第3話 『剣豪』の能力


   *   *   *


 ケンは稽古場でいつもの様に剣の素振りをしていた。上段からの上下素振りをひたすらに繰り返している。僕と同じ年のケンは、昔っから真面目で慎重すぎるのだ。大抵の事は悪い方にしか考えない。


「兄さん?」

「ストラか。それにボロウも居るじゃないか! いつの間に帰ってきたんだ? やっぱり冒険者になるのは無理だっただろ?」


 冒険者じゃなく賞金稼ぎだが、細かい話はどうでも良いか。しかしケンのやつ、僕が失敗することを予想してたんだな。


「そんなことはどうでも良いの。ねぇ兄さん? どうしていつも剣の訓練しているの? 兄さんは剣で生計を立てるのは諦めているんじゃないの?」

「あぁ、それはとっくに諦めているさ。ただ、せっかく親父が教えてくれた剣技は護身のために鍛えておく必要があると思うだけだ。不条理な理由で、俺やお前が襲われるかも知れないだろ?」


 心配性のケンらしい発言だ。


「ねぇ、兄さん? もし剣技で生計が立てられるならそうしたい?」

「安定した収入が得られる様な事があればな。どうせ俺には剣技以外に秀でた能力は無いのも分かっている。だがそれは無理に決ま――」

「じゃあ、一年間だけでもボロウと一緒に冒険者業を試してみない?」


 ストラがケンの語りを無視して話しはじめた。


「どうやらボロウが一回だけ使える秘技を入手したらしいの。兄さんに剣技の能力を付与することができるらしいわ。良かったわね兄さん。それを伝えるために突然帰ってきたらしいわよ。

 そうよね? ボロウ」


 ストラがこちらを向いてウィンクをしてきた。


「あ、ああ」

「秘技だと? なんか怪しいな」


 目を細めるケン。


「他人に使われると不利な条件があるわ。でも今回、その不利な条件はむしろ有利になるのよ。その不利な条件はボロウと一年間行動しなければならないというだけなのよ。ボロウと一緒に行動するだけなら問題ないでしょ? 何だったら私も冒険者として一緒に行動するわよ?」


 わざとらしく最後にケンが否定しそうなことを突っ込むストラ。


「いや、むしろお前は家にじっとしておいてくれ。俺らがお前を守れるかどうか心配だからな。しかしボロウ、その話は本当なのか? お前、誰かに騙されているんじゃないか?」

「騙されていないし、約束もできるさ。なぁケン、一年間、冒険者として僕と行動を共にしてくれ。そうすればお前に高度な剣技の能力を渡すことが出来る」


 ストラには作戦があるのだろう。それをフイにしない為にも口裏を合わせておく必要がある。言っていることは嘘なのだが、結果は同じだしな。


「分かった」

「本当は元々兄さんが持ってた能力なんだけど、些細な事は気にしないで。能力を得られるのは間違いないんだからそれで良いでしょ?」

「え? いや、まぁ良いと言えば良いんだが。俺の能力って――」

「今よ! ボロウ、兄さんに能力を返してあげて!」

「分かった。一年間行動をともにするという条件で、お前の能力を返すぞ」


 そしてストラの時にも感じた脱力感が襲ってきた。


 軽く体のあちこちを動かしたり木剣の切っ先を僅かに揺らしたりしながら、ケンは自分の身に起った変化を確かめている様だ。


「ケン、どんな調子だ? 少し手合わせしてみるか?」

「あぁ、もちろんだぜ!」


 ケンが白い歯を見せて明るく答えた。



   *   *   *



「あっはっはっは、ボロウ。お前が言ってたのは本当だったな。ずっと勝てなかったお前に、こんなに簡単に勝てる様になったぞ。もしかしてお前、弱くなってないか?」


 なんだか垢抜けた様子のケン。爽やかな笑顔が絶えない。まぁ、こいつは元々顔立ちが良かったのだ。それが屈託無く笑うので際立ってしまっている。


「あぁ、実際に弱くなってるんだ。お前に能力を渡してしまったからな」

「お前はそれで大丈夫なのか? まぁ、お前が弱くなっても俺がお前を守ってやるから心配すんな。あっはっはっは。一年間は一緒に行動するって約束だからな」


 笑いながらバンバンと僕の背中を叩くケン。なんか性格が変わってないか?


 能力を全て返してしまったら僕はどうなってしまうのだろう。少し先行きが不安になってきた。いっそこのまま家に引きこもってしまおうか。


「あんた、何ショックを受けてるの? 能力を渡してしまったんだから仕方ないじゃない。まぁでも大丈夫よ、あんたの将来のことも私がちゃんと考えてあげるから。あんたが私の言うことに従っていたら、私にとって明るい未来が待ってるわ。それから――」


 ストラは急に僕に寄り耳元で囁く。


「――兄さんにはあんたの能力のことは説明しなくても良いわ。どうせ理解できないでしょうから無駄よ。だからね、一緒に兄さんを上手いこと利用しましょっ」


 それは小悪魔の囁きだった。しかもその最後には、ストラの唇がそっと僕の頬に触れた。


 とっさに体を離してストラに視線を向けると、まさに小悪魔の笑みが浮かんでいた。


「ふふふ。さてと、次はメグね。

 ねぇ、兄さん?」

「ん? なんだ?」


 僕らから少し離れてさっきから木剣を振り回し続けているケンが振り返らずに言った。その剣筋は単調な上下素振りとは打って変わって千変万化し、しかも素早い。


「今から魔法使いをスカウトしに行くわ。だから協力してね」

「ん? そいつを力でねじ伏せて言うことを聞かせれば良いのか?」

「何バカ言ってんのよ。兄さんは私達に付いてきて、私の言うことを否定せずに頷いていれば良いの! 分かった?」

「何だ、それも簡単だな。任せとけって。あっはっは」


 こっちに振り返り自分の胸を片腕で軽く叩きながら、随分と軽いノリで引き受けるケンだった。


「良いわね。その調子よ兄さん!」


 その兄妹のノリに、一抹の不安を感じた。

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