第7話 過去の出来事


 櫻葉朱音


 彼女について語るとすれば俺の知っている事なんて数少ない。


 1つ目は出身中学が同じな事。2つ目は一見すれば絶世の美少女だと言う事。3つ目は中学二年の冬、俺に告白をしてきたと言う事。そして4つ目、中学三年になってから夏休みまでの間、彼女が俺のストーカーだった事。


 放課後、紫音と宏太と共に家に帰った俺は今日学校で広まっていた噂について、それとこの話をする上で伝えておかなければならない櫻葉朱音との過去についてを美琴も交えて話し始めた。


「俺が櫻葉朱音について知ってるのはこれぐらいだ。趣味も好きな食べ物も性格すら何も知らない」

「ちょ、ちょっと待って? じゃあなんで櫻葉さんはお兄ちゃんに告白したの? 接点とか何も無いのに……」

「いや、それが一つだけあったんだよ。なぁ蒼詩?」

「嗚呼……」


 そうして俺は思い出したくもない記憶の中から恐らくこの時櫻葉朱音が俺に好意を抱いたのだろうと言う場面を思い浮かべる。


 あれは、俺が櫻葉さんに告白される数ヶ月前の体育祭の日。昼休憩の時に俺はいつも通り宏太と屋上で昼飯を食べていた。

 それから、昼食を食べ終えてグラウンドに戻っている時に下から階段を駆け上がってくる子がいたんだ。その人物こそ、櫻葉朱音だった。


 ちょうど階段の踊り場を曲がろうとした時、俺からもあっちからも死角の位置。そんな状況だ、当然ぶつかることを避けることも出来ず俺と櫻葉さんは衝突。  俺は何とか倒れずに済んだけど、階段を駆け上がっていた櫻葉さんはそうもいかず登る勢いそのままに階段から転落……仕掛けた。


「仕掛けたってことは、じゃあ……」

「嗚呼、俺が落ちそうになる櫻葉さんを助けた。これが櫻葉さんと俺の唯一の接点だ」

「で、でも、普通それだけで好きになるかな? お兄ちゃんが気づいてないだけで他にも理由があるんじゃ」

「そんなのこっちが聞きたいよ。それに言ったろ、これが唯一の接点だって。それ以降告白されるまでは挨拶をするどころか顔さえ合わせてはいないんだ。だから告白された時は驚いたよ」


 なんならあの頃から俺は女子とあまり関わってなかった。

 今ほどでは無いがそれでもせいぜいクラスの女子ぐらい。別クラスの、それも一度も同じクラスになったことの無い櫻葉さんの事なんていくら美少女と言えども覚えてすらいなかったぐらいなんだから。


「そ、そっか。とりあえず二人の接点はわかったけど、櫻葉さんからストーキングされ始めたのって告白された後なんだよね? お兄ちゃんに彼女が出来たことないのは知ってるし降ったって言うのはわかるけどなんて言って降ったの?」

「それは……」


 い、言えない……とてもじゃないがあの時のセリフを誰かに言うことなんて今の俺には出来ない……


「はぁ、お兄ちゃんが言えないならいい。宏太君何か知ってる?」

「もちろん、何せそのセリフを本人に伝える前に聞いたのはこの俺だからね。そりゃもうすんごいセリフだったよ?」

「お、おいっ宏太! お前絶対に言うなよ!?」

「お兄ちゃんうるさい、宏太君そのセリフ教えて?」

「美琴ちゃんの頼みとあったら断る訳にはいかないね。せっかくだからその時のこいつの状況も教えてあげよう」



 △▼△▼△▼△▼


 宏太の口から次々と話される自身の黒歴史を俺は耳を塞ぐことでなるべく耳に入れないようにする。何故ならばあの時の状況をこれ以上思い出してしまえば恥ずかしさで今すぐに悶えそうだからだ。


 あの頃の俺はどうかしていた。その時には既に自分の紫音に対する気持ちに気づいておきながら櫻葉さんの告白に一旦考えさせて欲しいと答えたのだ。

 しかしここで一つ誤解して欲しくないのは決して俺は櫻葉さんと付き合おうなどとは思っていなかった。


 その時の俺はどう返事を返せば相手を傷付けることなく断ることができるのかを考えていたんだ。

 そして考えついた言葉は何を血迷ったのか……

「俺は君の事をまだよく知らないし付き合うことは出来ない。けど、その気持ちは嬉しいし良ければ友達にならないか?」と言うドラマやアニメでありがちな返答を完璧な回答だと思い込んで伝えたのだ。


 正直、この頃の俺はかなり浮かれていた。告白された後に知った事だが学年で一番モテていると言っても過言では無い人からの告白だ、それも人生初めての。

 そんな状況で普通の中学二年生が浮かれるなと言う方が無理である。


 まぁ今更開き直ったところで過去が変わる訳でもないけれど。

 全く、こうして思い返すだけであの頃の自分をぶん殴ってやりたくなるな。


 ちなみに、後にストーキングをするような彼女がここで引き下がることはもちろん無く、今思えばその時から彼女の本質は見え始めていたのかもしれない。


「どうして……由良君は私の事が嫌いなの?」

「えっ、いや、そう言う訳じゃなくて……」

「ならどうして!? 嫌いじゃないならどうして振るの!」

「それは今言った通りよく知らないからで、だからこれから知っていくために友達から始めようと……ご、ごめん! 俺今日はもう時間だからこれで、それじゃあ!」

「諦めないっ、絶対、諦めないから……」


 そんな恐ろしい言葉は聞こえないふりをして俺は宏太の待つ昇降口へと急いだ。



 △▼△▼△▼△▼


「とまぁ、告白の時に二人の間で行われたやり取りはこんなもんかな。俺も後から聞いた時は噂とか普段の外見からは想像もつかない性格で驚いたよ」

「ま、まぁ、大方今の話で間違いないな。うん」


 まさか本当に話すとは……けど、こいつはあの時から俺が紫音の事好きだって気づいてたはずだからてっきりそれも言うかと思ったけど、やっぱりその辺はこいつもわかってくれてるみたいで助かった。


「とりあえず、今の話を聞く限りだと確かに櫻葉さんはちょっと怖いけどお兄ちゃんも自業自得なところあるんじゃないの?」

「そ、それは……」

「そもそも! あんなに可愛い人から告白されてるのに何上から目線にその気持ちは嬉しい〜なんて言ってんの!? 頑張っても顔の作りぐらいしか取り柄が無いのに調子乗んな!」


 あ、あれー、み、美琴さん? どうしてそんなにご機嫌ななめなの?


「まぁまぁ、美琴ちゃんもその辺にしてやれよ。蒼詩の奴ビビって泣きそうだぜ?」

「そこまででは無い!」


 そうして俺が宏太の物言いに対して反論の意を唱えれば普段は聖母のような美琴が鬼のように目を釣りあげて睨みつけてくるでは無いか。どうして?


「はぁ、まぁその事についてはもう過ぎたことだからいいよ。それで、その後からストーカーが始まったの?」

「あ、嗚呼、三年に上がってからだから実際には少し時間が空いてるけどだいたいそれぐらいの時だ」

「それで、数ヶ月間ストーキングが続いたと思ったら夏休みに入ってすぐにパタリと止まったんだ」

「うーん、そこが気になるよね。数ヶ月間もストーキングするような人が夏休みに入ったぐらいで辞めるかな?」


 それに関しては俺も当時引っかかる事があった。ストーキングされていた頃は学校が休みであれなんであれ俺を付けているような奴だ、夏休みに入ったからと言って終わるなんて思いもしなかった。

 だが、現実ではその地獄のような時間も終わりを迎えたのだが……


「うーん、どうしても無視できない用事が続いたとか? 例えば家庭の事情とか」

「有り得そうなのはその辺だよな……」

「その事についてなんだけど、少し思い当たる節があるんだ。美琴ちゃん、ちょっと耳貸して」

「え? あ、はい……」


 なんだ? 美琴だけに耳打ちして。当事者である俺に言えないような原因ってあるか?


「ほら、中三の頃蒼詩の態度がなんか冷たいって紫音ちゃんが大泣きして怒ったことあったろ?」

「う、うん。そう言えばあったね」


「ちょうどあの時期にストーキングされてたんだけど蒼詩の奴も紫音ちゃんに何かあったらって考えて何も言わずにわざと遠ざけてたんだよね」

「なるほど、そう言う事だったんだ」


「うん、だけど紫音ちゃんが大泣きしちゃって流石の蒼詩もその後は普段通りに戻したみたいだったけど。それからしばらくして夏休みが始まって付け回されることも無くなったんだ」

「つまり、紫音ちゃんが大泣きしてから夏休みまでの間に二人の距離の近さを見て付き合ってると勘違いしたってことかな?」


「多分そうだと思う。まぁ憶測にすぎないけど」

「でも十分にありそうだね」

「とりあえず二人には上手く誤魔化して伝えよう」

「う、うん!」


 そんなこんなで一分ほどだろうか? 秘密の密会から二人が戻ってきたのだが、一体何を話してたんだ?


「少し美琴ちゃんとも考えて見たけどやっぱりこの理由が一番有り得そうだなって言うのが一つある」

「どんなのだ?」

「嗚呼、多分だけど櫻葉さんはさ夏休み前の蒼詩と紫音ちゃんを見て二人が付き合ってると勘違いしたんじゃないかな。それで諦めて付け回すのを辞めた。って思ったんだけど」


 なるほどな、確かに有り得そうだけど俺には彼女がその程度で諦めるとは思えない。

 そして、最悪の場合彼女が本当に勘違いしていて尚且つ諦めていなかったら次に標的になるのは俺ではなく……


 俺は、たった今自身で考えた予想が現実になった時を思い浮かべてゾッとした。


「紫音、お前最近は俺達と一緒に帰ることも減ってきてたよな」

「えっ、う、うん。それがどうかした?」


 ここまで話に付いてくるのがやっとであまり会話に参加出来ていなかった紫音がやっと声を出す。その声はどこか少し震えているようで心做しか動揺しているように聞いて取れた。


「いや、特には。けど、これからはなるべく一緒に帰ってくれ」

「それはいいけど、でもなんで急に?」

「ごめん、今は……言えない」


 俺が紫音にこの提案をした時点で宏太と美琴は俺の予想したことに気づいたようだ。いや、もしかしたら二人で話していた時既にここまで予想していたのかもしれない。

 

「そっか、わかった。けど、言える時になったらちゃんと教えてね」

「うん、わかった」


 こんなこと、ないに越したことはない。けど、万が一にも事が起きてからじゃダメなんだ。紫音の身に何かがあってからじゃ。だから事前に対策をして置くに越したことはないだろう。


 そう、俺が考えた最悪の事態、それは紫音が俺と同じ被害に遭う、もしくはその身に危険が迫る事だった。


 ストーキングをするような諦めの悪い奴だ、紫音と俺が親密な関係だとわかっている現状何をしてくるか分からない。


 この数ヶ月間何も無かったから大丈夫と言う考えは捨てさろう。逆に今まで何もしてこなかったのが怪しいぐらいだ。

 今になって俺の名前を出したという事はどんな些細なことにしろ何かしら理由があるはず、それが俺の予想したような最悪の事態に繋がるとしたら紫音は俺が守るしか無い。

 

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