第6話 この世界は狂っている。

「遅かった……!」


 ネグリジェ姿のまま走ってきたのはメディアだった。


「フフフ、久しいな……」


 キメラが人語を話す。元々は獣のように鳴くしかなかったがオースティンを取り込んだことで人語を会得した。


「お前の魔力、実に美味であったぞ」


 キメラは恐ろしい姿をしていた。しかしメディアは一切の怯えを見せなかった。

 メディアはキメラを知っている。正確には彼女の魔力の波長を知っていた。


「ええ、大変お久しゅうございます……出来るのであればこんな再会はしたくありませんでした、お師匠様……いいえ、ナナシ」

「相変わらず生意気な小娘だ。敬称を忘れるとは何たる不出来な弟子だ。昔からそうだった……私の長年積み上げた才をあっさりと超えよって」

「会話は結構。今すぐ私の従者を返してください。さもないとすごく怒りますよ? 今でも充分にカンカンですが」

「問答無用! お前も取り込み、私は今度こそ【絶対】を手に入れる!」


 そう言うとライオンの口は縦に割れ、ハエトリグサのように大きく開く。


「わかりました。この勝負、受けて立ちます」

「遅い! お前はもう私の口の中だ」

「城主権限発令! ラピュタよ、180度回天!」


 次の瞬間、天地はひっくり返る。

 キメラの牙はメディアに届かず、体は天井へと落ちていく。落下先には踏みつけると超痛そうな豪華絢爛なシャンデリア。

 割れた無数のガラスがキメラの背中に突き刺さった。


「キャアアアアアアア!」

「おいたわしや元師匠様。咄嗟に出る悲鳴が畜生そのものでございませんか」


 メディアは空中に浮かんだまま、師匠だった化け物を見下げる。


「ほ、箒もなしで飛んでいるだと……」

「別に不思議なことありますか? ここは私の城なのですから。本来なら私が心を許した人物以外立ち寄れないよう結界を貼っていたのですが……このような結果になってしまい実に残念です」

「許さん、許さんぞ、メディア……! 私を見下げるなど断じて許さん!」


 キメラは血を流しながらも傷を感じさせない高い跳躍を見せた。


「ならば平等に立って勝負をしましょう」


 メディアは天井に着地する。


「舐め腐った真似を……! 後悔させてくれる!」


 一本一本が東洋に伝わるカタナのような鋭利な爪で襲い掛かる。

 しかしメディアは身を屈めるだけであっさりとこれを躱す。


「成程。その程度の怪我は怪我ではないと。ならばこれはどうですか」


 メディアは指先に火を灯す。そしてかき混ぜるように手首を回転させる。すると火は巨大化していく。マッチ、竈の火、炉の火、終いには小さな太陽が完成する。


「先に言っておきます。超痛いです。ご覚悟を」


 指を傾ける。すると巨大な火球はキメラを目がけて矢よりも早く飛んでいく。


「----」


 悲鳴を呼吸すらも許さぬ熱がキメラを包み込んだ。

 メディアがさらに指を振ると火球は火の粉になって散らばる。

 残ったのはほぼ全身が炭になったキメラだった。


「不滅の魔女メディアが命じる。開け、工房」


 メディアの右側に小型の魔法陣が浮かぶ。メディアはその中に手を伸ばし薬を取り出す。


「ナナシ。あなたはこれが目当てだったんじゃないですか。エリクサー」

「そぅだ……よ……こせ……永遠の若さを……我が物に」


 掠れた声でキメラは返す。結局目的はそれかよ。


「いいえ、渡せません。これは未完成です」

「……いいのか……小僧を返してやらぬぞ」

「いいえ、もう返してもらう必要はありません。もう、そろそろだと思うので」

「……?」


 全く無茶を言う。従者使いの荒いご主人様だ。

 俺は護身用のナイフで胃を割き、肉を割いた。


「中はふわっと外はカリっとは……チキンだけにしてくれ」


 俺はキメラの腹から出ると二本の足で立った。


「な……!」


 キメラは驚くがすぐに理解する。

 そう、俺はすでに死んでいる。この世に死が見付くアンデッドというやつだ。これが不滅の魔女の不滅たる所以だ。


「ナナシ。これはあなたへの情けと罰です。あなたの教えがあるおかげで今の私がありますから」


 メディアはエリクサーをキメラの体に浴びせた。

 薬の効果は絶大で炭化を癒し、キメラの体を癒し、人の形まで戻した。

 しかし、


「……お姉ちゃん、お兄ちゃん。ここ、どこですか? 私、誰ですか」


 エリクサーは未完成品。ナナシが望んだ完全な若返りは不可能。しゃがれた声のしわくちゃ肌なロリババアの完成だ。


「オースティン、これで良かったのかな……」

「いいんだよ、メディア。お前は間違っていない。瀕死の俺に不滅の魔法をかけたことを含めて間違っちゃいない」

「でもきっといつか大きな罰が私に下るはず」

「恐れなくていい。この身が朽ちるまで俺は側にいる。俺は命を忘れた。三大欲求もぜんぶ失った。そんな人でなしで俺でよければ側においてくれ」

「……ありがとう」


 メディアは俺を抱きしめるが俺は彼女を抱きしめ返してやれない。

 そんな人でなしの俺にも世界一優しく美しい彼女は言う。


「オースティンはまだ生きてるよ。だって人の心を失ってないんだから」


 それは命の冒涜であり大罪であり醜悪な考えだ。

 でもその考えが間違ってるとするならきっと、狂っているのは世界のほうだ。

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命知らずの従者とビビリ屋の魔女 田村ケンタッキー @tamura_KY

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