第9話 答え


「蒼ちゃんは、私の事どう思ってる?」


 突然聞かれたその問いに俺が返した言葉は……


「は? 急にどうしたんだお前」


 と言うデリカシーの欠片も無いような言葉だった。


「えっと、それは……」

「櫻葉さんと話してたんだろ。その時なんか言われたのか」

「……うん」


 俺は心の中で長い溜息をつく。

 そりゃ溜息を吐きたくもなるだろう。何を言われたか知らないがこんな事を聞いてくるんだ。答えなんてそんなの決まってるじゃないか。


「そっか。なぁ紫音、答える前に櫻葉さんと何を話してたのか、聞いてもいいか?」

「うん、櫻葉さんからも蒼ちゃんに伝えておいてって言われてるから」


 そうして紫音はこの昼休みの間に起きた事を話し始めた。

 櫻葉さんにここへ連れてこられた事。俺を紹介して欲しいなんて言う呆れた相談の事。その時に彼女が言った、今も尚紫音の頭を悩ませている元凶でもある言葉の事。

 その全てを紫音はゆっくりとだけどちゃんと話してくれた。


「なるほどな、そんな事になってたのか。紫音、その相談の件だけど聞かなくて良いぞ。まず俺はあいつと仲良くしたいなんて思わないからな」

「うん、分かった……それで蒼ちゃん、さっきの答え聞いてもいい?」

「あぁ、あれかそうだな。馬鹿なお前にも分かるようにしっかりと教えてやる」


 俺は紫音が好きだ。愛してる。誰にも言わないけど恥ずかしい話将来だって考えてる。けど、今言うべきはそんな事じゃない。

 多分、と言うか自覚はなくとも100%紫音は俺の事が好きだ。

 でもそれは俺のとは違う。紫音の好きは友達への友愛とか家族への親愛みたいな物、ラブではなくライクだ。


 もちろん紫音とはいつか付き合いたいと思ってる。

けど今告白したっていい返事が貰えない事は目に見えている。紫音がさっきあったことを話してくれている時に言っていた「よく分からない」って。

 分からないじゃだめなんだ。紫音にはそれを知ってその上で俺を好きになってもらいたい。その時まで、俺がこの気持ちを紫音に伝えることは無い。


 だから、今の紫音の質問に対しての答えはこれじゃない。それに、さっきも言った通りこの質問を聞いた時から既に俺の中には答えは決まっていた。


「紫音、俺にとってお前は大切な――」


 紫音が息を飲むのが分かる。

 今更こんな事を言うのは何だか少し照れくさいが緊張とかは無い。

 こんな答えが分かりきった質問をされて正直少し頭にきてるけど思考は驚くほどスッキリしていて落ち着いている。今はこの馬鹿にその答えを伝えてその後説教をすることしか頭に無いぐらいだ。


 そして俺は自分で聞いといて緊張している紫音に向けてその言葉の続きを伝える。


「家族だ」


 俺がそう答えると紫音は少し固まった後言葉の内容を理解したのか同様し始めた。


「えっ、そ、それってどういう意味?」

「そのまんまの意味だよ。逆に他にあんのか?」

「な、無いけど! どういうってそう言う事じゃなくて、血も繋がってないのになんで……」


 全く、本当にどこまでも世話の焼ける奴だ。


「確かに俺たちに血の繋がりは無い。けど、親父達と比べたら同じ屋根の下に一緒にいる時間なんて紫音の方が長いぞ? 一緒にいると楽しいこともあるしムカつくこともあるけどそういう事も全部ひっくるめて大切な、家族みたいなもんなんだ」


(俺だけじゃない、きっと美琴だって同じ事を思ってるはずだ。じゃなきゃ幼馴染みっていうだけであそこまで面倒見ないしな)


「紫音だって美琴のこと本当の妹みたいに可愛がってるだろ。いや、普段の様子からすると紫音の方が妹か?」

「それはそうだけど……ってなんで私が妹なの!」

「ははっ、悪かったって。……やっと、いつもの紫音に戻ったな」

「あっ……うん、ありがとう」

「紫音が大人しいと雪でも降るんじゃないかって心配だからな。元に戻ってくれて本当に良かったよ」

「もう、なんで私が大人しくしてるだけで天候が変わるわけ」


 そんな事を言いながら紫音は頬をリスみたいにふくらませてた。なんだそれ、可愛いな。


「でもそっか……ふふっ、家族かぁ」

「なんだよ急に笑って。情緒不安定か?」

「別に、ただ蒼ちゃんも似たような事考えてたんだって思うとなんか嬉しくて」

「似たようなこと?」

「うん、私も蒼ちゃんのこと家族みたいだなって思ってたから」


 これは自分の我儘だと分かってはいる。それでも紫音が家族みたいだと言った時、自分の言った言葉との違いに言い表しがたい気持ちの差がある事を俺はどこか悲しんでいた。


(みたい、かよ……。まぁそうだよな。でも、いつか必ず……)


「でもさ蒼ちゃん」

「……なんだよ」

「いつか、本当の家族になれたらいいね」


(……っ!)


 急に紫音の口から出た自分の望んでいた結果と同じ意味の言葉に沈んでいた俺の気持ちは一気に浮かび上がる。


「お前っ、それどう言う意味か分かってんのかよ……」

「え? あ、でも確かに。家族ってどうやってなればいいんだろ? 戸籍変えるとか?」

「はぁ、まぁ分かっちゃいたけどよ……」


(本当にこいつは根っからの天然タラシだな。自分の考え無しの一言で俺がどれだけ期待すると思ってんだよ……)


 が、それは自分の気持ちを打ち明けない限り知られることは無い。その時が来るまで耐えるしかないとこの場は諦める。


「全く、これは俺以外の被害者が出ないよう俺がよく見張っておくしかないな」

「なんか言った?」

「なんでもねーよ。それより、早く戻らないと昼飯食べる時間無くなるぞ」

「あっ、本当だ。ほら蒼ちゃんも早く!」


 そう言うと紫音は教室のドアを勢いよく開く。勢いの余りドアが壊れないか心配だ。


「お、2人とも話は終わったのか?」

「宏太、いつから居たんだ?」

「ちょうど今来たところだよ。少し遅かったから様子を見にな」

「そうだったんだ。ごめんね待たせて」

「大丈夫だよ。それより紫音ちゃん、蒼詩に何もされてないか? 何かあったら直ぐに美琴ちゃんに言うんだぞ?」

「そこはお前じゃないのかよ。と言うか、何もする訳ないだろ」


 (まぁ第三者があの場所にいたら訳の分からない事は言ってるように見えるかもしれないけど……)


「それより、早くしないとお昼ご飯食べれなくなっちゃうよ!」

「あー、はいはい分かってるよ」


 事の発端はと言えばお前が櫻葉朱音について行ったからだろうにこいつときたら……


「おい、蒼詩」

「ん? なんだよ。早くしないと紫音がうるさいぞ」

「良かったな、これで1歩前身したんじゃないか? 例えそれが亀みたいに遅くてもさ」

「お前、やっぱり聞いてたのかよ……まぁでも、今回はありがとな」

「だから何回も言ってるだろ。これぐらいのこと気にすんなって」

「そうだったな。まぁでも、ジュースぐらいは奢ってやるよ」

 

 そうして俺達は階段の下で騒ぐ紫音と共に教室へと向かった。


 ちなみに、紫音は友達が昼食を買っていてくれたため何とかなったが俺と宏太の昼食は宏太が買い出しに行く途中で紫音と櫻葉さんを目撃し戻ってきたため午後の授業を昼食を食べずに受けることになった。


 ▽▲▽▲▽▲▽▲


「美琴ちゃん、聞こえる?」

『うん、聞こえてる。それで紫音ちゃんは?』

「今も蒼詩が一緒にいるからとりあえずは大丈夫そうだよ」

『そっか、2人ともどんな感じ?』

「俺がついた時は紫音ちゃんもいつもと雰囲気違うし蒼詩も真剣な顔してたけど今はいつもの2人に戻ってる」

『なら良かった。それで、2人はどんな話してたの?』

「あんまり聞き取れなかったけど紫音ちゃんの質問に対して蒼詩が大切って言ってるのは聞こえたな」


 まぁ実際は少しドアが空いてるせいで全部聞こえてたけど……

 でもこの言葉は美琴ちゃんに対しても言ってる事だし蒼詩本人か紫音ちゃんから聞いた方がいいだろう。


『へぇ、まぁヘタレのお兄ちゃんにしては大切って言えただけでも十分かな。帰ったら直ぐ2人になんて言ったのか聞かなきゃ!』

「だね、あとこれは俺の勝手な予想なんだけど」

『うん』

「案外2人がくっつくのもそう遠くないと思うよ」


 確かに今回は2人の中に進展があったとは言いづらい。それでも、蒼詩の方の気持ちは分かりきってるし紫音ちゃんだってその感情が分かれば直ぐに自分の気持ちにも気づくだろう。

 要は時間の問題だ。2人の絆は今までも相当固かったけど今回の件でより強固な物になった。苦労はするかもしれないけどこの2人なら大丈夫だろう。


『宏太君がそう思うなら本当にそうなるかもね。あ、ごめん友達が呼んでるから切るね。また何かあったら連絡しておいて』

「うん、分かった。それじゃあ」


(よし、2人の話もそろそろ終わりそうだし俺は今来た様に見せかけるために準備しますか)


 そうして、黛宏太は身を潜めドアの窓から教室の中を覗きいつも通りの2人を確認すると階段をゆっくりと降り始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る