14.湖畔の旅人達

 白い屋根の家から少しだけ離れた湖畔にて。シキとエリーゼは、まとっていたケープやローブを脱ぎ、衣服に染み付いた魔物の臭いを湖の水で落としていた。


 砂漠の真ん中にあるとは思えない澄んだ透明に、夜空の光が反射し煌びやかに光る幻想的な水。エリーゼは片手を水面に当て水をすくうと、湖の持つ特殊な効果に気が付く。


「この水……エーテルが豊富に込められています」


「他の湖と何か違うのか?」


「まるで別物ですよ……! この湖は特に浄化の作用が特別強く、臭いや汚れぐらいなら軽く流すだけですぐ落ちるはずです」


 エリーゼの言葉を聞き、シキはサッと手に持った自身のケープを水に潜らせる。特殊な湖の水分を吸った布は、水面から引き上げるや否やすぐさま水気が抜けていた。


 シキは洗い立てのように肌触りの良くなったケープへ鼻を近づけ、強烈に染みついていた臭いを確認する。


「……なるほど。確かにこれは別物のようだ」


「異常なほどの水はけの良さも見るに、ここの水は彼女か彼女の一族によって調合されたものでしょう。俗に言うエルフの飲み薬。それ一つで解毒も治癒も出来るという、賢人の知恵の一端ですね」


「賢人の知恵は、不毛の大地すら浄化するというのか。凄まじいな。エルフという種族は」


 賢人の力を改めて目の当たりにし、思わずシキは苦笑いをする。そんな種族の一人に、彼らは命を握られているのだ。


 逃げる事も戦う事も敵わない。オアシスという名の至上の牢獄に、旅人達は未だ囚われていた。


「…………シキさん。どうするおつもりなのですか」


「どうする、とは」


「これからどうするのかと聞いているのです。今はまだ大丈夫かも知れません。この協力関係が続く限りは、お互いに生かしておく方が賢明でしょう。しかし、コアが見つかったら……。私達は用済みになるのですよ。そうなったらもう、生かしておく必要も無い……!」


 エリーゼは手に持っていたローブを強く抱き締めた。まだ洗っていないローブには獣の臭いが染み付いたままであったが、感情を零す今の彼女にはそんなものは微塵も意識に入っていなかった。


 ただ、シキの判断に任せていた。


 エリーゼなりに時折意見や行動にも移したが、最終的には彼の考えに同意していた。彼の言う通りにしておけば、必ず事態は良い方へと向かっていく。兄の手がかりを見つけた時のように、彼ならまた。そんな気がしていた。そう信じて、疑わなかったのだ。


 しかし。


 敵意は遮られ、逃走は釘を打たれ、最後に残った希望の短剣も預ける始末。希望と野望を抱き、生まれ育った地を旅立った少女は、何もする事が出来ずただただ砂漠の辺地に幽閉されていた。


 苛立つでもなく焦るでもないシキに対し、エリーゼは彼の考えが理解出来ないでいた。


「コアを探すためというのは重々承知です。しかし、見つけた後、私達はどうするのですか。私達は、どうなるのですか……」


 不安と焦燥。困惑と不信感。信じたいのに、信じるには決定的な何かが欠落した現状。エリーゼはひたすらに、シキを信じたいと思っていた。だが。


「別に、何もしないさ」


 シキは答える。いや、答えないという選択肢を取る。同意も否定も出来ない返答を受け、エリーゼはただ茫然と立ち尽くすしか出来なかった。


「何もしないって、それではただ殺されるのを待つというのですか……!?」


「そうではない。私達からは、何もしないと言っているのだ」


「……分からないですよ。それだけでは。何かをするために、私達は旅をしていたのでしょう……!」


 シキもネオンも、エリーゼだって目的を持って世界中の地へ巡る決意をしていた。だからこそ、無責任とも取れる彼の言葉がエリーゼの逆鱗に触れてしまった。


 彼らの力になるため、エーテルコアを探す手助けはする。しかしその前提として、エリーゼにはエリーゼの目的がある。


 兄を探すという目的。


 どこに消えたかも分からない家族を探すためには、こんな砂漠の辺地にずっと留まってなどいられなかったのだ。

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