26.残滓の輝き

 無数の魔物に襲われ、砂漠の上に倒れ込んでいたネオンへオームギは手を伸ばす。ネオンは差し出された手を受け取り、彼女に引っ張られる形で起き上がった。


 オームギは考える。とにかく、今優先する事は目の前の刺客達だ。シキ達の事は彼らを退けてから考えれば良い。そのためにはまだこの共同戦線は続けるべきだ。砂漠に眠るコアを探すためにも、彼らとは協力し続ける必要がある。

 何より、存在を知られた以上は彼らからも記憶を消さなければならないのだ。だから、比較的友好的であるシキ達はまだ味方であって欲しい。だから、彼らを助ける事に迷いなんて必要ない。


 本心ではただ嬉しかったからという思いが強かったが、だからといって今後の事の心配を捨てる訳にはいかない。オームギは咄嗟に飛び出した自分の感情に、何とか理由を付けようとする。

 もやもやとした気持ちに言い訳を付けて、再びミネルバ達へ意識を切り替えようとした。だがその瞬間、ネオンから強く手を引かれる。何を、と不思議に思うのも束の間。手を引かれたと同時に、オームギを呼ぶ悲痛な叫びが聞こえてきた。


「オームギ、後ろだぁ……ッ!!」


「えっ……?」


 暴風に囚われ続けるシキが、決死の思いでオームギに襲い掛かった危機を伝えた。オームギが振り返ると、彼女の後ろには取り払ったはずの獣の魔物が、再び群れを形成しまた彼女達へと襲い掛かっていた。


 ピンチを救い、集まっていた敵を退けたと確信していたオームギ。咄嗟に大鎌を構えるも、直前までネオンの手を取っていたのも相まって集団狩りクラン・ベリーを放つ予備動作が間に合わない。


「嘘でしょ……!?」


 逃れたはずの危機は、安息の間すら与えてはくれなかった。


 範囲攻撃を使うにはもう遅い。個別に倒そうものなら、数の暴力で後ろに立つネオンが先に襲われてしまう。せっかく助けたはずの命が奪われてしまう。これまで紡いで来た事も、こらからするはずだった同胞の魂を蘇らせる事無く眠らせる事も。


 彼らとの出会いは間違いだったのか。それともオアシスを作り砂漠に根付いた時から既に間違っていたのだろうか。怒りも後悔もさせてはくれない。瞬きをする間もなく、全ての希望は途絶えてしまう。


 オームギという存在は。この世界に一人だけ生き残り続けた意味とは。エルフだの賢人だのはもう関係ない。全てが無に帰す。自分という存在が白く消えかける。


「みんな……」


 オームギは咄嗟にネオンを後方に押し飛ばした。今この瞬間どちらかが死ぬなら、未来を閉ざしてしまった自分の方で良い。


 先に旅立った同胞達を思い出す。さぁ、今から会いに行こう。終末の日により別れた仲間達の元へ。無数の魔物により視界が塞がれ、オームギの元へ日の光すら届かなくなる。


 オームギは終わりを悟りゆっくりと目を閉じた。エルフという種族の終わり。紡いで来た記憶の終わり。開きかけた、希望の終わり。


 だが、そんな彼女の終わりは、思いもよらぬ形で砕かれる。


「…………あれ」


 おかしい。魔物の群れに飲まれたのに、痛みも衝撃も襲って来ないのだ。もはや痛覚も伴う事無く死んでしまったのか。


 オームギは動揺を零しながら、ゆっくりと目を開く。そこには。



「なんで、貴方達が……?」



 シキでもエリーゼでも、もちろんネオンでもない。オームギの前に現れたのは、足音も無く脚すらも無い透けた下半身に、右腕は肘より先が槍や剣を思わせる、鋭く長い形状をした異形。そして黒く塗りつぶされた瞳が、驚きとも哀しみともとれる空虚な表情で襲い掛かっていた獣型の魔物を見つめる。


 オームギへ牙を剥いた獣型の魔物を、尖った右腕で串刺しにする謎の群れ。その正体は、彷徨うエルフのエーテルが変異し、焼き払われた自然や敵のエーテルと交わり生まれたエルフ型の魔物であった。

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