木漏れ月

泉 日和子

木漏れ月

「おや、お嬢ちゃん観光客かい?」

 突然屋台のおばちゃんに話しかけられて、女の子はびっくりしました。

 優しそうな人だけど、いきなりだったのでどう話せばいいか分かりません。

「えっと・・・・・・」

 しどろもどろになる女の子の代わりにお父さんが答えました。

「はい。ボクたちは別の国から旅行に来たのです」

「そうかい! じゃあ名物の菓子パンをプレゼントしよう」

 菓子売りのおばちゃんは気前よくスティックのパンをくれました。

 イチゴと牛乳のいい匂い。女の子はもじもじしながら精一杯

「ありがとう」

といいました。

 おばちゃんはもうすぐ始まるお祭りの話をしてくれました。

「今年のお祭りはすごいよぉ。町全体が飾られて華やかになるんだ。お店もたくさん出ておいしいものが食べれるよ! ぜひきておくれ」

「うっ、うん」

 複雑な気持ちになりながら女の子は頷き、その場を後にしました。

「お母さんどうしよう。お祭りに行きたいけど、大きな音が怖いの」

 女の子はホテルに帰って、お母さんに悩みを話しました。

「そうね。あなたの耳はとても敏感だから」

「うん……。せっかくの旅行だから、素敵な思い出を作りたいのに」

「じゃあ、いい耳栓を買いに行きましょう」

「え?」

「大きな町だからきっと見つかるわ。安心しなさい」

 お母さんは、大丈夫よと微笑みました。

 数日後、お祭りが始まりました。

 色鮮やかな飾りつけにパレード、ずらりと並ぶ屋台もアクセサリーやお菓子で輝いて見えます。

 大勢の人でごった返していますが耳栓をつけているので怖くありません。

 素敵な青いワンピースを着せてもらって、菓子パン片手に女の子は、はちきれんばかりの笑顔です。

 女の子の両親もそれを見れて幸せでした。

 あちこち歩いていたら、もう夜になって、花火を知らせるアナウンスが流れました。

「そろそろ花火が始まるね」

「お父さん、どこかいい場所はある?」

 女の子が訪ねた瞬間、叫び声が上がりました。

「え?」

 一瞬静かになった後、原因が突っ込んできました。

「ひひーーん!」

 パレードに使われていた馬です。ものすごいスピードで駆け込み、我を忘れています。

「危ない!」

 誰かが叫んだのと同時に女の子は体が宙に浮かぶのを感じました。

 お父さんです。

 ぶつかる直前に、お父さんが女の子を抱き寄せてギリギリかわしました。

 ガッシャーーン!!

 そのまま馬は屋台にぶつかり、気絶。

 運のいいことに屋台には誰もおらず、ぬいぐるみがクッションになり、馬は無傷ですみました。

「二人とも大丈夫!?」

 おかあさんの顔はものすごく真っ青でしたが、お父さんも女の子もかすり傷だけでした。

「ああ大丈夫だよ。ん?」

 ここでお父さんは、抱きかかえた娘の様子がおかしいと気づきました。

 ガタガタと震えて縮こまっています。

「どうしたの?」

 お母さんが手を伸ばして、あっ、と声を上げました。

 おそるおそる足をどけます。

 耳栓が粉々になっていました。

 女の子の平常心も粉々でした。

 ざわめく人々、壊れた屋台を前に叫ぶ店主。連続で打ちあがる花火。数々の音が女の子に襲いかかってきました。

 だから逃げるしかありません。今度は女の子が我を忘れて走り出しました。

「       !」

 両親の声さえも今の女の子には怪物としか思えません。ただ怖いだけです。

 足が棒になって転んだときに女の子はやっと顔を上げました。

 遠く離れた小さな公園は誰もいません。

 ただ街灯が寂しそうに芝生を照らしているだけです。

 くたくたに疲れて、靴まで抜けた足で、どこに行けばいいのかすら分からなくなりました。

 お父さんとお母さんのもとに帰ろうかな? でもまだあそこはうるさいだろうな。

 楽しい日のはずなのに、だいなしにしちゃった。

 音の洪水が、尖った鉛のような気持ち悪さになって、全身を暴れ流れている気がします。

 ただ歩くだけで足に絡みつき、前を向けば辺り一面を闇一色に変えてしまいます。

 ただの木の陰なのに。いつもならくすぐったい芝生はいばらのようです。

 下を向いた目は、大粒の涙を流します。

 それは真珠のようにきらりと輝きました。

「・・・・・・?」

 なんで涙が光っているの?

 ただ月の光が反射しているだけでした。

 でも、女の子は自分の胸がそっと静かになるのを感じました。

 白くまっすぐ木の葉の間からあふれ出ています。

 なんでこんな優しい光に気付かなかったんだろう。

 木陰から出ると、光はさらに強くなりました。

 満月です。

 月の光が小さな女の子を包み込んでいる光景は、息を切らして追いかけた両親すら魅了する美しさでした。

 草を踏む音で、女の子は大好きな二人に気付けました。

「お父さん! お母さん!」

 今度は両親が泣く番です。

 大事な娘を強く抱きしめて、ようやく心の底から安心できました。

 優しい腕に包まれて、女の子はようやく笑うことができました。

 満月は笑いあう家族をいつまでも見守っているようでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

木漏れ月 泉 日和子 @tanoshiihito

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ