第10話 櫻葉朱音
今から約3年前、中学1年生の夏。異性を意識し始めたのはその頃だろうか……いや、意識し始めたと言うより、せざるを得なかったと言う方が正しい気がする。
正直言って私はモテた。中学入学と同時に隣町から引っ越して来た私は成績も常に上位をキープ、見た目も平気以上、それでいて運動も得意で今にして思えばそんな女子が恋愛を意識し始めた中学生にモテないはずがない。
入学後には男女問わず周りの人からの視線も増えて告白される事も多くなった。野球部のキャプテンやサッカー部のエース、時にはどこから噂を聞いてきたのかバスケ部のOBから告白された事もある。そうしていく内に私はある事に気づいた。
――――あぁ、この人達は皆私の中身が好きなんじゃない。ただ、私の見た目とステータスが欲しいだけなんだ。
それに気づいた途端に私の中で男子からの視線や言葉が酷く険悪感を抱くようになり始めた。
けど、私はその感情を表に出すことが出来なかった。
と言うのも、当時の私は周りを意識しすぎていたのだ。嫌悪感を抱いたのだって元を辿れば相手の言葉を意識しすぎていたことが原因だし、恋愛事以外でも教師からの称賛や同性からの憧れの目。それを気にしすぎるあまり自分自信に完璧でいなきゃという重圧を掛けていたのだ。
今考えると本当に馬鹿だと思う。男子からの告白だって言ってしまえば中高生のカップルの大半が見た目や上辺だけの付き合いだ。そこから卒業後もずっと添い遂げるなんて言うのは全体の半分もいるだろうか。
それなのにも関わらずあの頃の私は無駄に視線や言葉を意識して、無駄に嫌悪感を抱いて、無駄に取り繕っていた。そんな軽薄な奴らに対して猫を被る必要なんて無かったのに。
そうして本音を表に出さずにいればもちろん男子からの告白も終わることは無く、時間が経てば経つほど私のステータスには箔がつき告白をしてくる生徒もその数を増していた。
そんな生活が続くこと1年、あの時の私は本当に限界寸前だったと思う。月に1度、多いときで週に1度のペースで受ける告白に受験を控えている事もあり教師や周りに取り繕う毎日。そう言ったストレスからいつ爆発しても可笑しくは無かった。
そして迎えた体育祭、私はその日彼に出会った。
昼食後、気疲れからかストレスからか、はたまた普通に体の調子が悪かったのか保健室に行っていた私は教室に鉢巻を忘れている事に気づき2階の教室へ向かった。
競技再開まで時間も無かった事から急いでいた私は階段から降りてくる人物に気付けず衝突、階段から落かけたのだがそこをぶつかった相手に助けられたのだ。その人こそ由良蒼詩、私が初めて自分から好きになった異性の相手だ。
咄嗟の事で距離も近かったからか抱かれる形で階段からの落下を助けられた私はその出会いが運命だと思った。こう聞くとちょろいと思われてしまうが私がそう思ったのにもちゃんとした理由がある。
普段の生活から癖になっていたのか私は誰かと会話する前に必ずその目を見てしまっていた。もちろんその時も例外では無く、危ない状況を助けられたと言うのに私は咄嗟に彼の目を見て、そして気づいたのだ。
彼の私を見る視線が他の人と違う事に。
その時から私の中の世界は変わった。何をするにも彼の顔が思い浮かび告白をされている時もそれが由良君だったらと思ってしまうほど、私は彼に恋をしていた。俗に言う一目惚れだ。
けど、それでは私が普段嫌悪感を抱いている人達と何ら変わりはない。そう思い私は彼の事をできる限り知っていこうと思った。
まず名前から誕生日、血液型、趣味、好きな食べ物、好きなテレビ、好きな教科等いくつか彼の性格からか答えが無いものもあったけれど大方由良蒼詩という人間については調べあげただろう。
こんな事は初めてで自分から別クラスの彼に態々話しかけるような勇気は無かったけどそれでも廊下ですれ違えば積極的に挨拶もした。
そうして彼と初めて会った時から数ヶ月後、雪の降る寒い日に私は決意を固め彼にこの思いを伝えた。その場では少し時間が欲しいと保留にされてしまったけど数日後、そこまで時間の経たない内に彼はしっかりと返事をくれた。
私の欲しかった言葉とは違う言葉で。
確かに、私と彼はクラスも違えばあまり話したことも無い。私が一方的に調べただけで彼は私の事を名前しか聞いた事が無かったのだ。だから彼の返答は間違っていないし言っていることも納得できる。逆に間違っているのは今までの経験上無意識下で確実に成功すると思っていた私の方だ。
それでも、私は友達なんかじゃ満足出来ない。
その思いは時間が経つほど肥大化していき学年が1つ上がる頃には私の行動をエスカレートさせ常軌を逸した物にしていた。
彼を付けるようになり彼の交友関係から家族関係、家の位置まで知り尽くした。
私を助けた時にも一緒にいた友達は恐らく親友なんだろう。と言うか、その1人しか友達と呼べるほど男子と会話をしているのを見たことが無い。
彼には下に妹もいる。歳はそこまで離れていないのかとても可愛い妹さんだ。
そして、もう1人。彼の交友関係を知る上でどうしても外せない唯一の異性。天宮紫音。
彼が学校に居る間授業以外で話すのは基本的にこの2人だけだった。
そんな事を続けていれば否応にも2人の関係を知ってしまう訳で、その時にどうして彼の私を見る目が他の人と違ったのか私は気づいた。
――――嗚呼、なるほど。由良君はあの娘の事が好きなんだ。
私を見る目が他と違ったのはそもそも私なんて眼中に無かったからなんだ。
彼が見ているのはあの娘だけで周りもそれを分かっている。気づいてないのは好意を向けられているあの娘だけだ。
いいなぁ、見てるだけでも察してしまう程思われていて。羨ましい、あそこにいるのが私だったら……
なのに、何であの娘はそれに気づいてないの。私なら直ぐに気づいてあげるのに。私なら受け入れてあげるのに。私なら彼を愛してあげるのに。
ねえ、由良君。君はどうして彼女じゃないとダメなの。私じゃダメなの。
確かに、遠目から見ただけでもあの娘は可愛い。何度も告白されているの言われれば信じてしまえるほどに。けど、見た目なら私だって負けていないはず。
なのに、何で君は、あの娘じゃないといけないの……
その時点で私は確信してしまった。彼は決して、私には振り向いてくれない。自分が同じだから余計に分かってしまう。
でも、それでもまだ負けた訳じゃない。勝ち目が無いわけじゃない。負けていないならまだ希望はある。
彼が何があろうとも私には振り向いてくれないのなら。私は何としてでも、どんな事をしてでもあなたを振り向かせて手に入れてみせる。
近い未来、彼の隣にいるのは彼女、天宮紫音ではない。
「この私、櫻葉朱音よ」
そう呟き、過去の自分を想起していた少女は、艶のある黒髪を靡かせ堂々たる足取りで長い廊下を歩いていた。深紅の瞳に決意を宿して。
俺の青春と日常の4分の2は幼なじみでできている たまご豆腐 @tosatosaken
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