テーブルウォーズ

東雲八雲

1.休戦と布告

地球と異なるが、どこか似通った世界のとある大陸にて、100年近くも戦争を繰り広げた二つの国が存在した。



その二ヶ国の名は、


西の国『ニーシャリオン』


東の国『ヒガナシア』



陸続きに繋がっていた両国はお互いを目の敵にしながら、絶えることのない争いを長年続けていた。その戦争のきっかけや、終戦という概念すら忘れ去られる程に。



ある国は、この戦争によって被害が広がって迷惑していたり、



ある国は、この戦争によって国益を得て感謝していたり、



ある国は、どっちが勝利するか国を挙げて賭け事を行なっていたりと、



世界有数の大国や小国は、その二ヶ国の戦争に注目していた。



そして星暦せいれき4060年、5月13日、



この戦争が終わるきっかけとなる出来事が発生した。



*********************



ニーシャリオンとヒガナシアの国境に存在する広大な森林地帯のど真ん中に、まるで縦断するように森林がない小さな渓谷が存在した。


その渓谷の名は、『ラハセキガライン』。


両国がぶつかる激戦区の一つである。



「……はぁぁ」



夜が明け、朝日の陽射しを浴びるニーシャリオン側の森林地帯の中で、気の抜けた声を上げる兵士、『アイビス』。彼は数日前から、このラハセキガラインの監視任務にあたっていた。


とはいえ、ラハセキガラインは現在、戦争中とは思えない程に静かだった。聞こえるとするなら、小鳥のさえずる音や、木々が木の葉と枝を揺らす音しかない。



言ってしまえば、彼の任務は閑職のようなものだ。ここから南側にあるシグン海域と、北側に位置するツルガウル山地が、現在交戦中となっている戦場だった。それらの真ん中に位置するラハセキガラインは、両国にとって攻めにくい地形だった事もあり、どちらも攻めようにも攻められないというのが、現状である。



しかし万が一という事もあるので、監視役を付けないわけにはいかない。故にニーシャリオンは、ラハセキガライン付近の森林から、相手国の動向を監視していたのだ。だがこの監視任務は、恐らく軍の中でも一番人気のないものだろう。何せ攻めてくる気配が一切ないのに、監視を行う必要があるからだ。しかもひたすら監視するだけなので、一人につき8時間は監視につき、定時を迎えれば別の者と交代する。それが四か所もある。人気がないのも頷ける。



「おい、あくびをするな。任務中だぞ」



アイビスの後ろから、別の兵士が現れる。交代時間ではないが、手には食糧を下げていた。どうやら朝食の差し入れのようだ。



「あぁすまんね……しっかし、来る日も来る日も監視たぁ、気が狂いそうになるな」


「仕方がないだろう。万が一ここから攻め込まれる。という可能性を潰す為だ。気を抜くなよ」


「へいへい……真面目なこった」



アイビスは嫌そうに呟きながら、ラハセキガラインに目を向ける。今日も一切動きがなく交代になるだろう。と思った矢先、



「……あん?」



この任務に就いてから一切変化が無かったラハセキガラインに、変化を視認した。



相手国、ヒガナシア側の森林から、一台のトラックが現れ、ラハセキガラインに躍り出た。しかもトラックの先端には、ヒガナシアを象徴する国旗が立てかけられている。



「嘘だろ……来やがった!こちらアイビス!ラハセキガラインのG5地点に敵国のトラックが出現した!繰り返す!G5地点に敵国のトラックが出現した!」


「……ほぅ、言ったそばから侵入とはな」



アイビスが通信機で他の監視ポイントに呼び掛けている間、食糧を持ってきた兵士、『ジース』はその動向に関心を抱くように呟く。彼もこの任務に就いて長い為、あちらからの侵入は特段珍しかった。



「どうするジース?先制攻撃としゃれ込むかい?」


「そうだな……いや待て、トラックに付いている旗を見ろ」


「?」



ジースに促されて、アイビスは出現したトラックの先端部分を注目する。


先端部分には、ヒガナシアを表す国旗の他に、不戦外交の旗が掲げられていた。あの旗が掲げられている場合、いかなる理由を以てしても、攻撃を加えてはならないという世界協定で決められていた。もしも攻撃を加えてしまえば、協定違反と見なされ、各国から経済的制裁を受ける羽目になる。



余程の大国であれば、痛くも痒くもない処置だろうが、ニーシャリオンは他国の輸入に頼っている為、ここで攻撃してしまうのは悪手だった。



トラックはラハセキガラインの中心で停車すると、荷台から数人のヒガナシア国籍兵士が飛び出した。だが手には小銃ではなく、ハイカラなテーブルやイスというミスマッチな代物で、素早くラハセキガラインの荒野に設置される。


他の兵士は通信の受信機器のような機械と、受信する為のアンテナをテーブルの横に設置し、大人数は入れるであろうテントは、その反対側に設営された。



そして飛び出した兵士たちから遅れて、二人の人物が荷台から下車する。



一人は、悠然とした足取りでテーブルへと向かう白い軍服を身に着けた金髪の男性、


もう一人は、追従するように歩きながら、手提げのバッグを手に提げている緑色の軍服を身に着けた褐色肌の女性だ。



男性は設置されたイスに着席、女性はバッグから携帯コンロとヤカン、更に小洒落こじゃれたティーポットとティーカップを取り出した。



「……何をやっているんだ?」


「いやぁ……俺にもわかんねぇって」



何を見せられているのか、二人はヒガナシアの軍人の奇行に首を傾げている。


するとヒガナシア国籍兵士たちは、二人に敬礼してからトラックに乗車、そのまま森の中へと消えていく。



結果的にラハセキガラインに残ったのは、金髪の男性と、褐色肌の女性のみとなった。



トラックが去ってすぐ、男性は通信機器と一緒に用意された拡声器を起動した。



『あー、あー……聞こえるかね?……ああ、聞こえるようだ』



すると、ニーシャリオン側にも聞こえる程の音が響く。拡声器越しに聞こえる男性の声は、戦場に似つかわしくないひどく落ち着きのある声だ。



『やぁ、ニーシャリオンの方々。私はヒガナシア国軍の大佐、『アンドリュー』と言う。今日は貴殿らに、休戦協定と、宣戦布告を言い渡しに来た所存である』



アンドリューと名乗った軍人の放った言葉は、アイビスやジースのみならず、ラハセキガラインで監視しているニーシャリオンの兵士全員、理解出来なかった。


休戦協定と宣戦布告?休戦協定ならまだわからないでもない。しかし宣戦布告を言い渡すのはどういう事なのか。



『ついては、貴殿らの……このラハセキガラインを管轄する者の中で、一番地位の高い者と対話の場を設けて貰いたい。その時に、休戦協定と宣戦布告の詳細を伝える。それまで私は、このラハセキガラインで待つ』



聞けば聞くほど意味がわからなかった。むしろ罠としか言いようがない。アンドリューは更に話を続けた。



『なお私に対して、何らかの攻撃を行なった場合、ニーシャリオンの首都を壊滅させる爆弾を使わざるを得ないだろう。これは虚偽ではない。事実である』


「……!」



首都を壊滅。と聞いて、誰もが馬鹿げていると思っているだろう。


そして、この男は馬鹿か?とも思っているだろう。現に何人かは、装備している武器をアンドリューに向けていたが、彼の言った言葉が引っ掛かり、引き金を引くことが出来なかった。



「……ジース、はったりだと思うか?」


「当たり前だ。どうやって首都を壊滅させる程の爆弾を持ち込むというんだ。はったりに決まっている」



堂々と敵の前で、ティータイムに興じる貴族のような振る舞いが、殊更ことさらに癇に障る。あの男を撃ってしまえば、それで終いだ。



「……本当にあいつが馬鹿なら、近年稀に見る馬鹿だな」



まさか、堂々とすれば撃たないと思っているのだろう。本当に馬鹿だ。馬鹿過ぎて笑える。



「…………」



しかし、あの男は妙に引っかかる事を言い出していた。



『このラハセキガラインを管轄する者の中で、一番地位の高い者と対話の場を設けて貰いたい』



ラハセキガライン。ニーシャリオンの最高司令官でも、激戦区の司令官でもなく、このラハセキガラインを管轄する司令官。


激戦区の中で一番重要ではない戦場の司令官を、要求したのである。



「アイビス、もしも奴らが騙し打ちを行うとするなら、対話する相手は出来るだけ地位の高い者を要求するよな?」


「ああ……地位の高い奴を殺したり拉致して捕虜にすりゃ、こっちの戦力を削ぐ事が出来るってもんだ」


「……ならば、奴は何故ラハセキガラインの司令官を要求した?」



言ってしまえば、無くしても惜しくない人材とも言えるし、他の激戦区と比べれば、重要度はぐんと落ちる。


それでも要求したのは、騙し打ちが目的ではない?



「……本当にそうなら……」



ジースが発砲命令を躊躇っていると、


突如ラハセキガラインに銃声が響く。



その音に驚いた小鳥の群れが、木々の間から飛び出し、アイビスとジースは心臓が止まるような錯覚を抱いた。



まさか、撃たれたのか?



すぐさま二人は、ラハセキガラインの中央に居るアンドリューを見やる。





結果から言えば、彼は無事だった。



彼の持つティーカップが、取っ手だけを残して爆散していた。破片はテーブルの上に散らばり、アンドリューの片頬には破片が飛び散って切れた傷が出来ている。



「おい!撃つな!」



たまらずジースは、通信先の兵士に怒号を浴びせる。


もしも騙し打ちではなかったとしよう、


単純な対話の場を設けてほしいとしよう、


攻撃すれば本当に爆弾を使おうとするとしよう、



今の銃撃は、まさに悪手だ。



『……ああ、早とちりだった者が居たようだ。残念だ』



アンドリューは驚いた様子を見せない。どころか落胆すらしていた。その態度から、本気で爆弾を使おうとしてる。と思ってしまった。



『今の銃撃は、見なかった事にする。間違いは誰にでもある。だが次はこうは行かないぞ?


私はラハセキガラインを管轄する地位の高い者と対話の場を設けて貰いたい。話はそこからだ。それまで私はここで待たせて貰う。よい返事を期待しているよ』



と、まるで気にも留めない態度で、着席したまま寛ぎ始めた。壊されたティーカップの取っ手をその辺に捨て、別のティーカップを取り出す始末だ。



ジースは本能的に察した。



この男は本気だ。本気で交渉を行おうとしているし、本気で首都に爆弾を使うつもりだ。と。




ジースはすぐさま、手元の通信機器で、このラハセキガラインを管轄する司令官に連絡を入れた。ここで何が起きたのか、という内容も包み隠さず。

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