返済は計略的に

乾燥バガス

第1話 『拝借人』の能力

「うりゃぁ!」


 真上から差し込む太陽の光を反射して鈍色に光る剣。それが気合の掛け声と共に俺に向かって振り下ろされた。そいつの剣技はキレがなく大振りだった。他の連中と同じく練度が足りていない。そんな事を考えながら俺はその一撃を剣で受け止め鍔迫り合いに持ち込んだ。即座に左拳でそいつの柄を握る手を打ち据える。


「ぐぁ!」


 そいつの得物をはたき落とした剣の勢いを殺さず、剣の腹でそいつのこめかみを強く打った。そいつは膝から崩れ落ち、そして動かなくなった。


 安心しな、生きたまま警備隊に引き渡してやる。その後どうなるかは知ったことではないがな。


 今回の依頼は予想通り余裕だったし、身体強化の魔法をかけずに遂行する試みも上手くいった。まだ上を狙える。ふむ、順調、順調。


 俺は周囲の状況を確認した。森の中のほんの少し開けた広場に、そいつの仲間の二人が伸びていた。どういう事情か知らんが、盗賊に成り下がるとは馬鹿な奴らだ。


 賞金稼ぎバウンティハンターとしての最初の仕事としては上々だ。後はこいつらをクエスト紹介所に連行するだけだ。俺の人生計画の最初の一歩が終わろうとしていた。


 自身の人生計画を確認してみる。まず、俺は生理的に人付き合いが嫌いだ。極力他人と接したくない。なぜそんな性格になったのかを考察したが結局わからなかった。なので受容するしかないと諦めた。そして行き着いた結論は、人里離れた隠れ家を早々に確保し優雅な隠居生活をすることだ。そのために必要な金をちゃっちゃっと貯めるのだ。


 手っ取り早い金儲けは、危険を伴う冒険者になるのが良さそうだ。俺には卓越した剣技と強化魔法があるから問題ない。だがしかし、徒党を組んで魔物討伐するのはお断りだ。なぜなら人付き合いが嫌いだからだ。そこで選んだ道が賞金稼ぎバウンティハンターだ。これも魔物討伐と同様にクエストとして発注される。賞金稼ぎバウンティハンターならば単独行動して賞金首を追い詰めそして捕らえることも可能だ。情報を入手するのが大変だが、他人と綿密な連携をするよりましだ。


 よし、俺の人生計画は問題なしだ!


「いやぁ、素晴らしい」


 突然背後から声が聞こえた。俺はとっさに振り返ると同時に剣に手を掛け身構えた。そこには品の良さそうな中年男性が立っていた。街から離れたこの場所に居るには似つかわしくない軽装だった。


「驚かせて申し訳ない。私は『私立威力探偵事務所』のスカウタと申します。ぜひ君の様な優秀な人材を採用したいと思っているのですが、如何でしょうかな? 所員も良いやつばかりですし、待遇も悪くないですよ?」


 いや、普通断るだろ。怪しいやつだってことを差し引いても所員ってのが駄目だ。つまり人が集まってるってことだろ?


「断る」


 俺はスカウタの腰の小剣の柄を見ながら言った。


「そうですか、残念です。……残念ですが君、そのままだと早死にしますよ?」


 どう言うことだ?


「おや? やはり自分の命には興味がありますか……。

 私の能力は、他人の能力を完全把握することです。分かりやすくするために私の能力に名を付けるとすれば『能力解析屋』ですかな。他人より剣技に優れていると感じる程度であれば誰にでもできる。だが、私の能力はそれがその人の属性として付与されているのか、また、それがどの様な効果や制約があるかを知ることができるのですよ」

「そ、それで?」


 俺がどもってしまったのはしゃべることが苦手だからなのだが、スカウタは驚いていると解釈してくれるだろう。それはさておき早死にだと?


「実は何の断りもなく君の能力を解析させてもらったのですよ。この点に関しては申し訳ないとお詫びさせていただく。さて、君の能力を名付けるなら『拝借人』。その能力はとても複雑で、強力で、そして反動が大きい」


 俺がスカウタの足元を見ながら黙っていると、スカウタは話を続ける。


「君の能力は他人の能力を十五年間強制的に借りることができるものだ。そして十五年後の期限までに奪った能力を元の持ち主に返さないと寿命が十五年縮む。同時に奪える能力は三つまでだが、今君は『策略家』『剣豪』『強化術士』の能力を奪っている。そして迫っている返済期限のうち最短なのは『策略家』で、残りあと三日だ。

 どうかな? 詳しい話を聞きたいかな? 立ち話も何だから……」


 スカウタは賞金首の三人が囲んでいた焚き火を指差して言った。その周りには腰掛けるのにちょうど良さそうな石や丸太が置かれている。


 返済まで三日だと!? 時間が無いじゃないか!


 スカウタの話の続きを聞かざるを得ない状況に追い込まれている俺は、話を聞くことにした。その前に、


「ま、待っててくれ」


 そう言うと、俺は伸びている賞金首三人の腕をきっちりと後ろ手に縛った。そして焚き火で待っているスカウタのところに行く前に、大量の焚き木を拾い集めた。知らない人間と二人きりで会話するなんて、焚き木をくべる作業でもしておかないと精神がすり減ってしまうからな。



   *   *   *



 王都から徒歩で七日ほど離れている自宅がある街に向かって、俺は馬を駆っていた。もちろん馬には耐久、耐疲労、満腹の魔法を施して強化しまくっている。


 スカウタの話を聞き終わるや否や、俺はスカウタに賞金首を差し出した。急いで自宅に帰るには邪魔だったからだ。するとスカウタは後で返してくれれば良いと馬を貸してくれた。その道中、俺はスカウタの話を何度も反芻していた。


 ――俺の能力は『拝借人』。最大三つまで他人の能力を略奪、いや、拝借できる。拝借する条件は、相手が持っている能力を欲しいと思い、かつ相手が何らかの事柄で負けを認めた時。当然、相手が能力者であることが必須だ。そして返済する条件は、相手に能力を返済することを述べ、相手が言った要求を受け入れる事だ。その要求が即時性がなく期間が指定されている場合は、俺はその要求を満たすことから逃れることができないらしい。他にも、借りた能力を元の人間の様に使いこなせるとは限らないとか、能力のついでに性格なども借りることがあるとか言っていた。そして拝借した能力は十五年間しか借りられず、その期間内に返さないと寿命が十五年縮むのだ。


 幼い頃にその自覚が無かったと言え、十五年前に『策略家』の能力を奪い、十三年前に『剣豪』の能力を、そして十二年前に『強化術士』の能力を奪っていたとは……。兎にも角にも早く返さなければならないのだ、幼馴染たちにその能力を。

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