20.手を伸ばした先に

「…………」


 ネオンは『ミコノスの宿』を目指し商店街を歩いていた。


 宿屋までの送迎としてネオンを選んだサラは、彼女の様子を見て驚く。


「……食べ過ぎじゃないか?」


 ネオンの華奢な腕の中には、サンドイッチがいっぱいに詰まった紙袋が抱えられていた。

 袋のサイズに合わせて描かれた店のシンボルが、さらに膨らんで必要以上に存在感を放っている。


 シキ達と別れる前にネオンが空腹で困っていると聞いていたサラは、帰路から少し外れてお気に入りのサンドイッチ店へ寄っていた。


 どこの店へ寄るか聞こうと思ったが、ネオンがどこまで商店街を知っているか分からず、それ以前に一言も喋らない彼女から具体的な返答を得る自信がなかったため、結局同じ店に行く事にしたのだ。


 一応店の前でも同じ店でいいか聞いてみたが、返答を得るより前に彼女は店内に入ってしまっていた。

 興味がてら付いて行かずに店の前で待っていると、ネオンはきっちりと買い物を済ませ戻って来た。


 その時抱えていたのが、この山のようにサンドイッチの入った紙袋である。


「…………」


 サラの忠告など気にも留めず、ネオンは袋の中から次のサンドイッチを手に取る。


 いったいどうすれば2000ゼノでこの量を買えるのか不思議でならなかったが、顔見知りの店員が笑顔で見送っていたのを見るに、一応は正規の方法で入手したらしい。


 次々にサンドイッチを平らげるネオンを見て、サラは妙に胸のあたりがムズムズした。


「ね、ねぇネオン~? それ一つ、私にも貰えないかな~~~??」


 ネオンの前に立ち塞がり、両手を合わせてお願いをする。


 彼女があまりに美味しそうに食べるのだから、サラはケチって自分の分を買わなかった事に後悔していた。


 まだ袋の中にはたくさんあるし、一つくらい良いじゃないかと思いネオンに頼み込んでみる。


 しかし。


「…………!」


 ギロリと瞳のみを動かし、ネオンはサラを睨み付ける。


 これは私のだ。誰であろうと絶対に渡さない。などとでも言いたげな強い意志をその眼光から感じた。


「じ、冗談だよハハハ……」


 サラは乾いた笑いで卑しい気持ちを誤魔化す。

 そんな彼女の事など興味が無いように、ネオンは立ち塞がった彼女を避けて再び歩き始める。


 すると、その拍子にぽろりと何かがネオンの手元から転がり落ちた。

 ネオンは拾おうとするも、両手はサンドイッチとそれが大量に入った紙袋で塞がってしまっている。


「何やってんのさ……」


 いじらしい彼女の様子に見かねたサラは、落とし物を拾い上げる。


 それは、シキから託された羽ペンの入ったプレゼント用の梱包がされた小箱であった。


 拾い上げた彼女へネオンが近づいて来たが、キョロキョロと自分の手元を見て何やらもじもじとしている。


 その様子を見たサラは、にやりと笑いネオンへ話しかけた。


「その様子じゃあこれは受け取れないねぇ。なぁネオン、交渉といこうじゃないか。その手に持ったサンドイッチとこの羽ペンを交換しよう。これで君は羽ペンが拾えて、私もサンドイッチが食べられてお互いウィンウィンだ。悪くない条件と思わないか?」


 我ながら意地悪な事を言っていると思ったが、この無口少女に交渉が出来るのか試したくなり、つい吹っ掛けてみた。


 結果、彼女は乗ってきた。


 ネオンは取り出したばかりのタマゴサンドを見つめる。

 ちらりとサラの顔を見ると、視線を逸らしどことなく悔しそうにゆっくりと渡した。


「ふふっ……ありがと」


 サラはネオンの口に入る予定だったサンドイッチを受け取り、空いた手に羽ペンの入った小箱を渡す。


 ネオンは受け取った後別のサンドイッチを取り出そうとしたが、そこでふと挙動が止まった。


「…………」


 ネオンは自分の手を交互に見つめる。


 片手には羽ペンの入った小箱。もう片方の手は腕ごとサンドイッチの詰まった紙袋を抱えていた。


「…………食べ終わるまで持っててあげようか?」


 落とす前はどのようにして持っていたのだろうか。

 明らかに容量オーバーな彼女の収納術などサラは知らない。


 なので別の案を告げ、サラは渡したばかりの小箱を受け取ろうと手を伸ばす。


「…………」


 無言のまま、小箱を持ったネオンの手が遠ざかる。


「……流石に二つも取らないよ」


 その言葉を聞いたネオンは恐る恐る小箱を渡した。

 そしてそのまま拗ねるようにサンドイッチを取り出し、一口かじると再び歩き始めた。


「うーん、気まずいというかなんというか……」


 片手に受け取ったタマゴサンドが嫌に重い。


 掴みどころのない一定の距離感を取られ、サラは妙な緊張を受けていた。


 頭をかきながら視線を逸らす。

 沸いて出たもやもやした感情を適当に流し、ネオンの後を追おうとする。


 しかし、逸らした視線の先にサラは妙な違和感を覚えた。


「……なんだ?」


 ひそひそ、ひそひそと、行き交う人々が何かを話している。

 ただ会話が弾んでいるのではなく、何かに対しての噂話をしているようだ。


 周囲を見渡しながら観察していると、その中の一人の冒険者と目が合った。


「!! さーて今日の晩飯は何にしようかな~っと……」


 適当な口笛を吹き、冒険者はサラから視線を逸らす。


「……?」


 不思議に思いながらも、サラは意識を行き交うその他大勢に戻す。


 よくよく見てみれば、彼らの視線はネオンとサラへ集まっていた。


「私……達……? 何の話をしているんだ……?」


 怪しむように辺りを見渡す。


 シキに言われた、お前は狙われているという言葉が頭をよぎった。


 他所から来たと思われる冒険者だけでなく、街を行きかう人々や店じまいを進める商店街の住民までもが二人を見ていたのだ。


(まさか、本当に狙われているというのか……?)


 嫌な予感が浮かんでしまう。


 ネオンと共にいるとはいえ、彼女は食事に夢中だ。

 サラは荷物の中にある水の入った瓶に手をかける。


 そして自分達へ向けられた噂話に耳を傾け、警戒しながら話の内容について探ってみた。


(ねぇあれ……)


(ああ……ヤバいな……)


(こんな街中で……)


 散漫とする言葉の中から、より意味のあるワードを拾っていく。


(あの子が持ってるのって……)


(どこで手に入れた……?)


 噂の先は、一点に集中していた。


「ネオンを……見ている……?」


 注目の的であるネオンを見てみるも、彼女はただひたすらにサンドイッチを食べ進めている。


 警戒心もなく、やたら美味しそうに食べるその姿が食欲を刺激して憎たらしい。


「何を見ているんだ……?」


 不穏な空気が心臓の鼓動を早くする。

 サラはその正体を探るべく、改めて辺りに耳を向けてみた。


(あれってあの店のじゃない?)


(美味しそうに食べるわねぇ)


(俺も食いたくなってきたぜ……)


(あたし達も行きましょうよ!)


 サラはゆっくりと、手にした瓶から手を離す。そのまま噂の中心を見つめ、サラはぽつりと呟いた。


「……そゆことね」


 街行く人達は、ネオンのある行動に注目していたようだ。


 顔より大きな紙袋を持った少女は、その珍しいゴスロリ調の衣服も相まって良く目立つ。


 そして集まった視線は彼女の食事風景を見る事となり、その食欲をそそる丁寧ながらも勢いのある食べ方に虜になってしまっていた。


「なんだか注目の的になってるようだけど、気になったりしないの?」


「…………?」


 こんなに人に見られながら食事をするのは、人目には鈍感な方であるサラにとっても流石に恥ずかしく感じた。


 だが当の本人は特に気にならないようで、サラの心配も気にせず黙々と食べ進める。


 鈍感や羞恥心が無いとは違う、我が道を行くその姿にサラは一種のカリスマ性のようなものを感じた。もっとも、そんなカリスマ性はいらないが。という感想を添えて。


「はぁ」


 安堵し、思わずため息が漏れる。


 胸をなでおろし安心しようとするも、手に持ったタマゴサンドが邪魔になっていた。


 食欲なんてこの緊張で削がれてしまっていたが、返すのもまた違うと思い、もうさっさと食べてしまう事にした。


 二、三歩先へ行くネオンを見ながら、サラは一口角をかじる。


「……おいし」


 黙々と食べながら歩き進めるネオンに、ペースを合わせる形でサラも足を進めた。



 ────────────────────



「夜中、一人でいる、外から来た冒険者。条件的には申し分ないが……」


 シキは通り魔を捕えるため、商店街の外れを歩いていた。


「それにしても本当に人通りがないな……。そのような場所を選んだとはいえ、薄気味悪さがあるな」


 人通りはなく、まばらな街灯が閑散とした空気を醸し出している。


 シキは辺りをぐるりと見渡す。


(アイヴィの姿はここからだと見えないな。これなら不意を突かれても、逆に突き返してやれそうだ)


 アイヴィとは商店街を抜けた後、別行動をとっていた。


 シキからは見えないが、常に少し離れた位置から彼女はシキの後を追いかけている。


(あんまりキョロキョロするしてると怪しいって~!)


 死角になる位置からシキを観察していたアイヴィは、不自然に辺りを観察するシキを見てツッコミを入れたい気持ちを我慢していた。


 アイヴィが見守る中、シキは薄暗い夜道を歩き進める。


 自らの存在をアピ―ルするかのように、一歩一歩と靴音を鳴らす。


 通り魔が現れると予想したこの地には、シキの靴音だけが響き渡っていた。


 だが。


 ガサッ……。


 反響する靴音に混ざり、何かが地面を擦る音が僅かに聞こえた。


 どこからか、誰かが近づいてくる。


 一歩、また一歩と進みながら、シキは意識を集中させる。


 極限まで神経を研ぎ澄まし、音のする方を判別し、シキは手を伸ばす……!!


「そこだあああああ!!」


「な、なにィ!?」


 暗闇の中から腕を掴み上げる。


 抵抗する通り魔に足をかけ重心を崩す。


「捕まえたぞ通り魔めっ!!」


 掴んだ腕を後ろに回し、体重をかけ通り魔を地面へ伏せさせる。


「シキくん!!」


 シキは通り魔を捕え、身動きを取れなくする事に成功した。

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