19.アイヴィ

「それでアイヴィ、肝心の作戦とはどういったものなのだ」


 ネオン達と別れたシキとアイヴィは今度こそ通り魔を捕まえるため、日の落ちた商店街を歩き進めていた。


「んふっ、それはねぇ……」


 先導して歩いていたアイヴィは立ち止まる。


 そして、片足を軸にくるりと振り返った。


「題して、『美味しい中にも酸味有り! 驚異のサンドイッチ作戦ッッッ!!』」


 指先をシキの鼻先数センチまで伸ばし、アイヴィは高らかに宣言する。


「……は?」


 明らかにネタのような作戦名に、間の抜けた声が漏れる。


「シキくんには人通りのない場所を一人で歩いてもらい、そこへ現れた通り魔と対決。さらに隠れていたわたしが後ろから現れ、逃げ場を無くして挟み撃ちで勝利~!!」


「……要するにおとり作戦だな」


「『驚異のサンドイッチ作戦』!! 通り魔は”夜中に””一人で居る””外から来た冒険者”を狙っているのはもう分かってるよね?? だからあえて策に乗ってあげて、その上でわたしが現れ挟み撃ちにして逃げ場を無くすの。もし仮に記憶を奪われ逃げられたとしても、片方が相手の姿を覚えていればいいんだから、必ず次の一手へ繋がると思うんだ。んふっ、まさしく『美味しい中にも酸味有り』ってねっ」


 一見単純だが、確かにアイヴィの言う作戦は理にかなっていた。


 今までの通り魔の行動を鑑みるに、複数犯という可能性は限りなく低いだろう。そして襲われた被害者はもれなく、一人で人通りの無い場所を歩いている時に襲われている。


 襲われてしまえばたちまち記憶を奪われる事から、通り魔の姿は誰も知らなかった。しかし、ここでどちらかが覚えたまま生還出来れば、通り魔の絞り出しは一気に進む。


 さらに、通り魔の獲物である”外から来た冒険者”は、この街のどこにどれだけいるか把握する事はシキ達には出来ない。だがその当人の一人であるシキならば、シキこそが獲物となるならば話は別だ。


「それで、この作戦に私は必要不可欠という事か……」


 一度襲われているアイヴィ一人では出来ない。


 シキという餌を吊るし、通り魔という捕食者を誘き出す。獲物と捕食者という立場を逆転させ、この騒動を終わらせるためにシキは決断した。


「いいだろう。私が終わらせる。この忌まわしき騒動を、私の手で終わらせてやる」


 拳に力が入る。

 強く握ったその手が、シキの決断をより一層強固な物へ変えていく。


 その強く、重い意思を言葉にする。


「行こうアイヴィ。必ず、通り魔を捕えるぞ」


 決意を胸にシキは一歩、また一歩と地面を踏みしめる。


 しかし、アイヴィは何故かその場で立ち尽くし動かないでいた。


「どうした? まだ何かあるのか?」


 立ち止まってアイヴィの方へと振り返る。


 彼女は俯いたまま、呟くようにシキに語りかけた。


「……本当に、いいの?」


「……? 何がだ」


「君をおとりにして、危険な目にあわせるかもしれないって言ったんだよ?」


 何やら様子がおかしい。

 先ほどまでのマイペースな調子とは打って変わって、アイヴィはどこか儚げに佇んでいた。


「そんな事分かっている。私が役に立つなら、存分に使ってくれて構わない」


 俯いたまま、目も合わせず。少しの間が開いた後、アイヴィは言葉を口にする。


「……シキくん、今さら聞くのもなんだけどさ。わたしと一緒は嫌じゃない?」


「どうした突然。嫌なわけがないだろう。お前は腕も立つし知識もあって、正直心強いと感じている」


「そういう事じゃなくてさ、急に通り魔を捕まえようだなんて言い出して、無理くりあっちこっちに連れ回して。…………迷惑じゃなかった?」


 シキの決意を見て、彼の時より見せた気遣いを思い出して。

 彼を連れ回してこの場まで連れてきてしまった自分の事を考えて。


「勝手にあなたの進む道を決めて、迷惑じゃなかった?」


 アイヴィは後悔をしていた。


 自分の事情に彼を巻き込んでしまった事に。


「迷惑だと……? 勝手な事を言うな。私はお前に出会えて感謝しているのだぞ」


「だってシキくん記憶が無いんでしょ……!? それなのに、何も知らない場所で、何も知らない人の事情に付き合わされて。わたしは協力者を得られたら誰でもよかった。君じゃなくてもよかったんだよ」


 ついに積もっていた罪の意識が溢れ出してしまう。

 ただの協力者なはずなのに、伝える必要のない事を言ってしまう。


「たまたま隣の部屋に来たのが君達だった。記憶喪失って聞こえてきて、正直利用出来るって思っちゃった。だから君を探して、声をかけたの。都合のいいように利用するために。一緒にご飯食べたり、武器を選んだり、魔物狩りをしたりして、とっても楽しかったよ。楽しかったんだ。でもね」


 声が震える。

 一つ一つ、発する言葉に感情が籠ってしまう。


「わたし、悪い子だなぁって思っちゃった」


 シキが今どんな顔で聞いているのか、考える余裕すらなくなっていた。


「昨日の夜、通り魔に襲われて、君が助けに来てくれて。やっぱり来てくれたって嬉しかった。でも、その時気づいたの……。わたし。シキくんの優しさに甘えていたんだって」


「アイヴィ……」


 俯いたままの顔を無理やり上げる。

 これ以上、現実から逃げないためにアイヴィは顔を上げる。



「シキくんお願い。この事件から手を引いて。通り魔も、それ以外の事も全部わたしが何とかするから。君はこれ以上関わっちゃいけない。関わったらダメなんだよ……」



 アイヴィの瞳から涙が零れ落ちた。


 その意味が、シキには理解出来なかった。



「なぜ……泣いている……?」



 シキは詰め寄り問いただす。


「私が関わってはいけないとはどういう意味だ。今から通り魔を捕まえに行くのだろう? 私もお前もそのために頑張ってきたのではないか。それがどうして、今さら手を引くという話になるのだ」


 アイヴィの肩を掴み、視線を合わせる。

 彼女の言った意味を知るために、彼女の真意を聞き出す。


「そもそもだ。何故お前は通り魔を追っていた。報奨金が欲しかったからではないのか?」


 涙で瞳を揺らしながらアイヴィは答える。


「そうだよって言ったら君は手を引いてくれる? わたしにはお金が必要。報奨金は全部一人占めしたい。だから君が邪魔になったって、そう言ったら納得してくれる?」


「する訳が無いだろう! そんなもの表面上の理由に過ぎないはずだ。何故お金が必要なんだ? その様子、ただ生活に困っているだけとは思えないぞ」


 シキには最初から報奨金が目当てで、折半が嫌で手を引けと言っているようには聞こえなかった。


 だから、彼女の通り魔を追う理由が違う可能性に気づき始めていた。


「……わたしは旅を続ける必要があるの。旅をしながらお金を稼いで、仲間も集めて、それでわたしの町に帰る。待っているみんなのために、苦しんでいるみんなのために、わたしはわたしの目的を果たすの」


「何故みんなは苦しんでいる? 飢えか? 貧困か? 報奨金なんて全部くれてやる。それに仲間が必要なら私が共に行ってやる。それじゃあダメなのか??」


 シキの優しい言葉が、アイヴィの心を強く叩く。


「……そういうところがダメなんだよ」


「なにがダメなんだ!? 私が弱いからか? 記憶喪失の奴など頼りにならないか!? 私は強くなる。通り魔も、お前を苦しめる奴にすら勝てるほど、強くなってやる!! それでもダメだと言うのか……!?」


「…………」


「アイヴィ!!」


「………………」


 何度も何度も貫いて、アイヴィの心の壁は崩壊してしまう。



「……負けたの」



 ぽつりと。



「わたし達は、負けたの」



 思いもよらない告白に、シキは絶句する。


「わたし達は森の中の小さな町で暮らしていた。ただそれだけだった。なのに、ある日急に隣国の軍が押し寄せてわたし達を捕えていった。抗おうと武器を手に取った者もいた。でもその数秒後には、地面に倒れていた。そして、わたし達は全てを奪われた」


 零れ落ちるように、アイヴィは旅の目的を、通り魔を狙う理由を話した。


「あの日以来、わたし達は奴隷同然となった。力無き者は馬車馬のように働かされ、戦える者は無理やり軍へ入隊させられた。その中でも裏切らないと分かっている者は、仲間を人質に旅へ向かわされ、資源を集めて戻ってくる使命を与えられるの。わたしみたいにね」


 一つ、また一つと涙の粒が地面を濡らす。


「……だが、それでも通り魔捕獲の手助けをしたって何の問題も無いではないか。ただ協力するだけの、何がいけないと言うのだ」


「本当にただ協力するだけだった?」


 えっ。


 アイヴィの突然の振りに、シキは上手く言い返せなかった。


「わたしは君と一緒にいて楽しかった。こんな時間がずっと続けばいいのになぁって思った……。シキくんはどうだった?」


「私は……」


 今までの事を思い返す。


 アイヴィと出会ってから今に至るまでをたどり直す。


 憂鬱な気分の中急に現れ、通り魔を捕まえると連れ出された時の事を。


 鍛冶屋に連れられ、ああでもないこうでもないと言いながら武器を与えられた事を。


 魔物狩りに連れられ、戦い方や稼ぎ方を教わり、彼女の事を心強いと思った事を。


「……あ」


 アイヴィの言う幸せを考えた時、その仲間にはもう彼女がいた事を、シキは思い出す。



「わたしが君に甘えたばかりに、君の中でわたしの存在が大きくなり過ぎちゃった」



 アイヴィの前髪が揺れる。その真意を、シキは知る由もないままに。



「もう一度言うよシキくん。わたしの事情にこれ以上君を巻き込めない。だからこの件から手を引いて。そして二度とわたしの前に現れないで」


 ドクンと、シキの心臓は脈を打つ。


 悲しそうに、儚げに、決意をした少女の言葉が、シキの心臓を揺り動かす。



「断るッッッ!!」



 それでも、シキは引かなかった。ここで引けば、彼女が暗闇の中へ消えてしまうと感じたから。


「どうして……! これ以上わたしと居たら君は一緒に来るって言うでしょ!? わたしの、わたし達の苦しみに君を巻き込みたくないの!! 君は記憶を失っているというのに、なのに自分の事なんか二の次で、人の事を思って行動出来る優しい人だから! だから、この先の人生をわたしなんかが奪っちゃダメなんだよ!!」


 シキを想い、アイヴィは選択を押し付けるように突き放す。


 だがアイヴィから返されたその優しさが、シキの逆鱗に触れた。


「優しいだと……!? 適当な事を言うな、私は私の目的を果たすために行動しているだけだ!! お前に付き合ってやったのだってそうだ。訳の分からぬままにこの地に辿り着き、ただ宿にいて良いと言われ、そのまま茫然と過ごすのが怖かった。意味も無く存在し続ける事が恐ろしかった!!」


ギチギチと、シキは怒りで奥歯を鳴らす。


「そこにお前が現れ、私に目的を与えてくれた。だからお前と一緒に通り魔を捕える事にした。お前と居れば目的が出来るから、戦い方も稼ぎ方も教えてくれ、存在価値を得られると感じた。だからずっと付き合ってやった、それだけの事だ!!」


 シキはアイヴィの肩から手を離す。そのまま数歩下がると、彼女に背を向ける。


「ああそうだ。私は優しくなどない。私は私が一番大事で、お前もネオンも、サラやミコだって私に価値を見出してくれる。だから付き合っているだけだ」


 優しいと言われ、シキは激しい違和感を覚えた。


 シキが今まで行ってきた事。それは優しさなどという、当たりのいい感情からではなかったから。


「私の一番の目的は記憶を取り戻す事だ。だがその途中で起きた気に入らない事はそのままにしておきたくない。後味が悪いまま見過ごすのも御免だ。だから私は続けるぞ。お前を傷つけ、サラやミコの恩人を連れ去った通り魔を捕える。記憶を奪うなどとふざけた手段を使う奴を、必ず捕えてやる……!!」


 話しながら、一つ一つを噛み締める。

 口にした言葉から、自分という存在を知っていく。


 今までの行動の全てが、優しさなどではない事を。


 目的を果たすためには、手段を選ばない事を。


 それこそが、シキという存在なのだと。


 シキは強く強く、噛み締めた。


「アイヴィ、行くぞ。お前の事情は通り魔を捕えた後全て話してもらう」


 シキは背中越しにアイヴィを呼ぶ。


「……もう、止められないの?」


 彼の背を見てアイヴィは悟った。


「私の人生は私が決める。そして私の事情にお前を巻き込んでやる」


「本当に、後悔してない?」



「……愚問だッ!!」



 シキは走り出す。


 己の目的を果たすために。


 誰かの目的を止めるために。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る