第8話 相談
数日後、2人に過去の話をしてから学校では俺と宏太でそれとなく警戒をしていたが特に身の回りで何かが起こる事もなくいつも通りの変わらない日常を過ごしていた。
ただ、唯一変わった点を上げるとするならば俺の周りにいる連中が増えたという事だろう。しかし増えたと言っても普段の俺が普通に過ごしているだけで友達が増えるわけは無い。
じゃあ今俺の周りにいる奴らは一体何なのかと思われるかもしれないがその答えは……
「なぁ、頼むよ由良。お前しか頼める人居ないんだって」
「お前櫻葉さんと面識あるんだろ? 俺前から話してみたかったんだよ!」
「明日の昼飯奢ってやるからさ。な、頼む!」
そう、櫻葉朱音との中を取り持つように頼み込んでくる輩達だ。
「だから、何回も言ってるだろ。中学は同じだったけど俺はそこまで仲良くないし櫻葉さんのことも何も知らないんだから紹介することは出来ないって」
「そこを何とか頼むよ!」
「お前しか居ないんだって!」
(こいつら、日本語が通じないのか? 嫌だと言ってるんじゃなくて出来ないって言ってるだろ……)
「それなら宏太だっていいだろ。あいつだって中学は同じだったんだ。それに、他にも櫻葉さんと同じ中学の奴なんて沢山いるだろ」
「それは……ほら、黛とはあんまり話した事も無いしこのクラスにはお前達しかいないだろ? そうなると頼めるのなんて由良ぐらいしかいないんだよ」
(これは嘘だな。どうせ櫻葉さんが俺の事が好きだって言ったから俺に紹介させて仲がいい事をアピールすれば自分にもチャンスがあるとか思ってるんだろう。
あと、宏太と話した事無いって言うけどつい最近まで俺とも話したこと無かったろ?)
「だとしても、櫻葉さんとは殆ど話した事無いんだから紹介するのなんて――」
「蒼詩!」
無理だ。俺がそう続けようとした時、教室のドアの方から突然名前を呼ばれ反射的にその方向を見る。
そこにはつい数分前に俺と自分の分の昼飯を買いに購買まで走っていた宏太が息を切らしながら焦ったような顔をしてドアを開けていた。
「宏太、そんなに焦ってどうし……」
「そんな事はいいから早く来い!」
「えっ、ちょ、おい、待てよ!」
焦る宏太に腕を捕まれ俺は廊下を引きずられるように走る。途中担任の「廊下は走るなよぉ」と言う声も聞こえたが宏太には全く聞こえていないようだ。
すると宏太は教室のある西棟と部室や実験室の多い東棟を繋ぐ渡り廊下の前、人気が多いとは言えないその場所で急停止した。
「おい宏太、どうしたんだよ」
「しーっ、いいか大きな声は出せないからよく聞けよ」
そう言うと宏太は声を潜めながら俺をここまで連れてきた理由を話し始める。
「さっき購買まで昼飯買いに行こうとした時その前にこの下の自販機にしかない飲み物を買いに行こうと思ったんだ。それでこの西棟と東棟を繋ぐ廊下の前を通りかかったら……」
「通りかかったら?」
「前を歩く櫻葉朱音と、それについて行く紫音ちゃんを見かけた」
「……っ!」
正直、宏太に腕を引かれている時から薄々は気づいていた。宏太がこれだけ焦っているんだ、少なからず今回の件に関係しているんじゃないかって。
櫻葉さんの様な人はいつどんな行動をするか分からない、だから普段から警戒していたつもりだった。
けど最近何も変化が無かったからか気が抜けていたのかもしれない。
いや、こんなのは言い訳だ。もし、紫音の身に何かあったら、そう考えると気が気じゃない。
兎にも角にも今は2人の所へ急がなければ。
「宏太、2人がどこに行ったか分かるか」
「いや、2人を見かけてから直ぐに教室に走ったから詳しい事は……けど去り際に2人が右に曲がって行くのは見えた」
「それだけ分かれば後は空いてる教室を片っ端から探していくさ。宏太は一応美琴に連絡しといてくれ」
「分かった。蒼詩、分かってるとは思うけど、紫音ちゃんはお前が守るんだぞ」
宏太のその言葉に俺は頷き返し走り出した。
▽▲▽▲▽▲▽▲
昼休みに入り、私が友達2人と購買に向おうとすると教室の外に最近よく名前を聞く彼女が誰かを待つようにして窓際の壁に寄りかかっていた。
「あっ、」
こないだの放課後、蒼ちゃんから彼女について聞いていた事もあり私はうっかり声を出してしまう。
声と言ってもつい口から漏れ出てしまったような物でそこまで大きくは無いし聞き取りやすい物でも無い。
けど、廊下というこの広くも近い空間ではその声も聞こえてしまったようだ。
私の声に気づいた彼女は下に向けていた顔を上げ、声の主を確かめるように私を見つめる。そして、私の顔を確認すると……
「天宮さん、だよね? 少し相談したいことがあるんだけど今時間あるかな?」
どうやら待ち人は私だったみたいだ。
正直、この言葉を聞いた時はそこまで乗り気では無かった。その理由と言うのもあの話の後蒼ちゃんと宏太君からなるべく彼女とは関わるなと言われていたからだ。
だが、一緒に居る友達2人は私達の事情を知らない。そうなれば学年どころか今や学園の人気者である彼女の相談を自分達が邪魔してはいけないと思ったのか私の分の昼食も買っておくからと言って私を置いて行ってしまった。
(これは、さすがに断れないなぁ……)
「す、少しだけなら……」
場の空気に流された私はこうして彼女の相談に乗ることになってしまった。
「ありがとう! 早速で悪いんだけどここじゃ話しづらい事だからついてきて」
「う、うん」
そう言って私は前を歩く彼女について行く。数分後、連れてこられたのは東棟の3階にある空き教室だった。
「それで、相談って、何かな……?」
「うん、噂になっちゃってるみたいだからもしかしたらもう知ってるかもしれないけど……私、由良君の事好きなんだ」
「そ、そっか……」
もちろん、その事は噂でも知っていたし蒼ちゃんの話で好きだということも分かっていた。
けど、この場ではあえて知らないフリをした。それは、彼女の相談の内容が何となくわかってしまったからだ。
「それで天宮さんってよく由良君と一緒にいるでしょ? だから良ければ紹介してくれないかなとおもって」
(やっぱり、相談ってそう言う事なんだ……)
彼女の相談とは私が考えていた通りの事だった。
何故私の予想が当たったかと言えばそれは最近蒼ちゃんが彼女と同じ事を言ってくる人達の愚痴ばかりをしていたからだ。
「それは私だけじゃ決められないかな……ほら、本人にも聞いてみないとだし……」
「そっか、まぁそれもそうだよね。でも良かったぁ」
「えっ……?」
(良かったって、どういう、こと……?)
「だって、その感じだと天宮さんは相談に乗ってくれるって事だよね。私てっきり天宮さんも由良君の事好きだと思ってたから断られたらどうしようかと思って」
「私が、蒼ちゃんの事を好き……?」
(そんな事、全然考えた事無かった)
その時、一瞬自分の胸がドクンッと脈を打つのが分かった。
なんで今そうなったのか原因も何も分からない。けど、彼女の言葉に反応した事は確かだ。
(でも、なんでだろ。なんで今……)
そうして私が自分の状況に戸惑っている間にも彼女の話しは続く。
「ほら、2人って凄く仲良いでしょ? 中学の頃から学校でも2人でいる所よく見かけるし高校に入ってからも変わらず一緒に登下校する事も多いみたいだし幼馴染みって奴なのかな?」
私は、ただ頷くことしか出来なかった。
「やっぱり。でも、相談に乗ってくれるって事は天宮さんは由良君の事好きでは無いのかな? それなら少し安心した。こんなに可愛い子がいつも近くにいたら私勝ち目無いし」
「そ、そんな事は……無い、と思うけど……」
そんな事は無い。彼女だって学校中で人気があるぐらいだし私なんかより遥かに可愛いと思う。
それに、蒼ちゃんとはもう家族みたいな感じだし、だからこそ蒼ちゃんが私の事を好きになる事も無い、はず……
「とりあえず天宮さんが相談に乗ってくれるなら良かった。由良君にも上手く伝えておいて貰えるかな?」
「……う、うん」
私は、また頷く事しか出来なかった。
何だかここに連れてこられてからずっと彼女のペースに流されいつの間にか話が終わってしまった気がする。
そうして私が考え事をしている間に彼女はどうやら先に戻ってしまったらしい。
「はぁ、この事、蒼ちゃんにどうやって説明しよう……」
この短い時間の間に起こった事を振り返り何と説明すればいいのか考えていればさっきの彼女の言葉も当然の事ながら思い出してしまう。
『天宮さんも由良君の事好きだと思ってたから』
(私って蒼ちゃんの事どう思ってるんだろ。考えた事無かったなぁ)
正直好きかどうかなんて分からない。一緒に居るのが当たり前だったからか考える必要すら無かった。
けど、絶対に嫌いじゃないっていうことは分かる。
なら蒼ちゃんは?
(蒼ちゃんは、私の事どう思ってるんだろ……)
昼休みが始まってからまだ10分、時間は十分にある。
教室の窓から見える空に目をやり、家族のような彼の顔を思い浮かべ、昼時の青く澄み渡ったその綺麗な空を私はしばらく眺めていた。
▽▲▽▲▽▲▽▲
長い渡り廊下と言えども高校生が走れば渡りきるのにそう時間はかからず全速力でなくとも数十秒も走れば東棟へと入っていた。
俺は宏太の情報通りに右へ曲がった。すると曲がった先には1階へ繋がる階段と3階へ向かうための階段がある。……
(くっそ、どっちだ。右って言う情報だけじゃ1階か3階かなんてわかんないぞ!)
焦りからかまともに働かない頭を無理やり働かせ俺は上か下かを考える。すると、上の3階から教室のドアを閉める音が聞こえた。
(こっちか!)
俺は急いで階段を駆け上がる。そうして踊り場を曲がった先には件の人物、櫻葉朱音がこちらへと降りてきていた。
「……っ!」
「!……こんにちは由良君」
彼女は一瞬驚いたような素振りを見せるがその顔は直ぐに普段の櫻葉朱音の顔へと戻った。
「……櫻葉さん、紫音はどこに」
「この先の教室にいるわ」
「紫音と何を話してたんだ。2人は面識無いはずだけど?」
「何も、頼みたい事があったから相談していただけよ。心配しなくても由良君が考えている様な事はしてないわ」
「随分と俺の事を理解したような口ぶりだね」
「当然よ。あなたの事なら、なんでも知ってるもの」
その言葉に俺は体が震え鳥肌を抑えきれずにいた。
だが、この場は何とか動じないようにその震えを抑える。
「いいや、君は俺の事を何も知らない。そして、俺も君の事は何も知らない、知りたくないとさえ思う」
「あら、それは残念……でも、私はまだ諦めてないから」
吐き出すように呟かれたその言葉を俺は聞き逃さなかった。そして、その一瞬だけ、彼女の顔が俺だけに見せる櫻葉朱音の顔になった気がした。
「じゃあ、私はこれで。またね由良君」
「嗚呼、できることならもう会いたくないけどな」
そう言って彼女は下へ俺は上へ歩き出す。俺は通り過ぎざまに彼女へ言っておかなければいけないことを思い出す。
「最後に、1つ言い忘れてた事がある」
「何かしら?」
「あいつに、紫音に何かしたら、俺は君を許さない」
そう彼女に言い残し俺は紫音のいる教室へと向かった。
▽▲▽▲▽▲▽▲
「紫音、いるか」
俺は3階へ上がってすぐ見える教室に紫音がいるのを確認してからドアを開ける前に問いかける。だが、紫音から返事は無い。
「紫音入るぞ」
そう言って教室のドアを開けると教室の奥の窓際に空を眺める紫音がいた。
「……そんな所で何してんだ紫音。昼休み終わるぞ?」
「あっ、蒼ちゃん……」
「どうした、考えた事でもしてたのか」
「うん」
(なるほど、返事が無かったのはそう言う事か。昔から集中すると周りの声が聞こえなくなる時があったからな)
「紫音が考えた事なんて珍しいな。お前馬鹿なんだから少しは俺達の事も――」
「ねぇ、蒼ちゃん」
俺が最後まで言い切る前にその言葉を遮るようにして紫音は予想だにしていなかった事を呟く。
「蒼ちゃんは、私の事どう思ってる?」
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