第2話 『策略家』の能力


   *   *   *



 俺は自宅の玄関前に到着するとすぐに馬から飛び降り、台所に駆け込んだ。そこは俺の育て親の家である。だが今はその育ての親は居らず、俺はその子供のケンとストラの兄妹と一緒に住んでいる。


「ストラ! やっぱり此処に居たか」

「お、お、お帰りなさい。突然帰ってきて、ど、どうしたの?」


 テーブルの向こうで肩を|竦≪すく≫め上目遣いでこちらを窺う二歳年下のストラ。俺が人見知りしないで話せる僅かな人間の一人だ。


「悪いけどストラ、時間が無いんだ。だからすぐに答えてくれ。俺が何でもストラの言うことを聞いてあげるって言ったら何を望む?」

「え、え? わ、私の望み? どうしてそんな? い、今のまま平穏に暮らせるなら十分だし……」


 突然の俺の質問におろおろしながら答えるストラ。


 ストラに能力を返すのに必要な要求は難易度が低そうだ。時間もないし押し切るか!


「良いのか? 今のまま平穏に暮らせるだけで?」

「え、えぇ。わ、私は今のままボロウと一緒に……」


 下を向き、もごもごと話すストラ。最後の方はよく聞き取れないが、平穏に暮らしたいのが望みらしい。


「ストラ、どうやら俺はストラから十五年前に能力を奪っていたらしい。それを今返そうと思ってるんだけどそれにはストラの望みを一つ叶えなければならないんだ。だから、その望みは今のまま平和に暮らしたいってので良いな?」

「え? いえ、わ、わ、私の望みは……、ボロウと……ずっと……」

「良し分かった! じゃあ返すぞ」


 突然襲ってくる脱力感。そしてその直後、今まで明瞭だった思考がかすみがかった感じがした。さっきまで数手先の策を考えることは息をする様に出来ていたが、今この瞬間、僕はストラを相手に何を話し、そして二人目に能力を返すべき行動が何であるかを即座に思いつかなかった。


 互いに、自分の能力の変化を確認するための沈黙の時間がしばらく続いた後、


「それで? どう言うことか説明してくれる?」


 テーブルの向こうに居るストラが顎をあげ胸を張ってはっきりと言った。そう、これまでに聞いたことが無いくらいにはっきりとした口調で。


「え? ストラ、さん?」



   *   *   *



 スカウタが説明してくれた僕の能力のことと今に至る事を全て説明している間、ストラはずっと黙ってそれを聞いていた。


「そうすると、私があんたに能力を奪われた時期と言うのは十五年前ってことよね?」


 あれ? あれれ? 僕の事を『あんた』だと? それにストラの話し方はもう少し低姿勢で丁寧だったのに、どうした?


「あ、ああ。知らなかったとは言えごめんな、ストラ」

「ごめんなさい」

「え? 何でストラが謝る――」

「ごめんなさいって言いなさい!」


 二歳下の女の子にたしなめられた!


「あ! ご、ごめんなさい」

「ふん、まぁ良いわ。許してあげる。あんたが言ったのが本当なら、これからはずっと私があんたのおりをしなくちゃならないんだもの」

「え? そんなこと無いと思うけど?」

「あんた、一生私と一緒に暮らしてくれるって約束したじゃない。しかも何の不自由も無い様にしてくれるともね!」

「そんなこと……、あっ!!」


 ストラが言っていた『望み』は僕と一緒に暮らすこと、そして最後の方はよく聞き取れなかったけどそういう事なのか……。えっ!? そう言う事なのか?


 ストラを見ると、直視し続けるには眩しすぎる笑顔が浮かんでいた。僕には抗えない何かがそこに有った。


「ふふ。何も心配しなくても大丈夫。大丈夫なのよ! 私が返してもらった『策略家』の能力を二人の将来のために存分に駆使してあげるから」


 心配だ……。いや、考え様によっては、僕の隠遁生活の計画立案者がストラに移っただけだと考えれば良いから、大筋が変わった訳では無い……、とも言える。それにストラが相手なら人見知りする必要も無いだろうし問題は無い……、筈だ。僕はストラのそのありがたいお言葉をじっくり吟味した。


「そう言えば、十五年前って言えばあんたと初めて会ったときかしらね。私は物心つく前かもしれないけれど、どうやって私を負かしたか覚えてる?」

「ああ。僕らの親同士が話し込んでいる間、子供は別の部屋で遊んでろって言われたんだ。そして僕とケンとストラは別の部屋で遊んでたんだけど、ストラの言う事が生意気だったんでつい突き飛ばして泣かせたんだ。年下のくせに大人びてむしゃくしゃするってね。十五年前に能力を奪った時期を考えるとそれしか無いと思う」

「ふぅん。その時から奪われていたのね……」


 ストラはじっくり考え込んでいる様子で、そんな反応を示しただけだった。


「……ストラ?」

「良いわ。じゃあ残りの二つを何とかしなきゃならないわね。奪った相手は誰だか見当は付いてるの?」

「ああ、『剣豪』の能力は十三年前にケンから奪った」


 その頃、ケンとストラの父親から僕らは剣技を教わり始めていた。ケンに負けたくなかった僕はケンを負かす策を講じたのだ。恐らく策略家の能力を使っていた筈だ。手段は覚えていないがケンを負かした記憶は有る。


「兄さんね。じゃあチョロいわね」


 腕組みをして考えていたストラが言った。


「え? チョロい?」

「良いから続けて」


 顎を軽く持ち上げながら先を促すストラ。


「もう一つの『強化術士』の能力は十二年前にメグから奪った。ケンと三人で遊んでいたときだ」


 その頃はよく三人で遊んでいた。メグはケンと家の中で遊ぼうとしたけど、僕はケンと外で遊びたかったのだ。別れた意見の解決方法は覚えていないが、今思えばメグには悪いことをしたという記憶はある。


「あら、メグだったの? ふ~ん、メグは何を望むのかしらね。ちゃんと策を練らないと大変な事になるかも知れないわ。

 しかしあんたのその能力はリスクが高すぎるわよね。能力を返すときの制約が大きすぎるじゃないの。まったく、今後の私の計画に多大な支障を起こさない様にして欲しいわ」


 いや全くだ、返す言葉が無い。いや待て、私の計画だと? いや、それはきっと共有してしまった僕たちの隠遁生活の計画のことだろう。まぁ、問題ない。


「これからは私がやれって言わない限り他人の能力を奪うことなんてしないで。分かった?」

「ああ」

「じゃ、兄さんのところに行きましょ。付いてきて」

「ああ」


 ……仰せのままに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る