第5話
古田の通報で警察官が駆けつけ、無事に泥棒は逮捕された。
「いやあ、お手柄でした」
と言って、警察官はタクミとその母親に向かって満足そうな笑みを浮かべた。タクミは母親の手を繋いていて、逃げる素振りはまったくなかった。
いや、もともと逃げるつもりはなかったのだ。居間で山野たちと顔を合わせた丁度その時、タクミは、泥棒被害に遭った家の物音に気づいたのだ。山野たちにはまったく聞こえなかったのだが、アンドロイドには人間以上の聴覚が備わっているから不思議ではない。被害宅の家人が帰ってくるのはずっと遅い時間だと、経験的に知っていたタクミは、異変を察知し、すぐさまあの家に向かい、泥棒を発見したのだという。その注意力の高さ、さすが探偵。
「最近は、余計なトラブルを避けようと、身近な人には親切でも、他人には無関心な連中が人にもアンドロイドにも多いのに、この子は勇敢で機転もきいて、お母さんは素晴らしい教育をなさっていますな」
「い、いえ、そんな。たまたまですわ」
警察官の褒め言葉に、母親は恥ずかしそうに顔を逸らした。
「山野さんまで、どうしてニヤニヤしてるんですか。気持ち悪い……」
遠くで様子を見ていた山野に、古田が苛立たしげな声で言った。しかし、山野は怖く思うどころか、ますます良い気分になった。彼女にとっては不本意だろうが、大手柄を上げたアンドロイドの設定者としては、鼻が高い。
「警察にもこんなアンドロイドが欲しいですな。またお話を伺うことになるでしょうが、今日はこれで」
警察官が去ったあと、古田と山野は母親たちに近づき、改まった口調で言った。
「それでは、お子様の設定の変更をさせていただきます」
古田の言葉に、タクミは一切の拒否反応を示さなかった。
しかし、今度は母親が首を左右に振った。
「いえ、設定はこのままで結構です」
「えっ、しかし」古田は狼狽した。
「すでにタクミはわたしの息子です。多少の問題はあっても、今更変えることなんてとてもできません」
少し警察に褒められたからって、なんて自分勝手な……。山野は呆れた。古田も同じ思いだっただろうが、さすがは営業と言うべきか、動じる様子もなく答えた。
「承知いたしました。そう仰るのでしたら、このままということで。それでは、わたしたちは失礼いたします」
やれやれ、一時はどうなることかと思ったが、最終的には丸く収まって良かった、と山野は安堵した。
「あっ、ちょっと待ってもらえませんか」
母親が、帰ろうとした山野たちを呼び止めた。
「でも結局、どうしてこの子はわたしの言うことを聞かず、時々勝手に家を抜け出したんでしょうか?」
母親の疑問はもっともだ。タクミの行動はとても合理的だ。それなのに何故これまで家を抜け出すのか? 山野も気になっていた。
そこで、山野は母親に提案した。
「保護者モードで確認したらどうですか?」
母親は首を傾げた。「何ですか、それ?」
どうやら、説明書をまったく読んでいないらしい。
「子ども用アンドロイドに搭載されている機能で、アンドロイドの活動記録を親が確認できるんです。納品時にモード変更用のパスワードも届いているはずですが」
「そう言われれば、そんなものが付属していたような。何に使うのかわからなくて放っておいたんですけど……。あのメモどこにやったかしら」
母親がパスワードを探し出すのにしばらくかかったが、ようやく見つけた。そして、古田に教えられながら、アンドロイドを保護者モードに移行させる。
タクミは体を硬直させた。首元で光るLEDが保護者モードを示す緑色に変わり、両目から、たくさんの文字列が並んだ映像が壁に投影された。引き続き古田が操作し、行動履歴の確認画面までたどり着いた。
「どうぞ」
と言って、古田と山野は母親から離れた。家族でもない二人が記録を直接見るわけにはいかないのだ。
「この子は、何をやっていたのかしら。もしかして今日みたいに、人助けを繰り返していたのかも」
母親は期待に満ちた眼差しで履歴の確認を始めた。その姿を山野たちは遠巻きに眺めていたが、しばらくすると、彼女の表情が蒼白に変わった。
「どうして夫がホテルなんかに……。あの女、確か総務の……。これは、ど、どういうこと!」
どうやらそこには、父親の不倫の様子が克明に残されていたようだ。タクミはその現場を見張っていたらしい。素行調査とは、さすが探偵。
これ以上は関わらない方が身のためだ。山野と古田お互い黙ってうなずき合うと、保護者モードで動かなくなったアンドロイドを必死に揺さぶる母親に背を向けて、その場を後にした。
そして山野は、今日の出来事を小説のネタにしよう、と思った。
売れない作家の副業 under_ @under_
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