24.お前は優し過ぎる
気を失ったネオンを木陰に寝かせ、シキは力無く倒れているサラへと近づく。
「……どうして、止まらなかった」
「襲った被害者は全て治していた。アイヴィが血を流していた時には動揺していた。劇薬を持っていたにも関わらず、私もネオンも即死させられて無かった。だから、お前なら外すと思った」
「はは……っ、なんだよそれ。馬鹿にしやがって。私も舐められたものだな……クソッ」
月明りに晒されたサラは、影へ隠すように舌打ちをした。
「馬鹿になどしていないさ。襲った相手は治療する。医者としてのプライドか、通り魔としての信条か。お前は覚悟を決めて通り魔となった。それを私は利用した、それだけの事だ」
サラはそうかと一息つくと、深く目を閉じた。
「しかし何故、通り魔などという方法を取った。お前ほどの力があれば、もっと普通に探し出す事だって出来たのではないのか?」
「探したさ。隣の街だけじゃない、その隣の街も、他の周りの街だって。もっともっとその先だって探しに行った。何度も、何度も探したんだ」
敗北したサラは、打ち明けるように心情を語りだした。
「遠くまで探しに行く時は、何日も宿を空ける事だってあった。あの子を一人にしてしまう事だってあった。私はそれが苦痛で仕方がなかった……」
切なそうな声を聞き、シキは息を飲み込む。
「でもあの子は、私が数日街を離れるって伝えると、決まって笑顔で見送ってくれたんだ。その度見せる。寂しさを押さえつけたあの笑顔が、街を去ってから何度も何度も頭の中に浮かぶんだよ……!」
もう立てるほどの力も無いのに、サラは歯を食いしばる。それと同時に、涙が溢れ出す。
「必ず見つけ出す。そう信じて何度も探しに出たんだ……。でも、それでも!! 見つからなかったんだよ……! 師匠はおろか、その目撃者すら唯の一人も見つからなかった……!」
顔をぐしゃぐしゃにしながら、これまでの全てをシキに伝える。
「おかしいじゃないか……! 近くの街に行ったただの老人が、誰にも知られる事なく消え去る? そんな事ある訳がないだろう……!!」
サラは閉じた目を開き、どこか遠くを睨み付けていた。
「そんな中、代わりに不穏な噂が耳に入った。それが、現れては記憶を奪うという通り魔だったのさ」
「なんだと……」
「だから、そいつを探す事にした。そのために通り魔を騙る事を思いついた。そうすれば、そいつを追っている冒険者や、あわよくば本人に伝われば、そいつを誘い出せる。そう思って……!!」
通り魔となった理由。それは本物を欺くための影武者。
毒を以て毒を制す、それこそが、サラの本当の目的であった。
「私は必ず見つける。見つけ出して、師匠をどこにやったか聞き出すんだ。そのためには止まるわけにはいかなかったんだ……! だから……!!」
最後の一言をサラは吐き出す。
「私の邪魔をしないでくれ……ッ!!」
戦う力など残っていない、それでも、戦わなければならない。
使命に憑りつかれた
しかし。
「ダメだ」
シキは拒絶する。
彼女を止めるために戦った。だから、どれだけ心情を知ったとしても、それだけは受け入れる事が出来なかった。
「サラ、私はお前を連れていく。この街の通り魔はお前だったと、全てを暴いてやる」
勝者として、立ちはだかった者として、最後の目的を果たすために。
シキは倒れたままのサラへ手を伸ばそうとした。その時。
「ダメぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
森の奥から、声が聞こえた。
驚くよりも先に声の主は飛び出し、駆け抜け、何度か躓いてこけそうになりながら、サラの前に現れ両手を広げる。
「シ、シキさん……!! サラを許してくれませんか!?」
「ミコ……!? 何故お前がここに……」
「大きな音が聞こえて、水の柱が見えてサラが戦っているって……ではなくて! シキさんお願いです。どうかサラを許してはくれないでしょうか……? いえ、私も同罪です。サラを止められなかった、だから裁くなら私も一緒に受けますので、どうか……!!」
「違う!! これは私一人が起こした事だ!! ミコは何も関係ない。彼女に何の罪もないッ!!」
倒れていたサラは割って入る。
ミコの介入に動揺が隠せないでいた。
「……同罪とは、どういう事だ」
「…………なんとなく、気付いていたんです。サラが私に隠れて何かしている事を。最近治療に使う術が変わっていたり、買い出しに行く日が頻繁になったり。それと同時に、この街でも通り魔が現れるという噂を聞きました。もしかして……と思いましたが、私はどうしていいのか分からず、答えを先送りにしていたばかりに……」
「違う!! ミコには何も知られてないし何もさせていない!! 治療も買い出しも事件に関わるものは全て私が行っていた! ミコは何も知らないまま、私に利用されていただけなんだ! だから彼女に罪はない!!」
サラは必死に庇う。
しかし、それこそがミコにとっての負い目になっていた。
ミコは振り返る。
倒れているサラを見て、心の内を伝える。
「サラ!! おじいちゃんがいなくなってから、あなたが腫れ物へ触れるように、私やおじいちゃんの事を扱っていたのは分かっています。私のために思ってこんな事をしたのも分かっています……! でも、だからこそ私は私が許せないんです……!!」
「ミコ……違う……これは私が勝手にやったんだ。それだけの事なんだ……!」
「違いませんッ!!」
ミコはサラへ言い放つ。
その姿は、姉の様に慕っていたサラとの決別。もう私達は対等の存在だと伝えるための、力強い一言だった。
ミコはシキの方へ振り返り、再び両手を広げた。
「彼女にこんな事をさせてしまった私こそ悪です。ですから、罪は私が償います。許してくれ……なんてもう言いません。ですからどうか、どうかサラだけを悪者にしないでください……!!」
ミコは一目で分かるほど震えていた。恐怖か、それとも怒りか。
ただその目は、シキの瞳を捕え一つも揺るがないでいた。
「…………分かった」
「シキッ!!」
シキは彼女の決断を受け入れる。
止めようとするサラの言葉を無視し、ミコに手を伸ばす。
「ん……ッ!」
近づくシキの大きな手を見て、思わず目を閉じる。
両手は広げたまま、ミコはこれから起きる事を受け入れた。
しかし。
「い……ったあ!!」
額に弾けるような衝撃を受け、ミコは仰け反りしゃがみ込む。
「デコ……ピン……?」
あっけに取れたサラが、思わず今起きた事柄を口からこぼした。
「何を勘違いしているのか知らないが、これ以上サラをどうこうするつもりはない」
「っ!! でも、シキさんはサラに何かしようとして……!」
「……私はただ、倒れているサラに手を差し伸べただけだ」
「へ……?」
「は……?」
恐怖に縛られていた二人から、気の抜けた声が漏れた。
「何を変な声を上げている? これから宿に戻り、まずは互いの傷を癒すのが先決だろう。ネオンも気絶したままだし、このままここで夜を明かすのは私は御免だぞ」
「な、なにを言っているんだシキ? 私の全てを暴くとか言っていたじゃないか……」
「ああそうだ。お前の事情を冒険者協会や街へ説明し、謝罪を行い真の通り魔がいる事を伝える。償う事があれば受け入れてもらうが、それは仕方がないだろう。だがこのまま潜伏しながら通り魔を続けるより、多数の者に協力してもらった方がより真実へ辿り着けるのではないか?」
「何を言って……」
「冒険者協会なら他所者の管理も行いやすいし、報奨金をかけているぐらいなのだから、きっと協力してもらえると思うぞ。もちろん、そこで寝ているネオンにだって手伝わせるさ。悪くない案だと思うが、どうだろうか」
「……シキさんっ!」
シキの提案を聞いたミコは誤解が解け喜びをあらわにした。
「もちろん、ああ、そんな風になってくれるなら、みんなが協力してくれるなら、こんなに嬉しい事はない……けど」
サラも明るい表情に変わろうとしたが、直前で自分のした罪の意識に苛まれた。
「私はもう何人も手にかけた。罪のない人を襲ったんだ。そうそう簡単に許されるはずがない」
「だがお前は完治するまで治療を行った。良くも悪くもお前が優し過ぎたから、今も苦しんでいる者はいないという事になる」
「は、はは……なんだよそれ。そうそう簡単に許されるわけがないだろ。そんなに世の中は都合よく出来ていないんだよ……」
「それは明日、謝罪をした時に確かめればいいさ。さあ、宿に戻るぞ」
シキは再びサラに手を伸ばす。
希望と絶望の渦中にいる、通り魔だった彼女へ救いの手を差し伸べる。
「こんな、こんな事って……。いや、いいや。ありがとうシキ。お前がいて、お前と出会えて本当に良かった……!!」
サラの瞳から再び涙が溢れる。
やっと。サラの表情も明るく変わった。道を違えた女性を、シキは救う事が出来たのだ。
こうしてこの街の通り魔事件は幕を閉じる……はずだった。
プスッ、プスッ。と、何かに穴の空く音がした。
「な…………っ!?」
手を伸ばしていたサラから、妙な声が漏れた。
どこからか。
針のような物がサラとミコを目掛けて放たれたのだ。
針の刺さった二人は力無く倒れる。
「お、おい、どうした!? 急に……」
倒れた二人にシキは声をかけた。
(これは……魔物の神経毒!? 何でこんな物が……、!!)
意識を奪われながらも、サラはギリギリまで何が起きたのか探った。
探った結果、気付いてしまった。
「シキィィィィィ!!」
瞳から零れていた涙を操り、小さな球を作ってシキへ放つ。
「ッッッ!!」
勢いよく放たれた涙の球はシキの顔を目指して接近し……、その寸前をすり抜けた。
ジュ……と涙の球は、シキの間近で熱いものへ触れ蒸発する。
「チッ……」
誰かが、舌打ちをした。
サラは叫ぶ。消えゆく意識の中、残った全てを使って、シキへ叫んだ。
「本物は……そいつだぁぁぁぁぁ!!」
シキは咄嗟に振り返る。
そこには、赤く光る短剣を構えた少女が立っていた。
「んふっ、ふふふ…………。あーあ、全部ばれちゃった」
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