15.認識せよ、この世界を
広がる木々が黄金色に包まれた夕暮れ時。アジト前にて。
盗賊団の頭首が接触したとされる何者かを探すため、シキ達は手がかりを見つけに行こうと息巻いていた。
「チャタロー行くッスよ! ウチらのとっておき、
「フンニャー!!」
ミルカの掛け声と共に、チャタローは空高く飛び上がる。
チャタローの身体はみるみるうちに巨大化し、十人ほどは乗れそうなほどの巨体へと変異した。そして、その茶色い毛には虎のような威勢の良い模様が浮き上がっていたのだ。
「
「細かい事はいいんスよ! さぁシキさん。このだだっ広い森のどこへと向かうと言うんスか? あてもなく一帯を探すなんて、ウチもチャタローも御免ッスからね!」
「なぁに案ずるな。大まかな見当は付いている。アジトと北の屋敷の間辺りの崖に向かえ。そこにヒントは眠っているはずだ」
「フンニャー!!」
その言葉を聞いた巨大化したチャタローは、シキとネオンを拾うとミルカと共に走り出した。
見た目で正直侮ってはいたが、実際のところは鍛えられた軍馬とも遜色のない速度と力強さで森の中を駆け抜けていた。
「手を離したら地面ですり身になるッスから気を付けてくださいよー! それで、なんでまたそんな場所にー?」
「アネッサが消えていた時間と彼女の扱う風馬の移動速度で行動範囲を絞った。さらにエリーゼが妙なエーテルを感じ調査へと向かっていた方角を考えると、該当するのはその辺りという算段だ」
「あながち適当言ってる訳でも無さそうッスね! それじゃあそろそろ目的地へと到着ッスよー!」
シキの示した場所へと辿り着く直前、勢い良く走っていたチャタローはその巨体をものともせず突然ピタリと立ち止まる。
「ひゃっ!?」
その巨体の目の前で、可愛らしい少女の悲鳴が漏れ出した。
「すまない、そこのお前大丈夫か!? って、ん……? お前はエリーゼではないか。という事は私の読みも当たっているようだな」
「シキさん……? 何故あなた達がまたこんなところに」
「目的は同じだ。お前の追っている妙なエーテル、その持ち主を探し出す」
「妙なエーテルの……持ち主?」
「そいつ、ウチらのアネさんを殴ったらしいんスよ。だからウチは、絶対に許してはおけないんス!!」
「フンニャー!!」
怒りの理由を言葉にし、ミルカとチャタローはさらに熱を上げてきた。そこへ、するりとネオンの両手が真横に伸び、その場にいる全員の注目を集めた。
「…………!」
「ネオン、どうした急に……」
何かを想いその場の者達に問いかけるネオン。
シキは思わずネオンに声をかける。それと同時に、ネオンが何かを強く見つめているのに気が付いた。彼女の視線を追うと、森の奥の崖上で立ち尽くしているアネッサの姿がそこにあった。
「あれはアネッサ!? 作戦中のはずでは!?」
「シキさん静かに! 彼女、何か持って見つめているようです……!」
遠目から彼女の様子を伺う。
集中し、遠目でぶれる視線の焦点を合わせ、彼女の姿を目に据える。その強く握られた拳にはシキが渡した首飾りが。そしてその手首には……。
「宝石の埋められた腕輪……あの緑の光はエーテルコア……なのか……?」
アネッサは祈るようにもう一度拳を握り、巨大な風馬を呼び出す。そして勢い良く飛び乗ると、逃げるようにその場を走り去っていった。
「行っちゃったッス……」
「行くぞ、お前達」
シキ達は彼女が立ち去った崖上へと向かう。しかしそこは、何もないただの岩肌であった。
「アネさんはここで何を……?」
「ミルカ、今は確か作戦中のはずだったよな? 今みたいに抜け出す癖はこれまでもあったのか?」
「うーんと……。もともと一匹狼な気質はあったッスが、よくいないと思うようになったのは今のアジトに移ってからッス」
「今のアジトに? その前はどうだったのだ」
「流石に作戦中いなくなる事は無かったッスよ」
ミルカの言葉を聞き、疑念の一つを丁寧に紐解いていく。次に、もう一つの疑念へ手を伸ばす。
「なるほど……ではエリーゼ、お前にも問いたい」
「は、はぁ。なんでしょう?」
「お前が感じた妙なエーテルについてだ。その詳細を私達に教えてはくれないか」
「……そう、ですね。感じたのはここ最近……いえ、強く感じたのはシキさんとネオンさんに出会ってからです。頻度こそほとんど無いですが、極まれにどこかでモヤっとした揺らぎのようなエーテルを感じました」
「モヤっとした……?」
「そう、モヤっとした……それこそ、私の兄さんが消えた時のような喪失感を感じさせる揺らぎです」
「お前の兄だと!?」
「ひっ!?」
エリーゼの言葉を聞き、シキは思わず彼女の両肩に掴み掛った。
突如として消えたエリーゼの兄、そう。人が消える現象についての断片の話だ。
「ちょっとちょっとシキさんどうしたんスか急に!? エリーゼさんも怖がってるじゃないッスか!」
「す、すまない。それで、その妙なエーテルの特徴は? 発生の条件は? 何か他に情報はないのか!?」
「私だって分からないですよ!! ずっと……ずっと分からないまま探し続けて、やっと見つけ出した手がかりなんです! シキさんの方こそ何か知らないのですか!? 十年も見つからなかった痕跡が今になって現れるなんて、あなた達の登場と関係があるとしか考えられないです……!」
怒りが、動揺が、焦燥が。三者三様な感情が違和感を残した崖の上で交差する。
立場も目的も違う三人を前に、マイペースを崩さない一人と一匹がそこに佇んでいた。
「…………」
「ネオン……何か、気になる事でもあるのか?」
彼女はただ、そびえ立つ壁を眺め続ける。
「……フンニャ?」
「チャタローどうしたんスか? この崖の向こう側には、今回は狙わないと決めた屋敷があるだけッスよ」
崖の前をウロウロとするチャタローを見て、ミルカは不思議な様子でデブ猫の動向を伺っていた。
その時の事だ。
「フニャ!? フンニャア!!」
その贅肉の乗った身体を蹴り上げチャタローは飛び上がる。そして崖へと飛び込み……、そのまま壁の中へと入って行ったのだ。
「ちゃ、チャタロー!?」
思いもがけない光景にミルカは驚きの声を上げる。
「壁にめり込んだ……。いや、すり抜けたのか?」
シキもエリーゼも、状況がつかめないままチャタローが消えた壁をただ眺めていた。そこへ一人、寡黙なる少女はそっと近づく。
そしてゆっくりと片手を上げると、その小さな手のひらをチャタローが消えた壁へと添えた。その時、変化が起きた。
偽りの景色に、答えが映し出されたのだ。ただの崖だと思われたこの場所の真実が。
「洞穴……? 何故このような場所に!? 今のいままでただの壁だったはずだ!!」
シキは驚きただ疑問を投げかける。その答えを知っていたのは、横で一連の流れを見ていた氷の使い手だった。
「エーテルとは、認識する事でその存在を知る事が出来る……。クリプトが書き残した教科書にたびたび出て来る言葉です」
「認識……だと?」
まだ知らぬこの世界の常識に、シキは疑問を投げかける。
「はい。認識です。私が氷を扱えるのは氷の生み出し方に気づき、その方法を何度も試し、そして精製させた。つまり氷の作り方を認識した。だから私は氷の扱いに長けているのです。言いたい事は伝わりましたか?」
エリーゼの言葉を聞いて、シキは未だにエーテルというものの正体を掴み切れない。しかし、隣でただ聞いていただけのミルカの合点がいった。
「何もないただの崖だと思っていたこの場所。だけどチャタローは気づいたんスよ! アネさんがいた痕跡に! それが臭いなのかエーテルなのか他の何かなのかはウチにも分からないッス。けど、この壁の向こうのアネさんにチャタローは気づいた!! だから壁に飛び込んだ、そしてその向こう側へ辿り着く事が出来たんスよ!!」
きっと、人であるシキ達では気づく事の出来なかった隠されし答え。それに猫であるチャタローは気づいた。そして、その気づきは仲間達へと伝わっていった。
「そして、ネオンさんが触れた事で偽りの壁は消えた。シキさんが言っていたエーテルを吸収する力。それがこれなのですね……」
「…………」
気付く。伝わる。辿り着く。
真実を求めた者達はその扉を開いた。
そして求めた答えを知るため、シキ達は開いた扉の中へと歩みを進めるのであった。
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