第5話 才能と資質

「あなた達の話を信じるならクァール・イドは何者かの指示で殺人を実行していた可能性があり、それがあのピエロだったってわけかしら」

「奴自身がイドを操っていたかは定かじゃない。だが我々はその事件を追っている最中に動画に辿り着いた。挑戦的な意図を感じる。偶然と考える方が不自然だ。ピエロ事件とイドの件には何らかの関連性がある」

「イマイチ論拠には欠けるけれど……出来すぎてはいるわね。このことはまだ他の局員には伏せておきます。まだピエロ事件と関連づけるには曖昧だし、余計な情報で現状起こった事件の本質を見逃す可能性も否定できない。但し、あなた達二人と私はこちらの線でも慎重に捜査を進めます。いいわね」

 一夜明けても動画投稿主、おそらく犯人と推測されるスクッラは見つからなかった。現場は普段パトロールとして港湾監視ロボットが巡回するが不審者の出入りは観測出来なかった。ファットペギーの事件当日、彼の足取りは深夜から早朝にかけてのごみ収集作業を終えた後、朝食のために立ち寄ったハンバーガーショップから出た以降途絶えている。店主の話によればペギーは突然眠ってしまい、しばらくして現れた同僚を名乗る人物に介抱されながら退店している。その人物に対して店主は特に不審な点は感じなかったと話す。ペギーも朦朧としながら従っていたという証言から捜査は彼の職場に及んだ。従業員の中で唯一、動画配信時にアリバイがないとされたカート・ピンターを連行した。

「俺じゃない! あんな恐ろしい真似やれるはずがないでしょ!」

 デル、サガン、レティの三人はカートの取調べを別室から見ていた。レティはカートについて二人に問う。デルは「わからない」と答え、サガンも確証は持てなかったが「動画のピエロとはかけ離れている気がする」と言った。ただカートが連行された日、スックラが犯行を重ねることはなかった。


「スックラ。ラテン語で道化師、まあ特に深い意味はないでしょうけど」

「少し気になったんだがこの街の犯罪者はコスプレが好きなのか」

「奴らの心理はわからないことの方が多い。知らなければならないこともあれば理解する必要のないものもある。踏み込む部分には気をつけろ」

「あの日、あいつは言ったよ。自分と俺は同じだと」

「お前自身はどう思う」

「俺は刑事でお前は異常者だと言ってやった」

「ならそれでいい」

「じゃあサガン、あなたなりにカート・ピンターを取り調べてみて。デルは事件当夜の現場付近を他の捜査員と一緒に洗って頂戴」


 サガンはカート・ピンターがスックラではないと考えていた。それは対面してみてより一層強まる。不安げな表情を浮かべる頼りなさそうな男には狂気が感じられない。

「趣味はあるか」

「何ですか。関係ないでしょ。早く帰してくれ」

「俺はあんたがやってないと思ってる。だがわからないことの方が多い。だから聞いている。趣味はあるか」

「漫画」

「漫画? どんなのが好きなんだ」

「バトル物。こんなこと言うと印象が良くないと思うけど」

「それは関係ない。俺はただあんたについて聞いてる。あんたを信用したい。嘘のない言葉はポイント高だ」

「ガキの頃、楽しみがそれしかなかった。大人になっても抜け出せないままでいる。アニメーション監督になりたかった。漫画の中で戦ってるヒーローやヴィランは俺に想像力をくれた。こいつらが俺の頭の中で動いているように実際に動かせてやりたいと」

「何故そっちの道に進まなかった」

「刑事さん。俺には才能がなかったんだ。技術じゃない。あんなものはそれなりに努力すれば誰だって身につく。でもね、自分の頭の中を他人に見せるってのはそいつの資質が問われる。俺にはそれが足りなかった」

 サガンは俯くカートをじっと見つめた。

「あの日、どこで何をしてた」

「何回も言いました。自宅で眠っていた。それだけなのに、俺が、人殺しだなんて」

「残念だがあんただけが裏付けが取れない。ハンバーガー屋のオヤジは職場の人間がペギーを連れて店を出たと証言している。あんたの顔を見せたら間違いないとも言ったらしい」

「言いがかりだ!」

「ならどうかして証明してくれ。確かに家で寝ていたと」

「出前を頼んでいた。時間は確か夜の九時くらい。配達の男と顔も合わせてる。その時間からはどうやったって港から家まで戻れやしない」

「どの店だ。なぜ今まで黙ってた」

「ここに連れてこられた日に話した! けど嘘つくなの一点張りで聞こうともしなかったのはアンタらじゃないか!」

「店の名前を言え。俺から調べるように言ってやる」

「狗竜庵ってチャイニーズフードのデリバリーサービスだ。頼むよ! 俺はやってないんだ!」

 サガンは取り調べを終えてすぐさまジファー・ギルテートの元へ向かい彼の胸ぐらを掴みあげた。

「どういうつもりだ!」

「なんだ新入り? 俺はお前の上司だぞ」

「ピンターにはアリバイがある。それを分かっていて奴を冤罪で引っ張るつもりだったのか!」

「まだ何も決まっちゃいない。お前こそ奴を信じるのが早すぎる。いいか? 犯罪者は嘘つきだ。平気で罪を犯す。ハッタリなんていくらでも口から出てくる」

「ピンターが言った時刻に確かにデリバリー業者が奴の自宅に配達してる。顔も見たと配達員は証言した。分身か? こんな無駄なことをやってる間にも殺人犯は次の標的を探してるんだ。いい加減にしろ!」

 その日のうちにカート・ピンターは解放された。これで事件は振り出しに戻ると思われた。

「サガン、私だ。今どこにいる」

「帰り道だ。カート・ピンターの」

「どういうつもりだ」

「取り調べてみて分かった」

「何がわかったんだ」

「スックラはピンターだ」

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サスペクツ 川谷パルテノン @pefnk

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