21.答え〈アンサー〉

 ネオンとサラは『ミコノスの宿』を目指し、宿へと続く森の中の道を移動していた。

 商店街を抜け、行き交う人々もいなくなり二人だけの空間が続いていた。


 妙な緊張が再び張り巡らされる中、サラはずっと聞きたかった疑問をネオンへ投げかけた。



「シキのエーテルを奪い記憶喪失にしたのは君だろう。いったい何が目的だ?」



 ただ漠然としたイメージで決め付けたのではない。サラには確信があった。


 エーテルの無い男と、エーテルの存在を感じない少女。

 その少女は、エーテルへ干渉する性質を持つ物に触れるとその物を破壊してしまうという。


 そしてもう一つ、エーテルを失ったものは崩れ落ちるという世界の理。


 二つが事象が、彼女の破壊を、彼女の存在を物語っていた。


「…………」


 ネオンは答えを返さない。


 食べるのに集中しているのか、はたまた答えなどないのか。


「記憶や経験、その人生全ての積み重ねであるエーテル。それをを全て失ったらどうなるか、考えたりしなかったのか」


「…………」


 ネオンは変わらず、サンドイッチを食べ続ける。


「どうやってエーテルが無いまま身体を保たせているのか知らないが、あんな状態の彼をどうするつもりだ」


「……」


 最後の一口を食べようとした手が、止まった。


 ネオンの中で何かが引っ掛かったのを感じたサラは、責めるように話を続ける。


「話せはしないが言葉の意味を理解する事は出来るんだな。……それとも、本当は喋れるのに黙っているだけだったりして」


 試すように、サラはネオンに言葉を放つ。

 その言葉を聞いたネオンは、ギロリと瞳を揺り動かしサラを睨んだ。


 それはサンドイッチを取られそうになった時とは全く別物の、あからさまな警戒を含んだ眼光であった。


「怒り。表情には出さないけどしっかりと感情もあるようだね。ならば喋らない事は訳ありとして捉えておこうか」


 ネオンを刺激しつつも、敵対はしないよう言葉を選びその場を治める。


 しかしサラは彼女の目的を知るため、探りを入れ続けた。


「それで君は、そんな彼に何をやらせようとしている? 用心棒か? 世話係か? それとも都合の良い操り人形として何か起こさせるつもりか?」


 ネオンは少しの間サラを見つめると、顔を正面へ戻した。


 そのまま最後の一口を放り込み歩き始める。


「まぁまぁ待ってくれ。何もただ喧嘩を吹っかけてる訳じゃないんだ」


 先に歩くネオンに追いつき、何とか弁解をして彼女との会話を繋ぎ止める。


「仮に、君が何かしらの方法でエーテルの無い彼を動かしているとしよう。ならばもし、その方法が使えなくなった時どうなるか、分かっているか?」


 僅かに、ネオンの目元がぴくりと動いた。

 一瞬でも彼女の興味を引けたと確信したサラは、たたみ掛けるように話を続ける。


「彼はこの世界の理に触れる事になる……。つまり、あの身体は崩れ滅びる事になる。君がほんの少しでも干渉出来なくなった時、彼は本当に死ぬんだ。言っている意味が分かるか?」


「…………」


 やはり警戒を含んだ視線で、ネオンはサラを見つめる。その目を見てサラは確信した。



 喰いついてきた。



 ネオンはシキを失いたくない。失う訳にはいかない。

 彼女が常に行動を共にしていた意味をサラは考え、彼女の弱点を逆説的に導き出した。


「ネオン、交渉だ。君の持っているエーテルを奪う力について教えてくれ。代わりに私は、シキへエーテルを与えよう。彼の身体にエーテルの流れを作り出してやる」


 究極の交渉。


 目的を果たすために、サラは最後の一手を打った。


 サラはネオンからエーテルを奪う力、すなわち記憶を奪う力について聞き出したい。

 ミストラルを連れ去った通り魔、そいつへ繋がる強固な情報を得るために。


 代わりにネオンは、シキにエーテルを与える権利を得る。

 もしネオンからの干渉が途絶えたとしても、エーテルが流れていれば彼は死なずに済む。

 保険どころか、二つ目の命を得るも同然の提案だった。


「もちろん、ただの人間にエーテルを与える力なんて無いさ。だから私は、医療の力を持って、エーテル使いの力を持って疑似的なエーテルを与える。双方に知識のある私だから出来る手法だ」


 ネオンの気を引きつけながら、サラは身振り手振りを使って提案の細部を説明する。


「エーテルの流れた痕跡はあったから、外部からエーテルを注入する事は可能だろう。そしてその身に入ったエーテルを、身体の動きと繋ぎ連動させて流れを生み出す。腕とか足とか身体の一部が動かなくなった時、周りのエーテルと繋ぐ事で再生させる医療を逆転させた方法だ」


 さらにネオンにとって都合のいい情報を付け足し、念を押した。


「君の力と私の技術、その双方を持ってシキをより完全にしようと言っているんだ。だからネオン、君の持っている力について教えてくれないか?」


 これ以上にないほどの好条件を提案した。


 エーテルの奪取という他に類を見ない力を知るために、サラは譲渡出来る最大の技術を示した。


 だからこそ自信があった。


 ミストラルに繋がる、大きな情報を得れると確信していた。


 しかし。


「…………」 


 ネオンは答えない。


「ネオン……?」


 動揺を隠せないままにサラはネオンへ問いかける。


 頬に伝う冷や汗も気にせず、一歩また一歩とネオンへ詰め寄った。


「彼にエーテルが流れていれば、君の力だけに頼らずとも彼は死ななくなるんだ。他にも羽ペンのようなエーテルを扱う魔道具だって使える。もし彼に才能があればエーテルの術だって使えるようになるかもしれないんだぞ。そうしたら君にだって都合のいいはずだ。違うか……?」


 接近したサラの影が覆い被さる。


 影の中から、拒むかのような眼光がサラへと向けられていた。


 二人の視線が交わる。ネオンの猫のように縦に長い瞳孔が、サラの意識へと突き刺さる。


「…………」


 ゆっくりと、ネオンは瞳を閉じ首を横に振った。


 冷や汗がせき止められていた川のように流れ出す。


 その時、サラは悟った。


「……そうか」


 彼女と協力する事は絶対に出来ないのだと。


「……残念だよ」


 その力は他言出来ないものなのだと。


 途絶えた視線が、刃物を引き抜かれた後のようにサラの意識へと残っていた。


 サラは落胆し、その場で立ちすくむ。


 ネオンは彼女を避け先に進もうとする。


 すれ違う瞬間に、サラはぽつりと呟いた。


「だけど一つだけ言っておく。あの手の奴はちゃんと手綱を握っておかないと怖いぞ」


 含みを持った物言いに、ネオンは咄嗟に振り返る。


「…………!!」


 ネオンの目の前には、津波のように大きく広げられた水の塊が迫っていた。



 ────────────────────



 商店街の外れにある一角で、二人の男はまばらな街灯に紛れ掴み合っていた。


「かかったな通り魔め!! お前が襲ってくる事などお見通しだ。この私が成敗してくれるッ!!」


「はぁ!? 通り魔だって!? 通り魔はお前だろ!!」


「ふざけた事を……! 後ろから近づいておいて何をいうか!!」


「それはお前がこんな場所でこそこそしてるから声をかけたんだろうが!! こんの怪しい奴めが……ッ!!」


「ストップストップストーッッップ!!」


 叫び声と共に、アイヴィが建物の屋上から飛び降りてくる。

 そのまま間に割って入ると、細い両手を伸ばして二人を静止した。


「アイヴィ何故邪魔をする!? そいつを捕えるぞ!!」


「アイヴィちゃん! こいつが例の通り魔かもしれない! 手伝ってくれ!!」


「なに……!? 通り魔はお前だろう騙されるなアイヴィ!!」


「はぁ!? 何言ってるんだお前! お前こそ通り魔だろ!!」


「だからストーッッップ!! よく見て二人とも! この人はわたしの協力者シキくん! こっちは冒険者協会の人! 今日一回会ってるでしょ!!」 


「なんだと?」


「えっ?」


 シキはアイヴィに言われ、怪しき男と顔を見合わせる。


 よくよく見てみれば、その顔は僅かに見覚えがあった。


「ん、お前は確かギルドの受付にいた……」


「へっ……? ああ、あんたやたらスライミョンのドロップ品を持ってきた奴じゃないか」


 通り魔と思われた人物は、シキのドロップ品を換金したギルドの職員であった。


「しかし何故お前がここに……。死角から近づくから警戒したではないか!」


「そりゃあんたがキョロキョロと怪しい動きをしてたから声をかけたんだろ!」


「だからストップ!! 喧嘩腰にならないで!」


 一触即発な空気を醸し出す二人を静止し、アイヴィは話を進める。


「でもシキくんのいう事はもっともだよ。ギルドには探索や警備専門のメンバーもいるのに、どうして物資担当のあなたがそのメンバーに加わっているの?」


「ん、なんだ知らないのか。妙に街が騒がしくてね。ギルドに寄る冒険者もあからさまに少ないし、手の空いてる人員を集めて協会総出で調べていたんだ」


 街が騒がしいと聞いた二人は、互いを見つめ困惑する。


「何が原因だ?」


「さぁ? なんでも商店街で騒ぎがあったらしいけど、俺も詳しい事は知らないな。商店街は専門のメンバーが行ってるから、俺らはこうして人通りのない場所を調べてるのさ」


「なるほどねぇ。でもどうしてシキくんを通り魔だと思ったの?」


「これは俺の予想だけど、この騒ぎは陽動だと思うんだ。人を中心部に集めて、人の目が無くなったところで標的を襲う! って作戦だと思ったんだけどなぁ」


 予想が外れ落ち込んだ様子で話すギルドの職員に対し、シキも自分の立場を説明する。


「残念ながら私も奴を追う側だ」


「アイヴィちゃんの連れなら嘘じゃなさそうだな」


 ギルドの職員は立ち上がり、乱れていた身なりを整える。


「ここで立ち話してても怒られそうから、俺はそろそろ行くよ。通り魔は冒険者を狙ってるらしいから、お前達も気を付けるんだぞ。じゃあな」


 そういうとギルドの職員は二人を置いて去って行った。


「……なあアイヴィ」


「ん、なぁに?」


「どうして今の奴は、通り魔が冒険者を狙っていると知っていた?」


 シキには、彼の言葉が引っ掛かっていた。

 それは、シキ達が考え出した推理そのものだったからだ。


「んーそれはまぁ、協会なら被害者の情報もリストとかで共有しているだろうし、共通点を探し出したんじゃない?」


「……では、どうして通り魔は外から来た冒険者を知っている?」


「どうしてって……」


「ギルド協会のものなら、装備や風貌でこの街の住人かどうか分かるだろう」


「確かにそうね。それに宿に泊まっているわたしの事ももうみんな知ってるみたい」


 一つずつ、通り魔へ繋がる手がかりを手繰り寄せていく。


「アイヴィ、お前はこの街に来てどれくらいだ?」


「二週間ぐらいかな。通り魔の噂を聞いて、すぐこの街に向かったもん」


「他の被害者はどうだ? 滞在から何日で襲われている?」


 アイヴィはシキに問われ、推理を書き記した地図を広げる。

 手持ちの情報と照らし合わせながら、被害者の名前の横へ数字を入れていった。


「最長は私の十四日、最短は三日。全体的に見てもわたし以外は七日以内に襲われているわ。でもどうしてそれを?」


「通り魔がギルド協会の人物なら、協会へ立ち寄った際に顔を覚えられる。だが三日など、一回立ち寄るかどうかだぞ。どうして奴はそいつが外の冒険者だと分かった?」


 シキは目を見開き、アイヴィの持つ地図を見つめる。そして、通り魔の輪郭を徐々に捉えていく。


「違う、ギルド協会以外にも分かる人物がいるではないか……!」


 ついにたどり着く。

 シキの脳裏には、ある人物が浮かび上がっていた。


「ネオンッッッ!!」


 シキは飛び出す。

 無口で無表情な少女の顔を脳裏に浮かべながら、彼女が向かう目的地を目指して。


「ちょっとシキくん!!」


 慌てて地図を畳むアイヴィなど待ちもせず、奴を、通り魔を目指しシキは商店街を駆け抜けた。

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