であるメグの物なんだろうけどな。


「時間が無いから率直に言うわね。私達三人はこの街を離れるの」

「え!?」


 驚いた様子のメグ。ストラを見る視線を一瞬ケンに移し、そして直ぐにストラに戻した。


 その様子を見たストラの顔に一瞬だけ小悪魔の笑みが現れた気がした。


「いつ出立するの?」

「明日にでも。ね? 兄さん?」

「おう、そうだぜ!」


 ストラの指示通り肯定するケン。


 明日出立なんて僕は聞いていないけれど。


「……それは突然ね」


 目を伏せるメグ。


「ねぇメグ、聞いて。私達冒険者になるの。それであなたも誘おうかと思っているのだけれど、どうかしら?」


 顔をあげたメグに明るい表情が一瞬だけ浮かんだが、すぐに消えた。


「私には冒険者になれる技能が無いから……。武器は何一つ使えないし、魔法も小さな炎を出せるぐらいだし……。誘ってくれてほんとに嬉しいのだけれど」


 また目を伏せるメグ。ストラの方を見ると目が合った。満面の笑顔を浮かべている……。


 勝利を確信している悪役の様な笑顔だ。


「それは大丈夫よメグ。私も冒険者の技能は無いわ。あなたには、そうね、兄さんの助けになって欲しいのよ。兄さんもそれは望んでいるみたいよ? ね、兄さん?」

「おう、そうだぜ!」

「え!? そうなの?!」


 メグの頬がやや紅色に染まった。


「一緒に来る?」

「私でも良いの!?」

「メグが良いのよ。ね、兄さん?」


 『が』を強く発音するストラ。


「おう、そうだぜ!」


 何も考えていない様子のケン。


「私、一緒に行きます!!」


 メグはテーブルに両手を突いて立ち上がりながら言った。その視線はケンの方を向いている。


「良かったわ! ね、兄さん?」

「おう、そうだな!」


 その兄妹のやり取りを見終わると、再び椅子に腰掛けるメグ。そして顔を赤らめたまま頬杖をつき、ぼぉっとしていた。


「ねぇメグ。兄さんとボロウが冒険を続ける限りあなたが一緒に居ることが出来るようにするためには、いえ、一緒に居る様に約束するためには、それはボロウがするのだけれど、あなたにあなたが役に立てる方法を準備する必要があるの。いえ、あなたが冒険に役立てることを手に入れるのを助けることができるわ。正直に言うとそれは元々あなたの秘めた能力とも言ってもいいわ。それを呼び起こすの。そう、取り戻すと言ってもいいわ。だから、それを受け取ってくれるかしら?」


 抑揚の無いセリフを矢継ぎ早に紡ぎ出すストラ。何が言いたいのか解釈し辛い。


「……」


 一方、ぼぉっとして反応がないメグ。


「聞いてるメグ? 兄さんはそれで良いわよね?」

「おう、良いぞ」

「メグも良いわよね?」

「え? ええ」


 上の空で答えるメグ。その瞬間、ストラがさっとこちらに視線を向けた。


 あっ、はい! 了解です。


「ぼ、僕とケンが冒険をする間、一緒に居られるという条件で、メ、メグの能力を返します」


 そして僕は、能力を返すときに起こる脱力感を感じた。


 しばらくじっとしていたメグだったが、自分の姿を確認し周りを見渡すと、突然立ち上がり出口に向かって走り出した。


「お、おい! メグ!」


 僕の呼びかけを無視してメグは居なくなってしまった。僕ら三人は、幾つかの椅子がまだテーブルの上に逆さに置かれている食堂に取り残された。


「……メグがここを辞めるって、女将さんに知らせた方が良いわね」


 しばらくしてストラがぼそっと言った。


「あぁ、僕が女将さんに説明してくるよ」


 今は厨房で店を開く準備をしているはずだ。そこに行って事情を説明してこよう。


 ふとストラを見ると僅かに驚いている様子だった。


「ん? どうしたストラ?」

「いえ、今は良いわ。後でゆっくり確認するから」



   *   *   *



 革鎧に身を包み剣を帯びたケンが先頭で馬を引いている。ケンの外套の端っこを握っているメグが、人目を避ける様に外套のフードを深く被ってその後に続く。僕とストラが最後尾で横に並んで、皆で王都に向かう街道を歩いていた。四人とも冒険者風の出で立ちだ。


「いよいよだな、ストラ。沢山の依頼をこなして沢山の人に感謝される様になったら良いな。そして将来のために沢山稼ぐんだ」

「ねぇボロウ?」

「ん? なんだい?」

「あんた今でも隠居生活をしたいと思ってるの?」

「えぇっと、まあ、そういやそんな事を考えていたことも有ったな。なぜだかずっと昔だった気がするよ。今となっては人目を避ける気は無いけどね。ははは」

「なるほどね」

「どうしたんだい?」

「あんたの能力のことよ。あれほど社交的だったメグの様子が変わったのを目の当たりにして気づかない?」


 もちろん気づいているさ。高慢な性格はストラのもの、楽観的な性格はケンのもの、そして人見知りはメグのものだったことを。僕は能力と一緒に性格も借りてたのだ。


「能力に付随してた性格のことだろ? 分かってるさ。

 いやぁ、奪ったものを無事に全部返せて良かったよ。ストラの言う通り『拝借人』の能力は、奪った能力を返すときの制約がきついからなぁ」

「あら? もしかして、あんたが奪ったものは全部返せたと思ってるの?」

「ん? まだ何か残ってたか?!」

「小さな女の子から奪った気持ちは返せてないわよ?」

「何のことだ?」

「ふふふ、何でも無いわ。じっくりと時間をかけて逆にもっと奪うから」


 ストラは髪を耳に掛けながら、能力を返してからよく見る様になったあの・・笑顔で言った。




 ――おしまい。




◇ ◇ ◇

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