25.I Bee〈わたしは働き者〉

「アイ、ヴィ……? 何をしている、決着はもう付いているぞ……」


 赤く光を放つ短剣を見て、シキはアイヴィに語りかけた。


 本物の通り魔。

 その一言を受け入れられず、シキの頭は何かの聞き間違いだと判断していた。


「そうだね。今の一撃が決まっていれば決着はついていた。全て終わっていた。なのに最後の最後で失敗しちゃった。ごめんねシキくん」


 シキの数歩先で、アイヴィは儚げに微笑む。

 シキの首元まで届きかけた短剣を眺めながら、寝ている子を起こしたような申し訳なさで謝る。


「なぜ……お前が……。お前は……違った……はず……」


 サラは放たれた毒に抗えず、最後の一言を残し地面に伏せる。


「サラッ!!」


「大丈夫だよ。軽い神経毒だから。一時間もしたら目が覚めるんじゃないかな」


 シキはアイヴィへ振り返る。

 いつものように気分屋な様子が、異様に気持ち悪く映った。


「……そうだ。お前は昨日通り魔に……サラに襲われた。お前の記憶を見たのだから、お前が通り魔だったらその時点で分かっているはずだ」


 シキは目を丸くしながらアイヴィを見つめた。

 間違っていると思いたかったから、アイヴィを信じたいから、彼女を強く見つめる。


 しかしそれとは対照的に、アイヴィはシキを避けるように視線を逸らす。

 そして短剣を月夜に煌かせ、淡々と話し出した。


大食らいの少身物グラットン・ダガー……この子の名前だよ。その斬撃は記憶ごとエーテルを吹き飛ばす。そしてその刃は、記憶ごとエーテルを食らう……。これで理解してもらえたかな」


「記憶を……食らう……?」


 輝く短剣以外を影に潜め、暗闇の中からアイヴィは話を続ける。


「そ。まぁ狙わないと消す記憶は直近のものになっちゃうけど。自分のエーテルならそう難しくはないんだよ」


 クリーム色の髪に巻かれた包帯を解きながら、記憶の消し方を、人の騙し方を、まるで雑談をするように口にする。


「食らったエーテルはね、この宝石部分に溜まるんだ。だから後はエーテルを戻したら思い出し完了ってわけ。んふっ、簡単でしょ?」


「……ふざけるな、ふざけるなぁ!! 簡単だと!? あれだけ血だらけになって、死にかけながら人を騙すのが、簡単な訳がないだろう!!」


 怒りが、憤りが。どうしようもない感情が、どうしようもなくなった男の口から吐き出される。

 そんな彼とは対照的に、どこまでも冷静に、どこまでも冷徹に真の通り魔は言葉を返す。


「簡単だよ。簡単じゃないと困るの。わたしはみんなを背負ってるんだから。それぐらいの事いちいち躊躇してられないよ」


「それぐらい……だと……!?」


「分かってないなぁ。わたしはもう何度も何度もやってきてるの。騙して騙して騙して騙して、死ねだの殺すだのと飽きるくらい罵られて、それでも騙し続けて、そうしてわたしはここに立っている。もう戻れないほど、この手は黒く染まっちゃってるんだよ」


 そう言うとアイヴィは深く目を閉じ、戦いの場から僅かだけ意識を逸らした。


 今までの自分と目の前に立つ者を考えながら、恋する乙女のようにある夜の出来事を思い出す。


「でも、君に助けて貰った時は嬉しかったなぁ。こんなわたしでも助けてくれる人がいるんだって。心配してくれる人がいたんだって。不思議だよね。あの時はわたし、通り魔の記憶なんて忘れ去っていたはずなのに」


「ならば!! 通り魔など辞めてしまえばいい!! そんな事せずとも、お前の仲間を救う方法はあるはずだ……!!」


「はぁ……。やっぱり、君は優しいよ。ここまでして、ここまで汚れたわたしを、それでも心配してくれるんだもの。でもね、今はそういうところ嫌いかな。わたしが抗って抗ってこうするしかないって決めたのに、そんな決断を簡単に否定しないでほしかったなぁ」


「人を騙し人の記憶を奪い人を攫う。そんな決断など否定するに決まっている!! 私には正義も悪も、背負っているものの重さも分からない。だが、お前の中に僅かでも通り魔を続けたくないという意思があったなら、私は止める。お前に望まれなくとも、お前に嫌われようとも、お前という通り魔を捕え、助け出してやる!!」


「んふっ、ふふふ……。通り魔を捕える、か。まさかこんな形で叶えられそうになるとはね。でもね、その望みはもう必要ないし、もう叶わないんだ。ねぇシキくん。どうしてわたしがこんなに話してあげたと思う?」


 にやっと。

 アイヴィはいたずらっ子のように口角を上げ、もう一度シキの顔を見つめる。


「これはお礼とご褒美。わたしという通り魔へ辿り着いた事。そしてほんの一瞬でも幸せな時間を過ごせた事へのね」


 アイヴィは足を地面に擦り付け、再び短剣を構える。

 それと同時に、宝石が赤い光を放つ。


「その光は……!」


 アイヴィは光に覆われ、シキの視界から完全に姿を消す。


「ありがとうシキくん。ほんの数日だったけど、本当に楽しかったよ。それじゃあ、これでさよならだ……ッ!!」


 赤い閃光が、暗闇と静寂に包まれた森の小道を包み込んだ。



 ────────────────────



 アイヴィは力強く地面を蹴る。砂煙を上げながら、終幕の一撃を放つ。


 瞬時にシキとの距離を詰め、その記憶を奪う短剣で彼の首筋を切り裂いた。……はずだった。


「止め……られた……?」


 突き出した腕は、短剣の柄まで深く刺っているほどの位置にあった。

 しかし、込めた力は切っ先ではなく、腕の中ほどに集中していた。


「……ほんの数日か。確かにお前にとってはそうかもしれない。だがな、私にとっては何があろうと絶対に忘れられない、大切な三日間だ」


 シキは月明りへ晒すようにアイヴィの腕を両手で掴む。

 アイヴィの攻撃は、初日に襲われた一撃よりも強く鋭かった。


 だからこそシキは足を引き身体を逸らし、さらに両手を使い彼女の攻撃を捉えた。


 絶対に忘れられない、お互いの実力を知ったあの日を思い出しながら、シキはアイヴィを捕えた。


「……っどうして!!」


 捕らえられた腕を軸に、アイヴィは身体を捻りシキに蹴りかかる。

 だがそれぐらいで、シキはアイヴィを離す事は無かった。


「お前は強く頼りになった。お前のように強くなりたいと思い、修行に付き合った。大剣を失った後短剣を選んだのは、お前から戦い方を学びたいと思ったからだ」


 アイヴィとはたった一度、ほんの一瞬しか対峙しなかったが、それ以降もシキはアイヴィを観察していた。


 身のこなしから普段の様子まで、シキの戦い方の基礎はアイヴィから学んだものだった。それ故に、シキはアイヴィの一撃を見破る事が出来たのだ。


「そんな事聞いてないッ!! 今の一撃が通れば、君はわたしの事なんて忘れて平和に過ごせたのに、どうして止めたの!!」


「何度も言わせるな! 忘れるつもりなど微塵もないと、そう言っているのだ!!」


 シキの掴む力が強くなる。

 それと同時に、アイヴィの表情は苦悶に満ちていく。


「分かってないよ……君は何にも分かっていない。ねぇ、なんでわたしが通り魔を追っていたと思う? 私自身が通り魔だというのに、どうして通り魔を捕えたいなんて言っていたか、理解出来てないでしょ」


「この街の通り魔であったサラを捕え、報奨金を貰う。そして仲間のために使う。お前が言ったのだろう。忘れたとは言わせないぞ」


「やっぱり……。わたしの言った事をそのまま受け取って、そのまま信じている。だから君は優しんだよ。だからわたしはもう、君を巻き込みたくなかったんだよ」


 アイヴィは苦い顔のまま笑った。シキへ表情が見えないように、顔を逸らしながら。


「お金なんてね、わざわざ正攻法で稼がなくたって手に入るの。お尋ね者を捕えるなんて面倒な事、する必要ないの」


「な、に……」


「本当はね、身代わりにするつもりだったんだ。サラを売り渡し通り魔はもう捕まったと思わせる。そうすれば、わたしはまた自由に行動が出来るから。清廉潔白なまま使命を果たす事が出来るから。だから通り魔を捕まえたかった」


 にやにやと、アイヴィは毒がまわっていくようにゆっくりと笑みを作る。

 嫌われる事を目的とした、薄気味悪い笑みを浮かべながらシキの方へ振り返る。


「んふっ……ねぇシキくん。こんなわたしでも、まだ助けてくれる……?」


 手どころか、心の底まで真っ黒に染まった女の子は、軽蔑するような目でほほ笑んだ。


「そんなもの……決まっている」


 掴む腕が震える。


 彼女はどうしようもなく悪だ。身も心も、その全ては不幸をもたらすために存在する。

 その手で何人もの人々が襲われ、奪われ、攫われてきた。目の前にいるサラも、ミコも、彼女の手によって気絶させられた。


 だがそれでも、シキの目には、シキの記憶には、彼女の見せた涙が浮かんでいた。


「お前の全てが嘘でも、どれだけお前が悪に堕ちていても、それでも。私はお前を助け出す」


「……だから、頼んでないって言ってるの!! わたしの事が哀れ? 正しい事をするのは気持ちがいい? そんなちっぽけな正義感で、わたしは否定されたくない。勝手に悲劇のヒロインなんかにしないで! わたしは……わたしの信じた正義のために戦っているんだから……!!」


 アイヴィは獣のように歯を食いしばりながら、敵よりもっと恐ろしいものを恨むようにその眼光をシキへと向ける。どれだけ嘘を重ね全てを否定してきても、絶対に譲れないものを守るため、アイヴィは戦い続ける。


「ちっぽけな正義感か。ああそうだ。私の思いなど、お前の掲げた正義には微塵も及ばないだろう。だがな、どれだけ小さかろうが、どれだけ一方的で偽善的な願いだろうが、私はお前を助けたいと思った。そう思ってしまったのだ」


「……ッ!!」


「何が嘘で何が本当かなど、私には分からない。それでも、私はお前の力になりたいと、そう思った。だから私は、お前の悪の底から連れ出してやる。ちっぽけで独りよがりな考えでお前の前に立ちはだかる。正義でも優しさでもない。ただ私がそうしたいと思ったから、だから私は、お前をここで止めてみせる!!」


 シキは吠える。森の木々を揺らすほどの覇気で、殺意に染まった少女へその思いを告げた。


「だから……必要ないって言ってるでしょッッッ!!」


 ドゴォッッッ!! と鈍い音を上げ、今までの何倍も強い力でアイヴィはシキを蹴り上げた。


 あまりの衝撃に、シキはアイヴィごと地面へ倒れ込んだ。


「はな……すか……離して、なるものか……!!」


 片腕でアイヴィを掴んだまま、シキは声を振り絞る。


「……邪魔しないでよ」


 だが、アイヴィの腕に突如として変化が訪れた。



愛重グラビティ・バインド……」



 アイヴィはぼそりと呟く。彼女はその身に秘めた力を、その身に流れるエーテルを解放した。


 突如アイヴィの身体から植物が現れ、そのツルが何本も彼女の身体に絡みつく。四肢へツルが到達すると、アイヴィは蘇るように立ち上がった。


「……触らないで」


 ツルの絡みついた腕を、シキごと振るう。今までのパワーバランスを覆すように、それだけでシキは十数メートル投げ飛ばされた。


「…………ッ!! 急に、力を上げた……?」


「違うよ。これはわたしのエーテルの力。わたしに絡み付き、わたしを守る、ただそれだけの力。でも使い方を変えれば、この重くてしなやかなツルは筋肉のように扱える。わたし以外の誰にも捕えられない、そのための力」


 絡みついたツルが、ギチギチとアイヴィを縛りつけているのを見て取れた。

 だが悠長に観察などする間もなく、アイヴィは次の行動に出る。


「君にわたしが、止められる?」


 一瞬だった。


 瞬きをする間もなく、アイヴィが目の前へと迫ってくる。

 反射的に地面を転がり回避したが、その背にあった大木は真っ二つに切れていた。


「んふっ、答えてよ。ねぇ……シキくん!!」


 シキが立ち上がろうとした瞬間、アイヴィは杭を打つように短剣を振りかぶった。


 そこへ、別の声が飛び込んで来た。


脈打つ水流ハイドロ・ハイ・ドローッッッ!!」


 アイヴィの死角から、五本の細い水柱が襲い掛かる。

 左ひざ、横腹、右ひじ、右手首へと直撃し、最後の一本がアイヴィの持つ短剣を弾き飛ばす。


「サラ……ッ!!」


「へへ……悪いね本物。毒はこちらの得意分野だ」


「チィッッッ!! 偽物の出番はもう終わってるんだよ!!」


 地面を転がる短剣を目指し、アイヴィはツルの絡んだ足で地面を蹴る。


 蹴り上げられた砂が舞い、シキからアイヴィの姿が霞んでいった。


「させるかッ!! 混ざり合う水流ハイドロ・ブレン・ドローッッッ!!」


 サラの宣言と共に、サラの荷物から複数の液体が飛び出した。


 混ざり合った液体は、刺激臭と煙を放ちながら短剣を目指し突き進む。


「少しでも触れてみろ……! 骨ごとお前の身体を削ぎ落とすぞ!!」


「……ッ!! 止まれアイヴィ!! それ以上近づいてはダメだ!!」


「んふっ……知った事ッ!!」


 さらに多数のツルがアイヴィの脚へ絡み付く。それ同時に、アイヴィの速度が劇的に上がっていく。


「アイヴィ!!」


 巻き上がった砂埃が戦場を包み込む。

 シキの視界にはもう、他のものが何も映らなくなっていた。


 そこへ、一筋の赤い光が切断するように現れた。


「全て消し去れ、大食らいの少身物グラットン・ダガーーーー!!」


 斬撃が、混濁した水柱を真っ二つに切り裂いていく。

 その赤い光はエーテルを食らうように水柱の軌道を追い、サラの荷物ごと吹き飛ばした。


「力負けした……!?」


「もういいよね。それじゃあおやすみ、偽物さん」


 サラが斬撃に気を取られていた一瞬に、アイヴィは起き上がろうとしたサラを切り裂いた。


「ぐあああああっっっ!!」


 痛々しい叫び声を上げ、サラは再び倒れた。


「サラッ!! やめろおおおおお!!」


 惨劇を目の当たりにして、シキは無我夢中で飛び出した。


「大丈夫、殺しはしないよ。だってね、出来ればこの子持って帰りたいもん」


 短剣の血を振り払いながら、アイヴィは淡々と話す。


 アイヴィの言葉など無視して、シキの拳が彼女へと触れた。

 しかし、その渾身の一撃は、ツルに覆われた片手で簡単に止められてしまう。


「今のが全力って事でいいかな。分かった? 君の本気なんて片手で止められるほど軽いの。どれだけ望もうが、真剣になろうが、届かないものは届かない。それがこの世界の常識。拳一つでそこの偽物に勝てただけでも賞賛ものなんだから、それで満足、しててよね」


「勝ったのではない……分かり合ったのだ!! 別の道があると、この拳で示したのだ!! だからアイヴィ、お前にだってその選択肢を作る。それが私の願望だ!!」


「……そんなものは、ないって言ったでしょっっっ!!」


 アイヴィはシキの拳を軸に身を捻り、ツルに覆われた獣のような足で回し蹴りを入れる。


「グガアアアアアッッッッッ……ガ……がはっ!!」


 内臓が潰れたような痛みと共に、シキは大量の血を口から吐き出した。


「君じゃあわたしには勝てない。あの時わたしが勝てなかったように、自分より強いものには勝てないんだよ。どれだけ求めたって、それは叶わない望みなんだよ」


「………ッ!!」


「もういいでしょう? 君は頑張った。わたしや、そこに倒れている彼女達のために戦った。そして勝ち取ったものもあったが、全てが全ては無理だった。悪いのは君じゃない。力とエーテルが支配するこの世界に生まれた、それだけの事なんだから」


 身体の半分以上がツルに覆われたアイヴィが、シキをなだめる。

 彼の努力を不意にしないために、この世界の常識を伝え、諦めを付けさせようとする。


「……ら……れ…………か……。……られ……るか。諦め……られるか」


 虚ろな目で、乱れた呼吸で、シキはそれでもと声を上げる。


「……もういいよシキくん。黙ってそこで倒れてて。そうしたらもう、君は自由だ。わたしも彼女達の事も忘れ、また新しい人生を送れる。これがわたしに出来る最後で最高の恩返し。君の明日は、わたしが守ってあげるから。だから、わたしの言う通りにして」


「こと……わる……。そんな事で……諦め……られるか……!!」


 血にまみれながら、赤色に染まりながら、シキはよろよろと立ち上がった。


「…………どうして!!」


「はは……っ、そんな事、決まっている……。私が気に入らないからだ……!!」


 シキは笑った。


 どれだけ傷を受けようが、どれだけボロボロになろうが、また立ち上がった事を誇った。


 そして、何度も拒む相手に対し、ただ気に入らないからとそれだけの理由で邪魔をする。


 そんなどうしようもなく独りよがりな理由で戦っている事が気持ち良くて仕方がない。


 絶対に勝てないと分かっている相手だろうが、目的を果たすためには殴り飛ばしてやりたい。


 諦めるなんて絶対に御免だ。ただ私は、私の願いを貫きたい。


 それだけの人間である事が、たまらなく可笑しくて誇らしかった。


「そうか、だから私は死んだのか。……ふふっ、くく、ククク、ハッハッハッハッハ!!」


 全てが繋がっていく。

 夢だと思っていた自分が死んだ時の記憶が、エーテルが無い事が、記憶が無い事が。

 シキという人間が何者であるかを、今知ってしまったのだ。


「なにが……おかしいの。こんなにボロボロになって!! 血だらけになりながら立ち上がって。絶対に勝てないというのに、なんでシキくんは笑っているの!!」


「すまないアイヴィ。お前の優しさは死ぬほど伝わったさ。だがな、それ以上に私は私を理解してしまったのだ」


「なにを言ってるの……!? どうやったって君は勝てない。もう分かっているでしょう? それにね、万が一わたしが負けたとしても、わたしの後ろには大国があるんだよ。わたし達がどれだけ必死になっても勝てなかった。強大な力を持った国があるんだよ!? だからわたしを助けなくていい、そんな事をしたら君はもっと残酷な未来が訪れてしまう……!!」


「分かっているさ。お前の涙を見た時から、お前が私を守ろうと拒んでいたのはその大国のせいだと。でもな、アイヴィ。そんなもの、今はどうだっていいんだ……!!」


 シキは大声を上げて笑う。

 血で真っ赤に染まった顔は、ギラついた目と大きく開いた口だけが鮮明に描かれていた。


「ふざけないで!! なによそれ、いい訳がないでしょ!!」


 一歩、また一歩と笑いながら近づいてくるシキへ、アイヴィは斬撃を放つ。

 しかしシキは何度吹き飛ばされ倒れようが、忘れたように起き上がり、再びアイヴィへと歩み寄った。


「なんで!! なんで立ち上がるの!! これ以上続けたらもう持たないでしょ!! 何度も記憶を奪っているのに!! なんで戦ってるかすらもう分からないくせにどうして!!」


「分かっているさ……。アイヴィ、お前を止める。ただそれだけじゃないか。それ以外など今はどうだっていいんだ。そんなものは気にしなくていい」


「……ッッッ!! んふっ、ふふふ……。そっか、そうだね、うん、そうだ。そうだよ。ねぇシキくん」


 何かを悟ったように、アイヴィは突然笑い出した。

 狂ったような笑い声が、薄暗い森へと響き渡る。


「みんなで幸せになるとっておきの方法を思いついたんだ。それはね、みんな一緒に来てもらう事」


 にっこりと、その場に不釣り合いな笑顔を見せる。

 同時に、残り血の付いた短剣を月夜に振りかぶる。


「シキくんも、ネオンちゃんも。サラちゃんもミコちゃんもみーんな一緒に。そしたらみんな幸せだ。それでこの話は終了。だから、この渾身の一撃、ちゃーんと受け取ってね……!!」


 アイヴィの短剣へ、宝石から赤い光が流れ出す。


「三日分まるっと全部食べちゃうなんて初めてだ。んふっ、でも大丈夫。明日から君は、わたしの仲間になるんだからっ」


 アイヴィの両足と右手が、完全にツルに覆われる。

 ギチギチと、込められた力を表すように軋んだ音を放っていた。


「みんなのために受け取ってね。シーキーくーーーーーんッッッ!!」


 空間を切り裂く音が、小さな森で響き渡った。

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