第4話 新たなる個性の発見
バーガーショップの店内モニターでは身体改造の特集ニュースが流れていた。
「最早身体改造は我々にとって身近なものです。後ろめたさを感じる時代は終わった。病気や事故で欠損を余儀なくされた肉体が諦めていた未来に再起を与えるのです。それは精神の安定にも繋がる。生まれ持った姿形だけが全てじゃないんです。これは自らの理想より生まれた新しい個性の発見なんですよ」
ファットペギーはXLサイズの炭酸飲料とチーズバーガーが三つ乗ったトレーを持って席についた。
「ペギー、痩せるんじゃなかったの」
「痩せた。昨日と比べて一キロ以上落ちてる」
「変わらないわ」
「変わらない? それは見た目の話かい」
「手っ取り早い方法のニュースがやってる」
ペギーは振り返った。彼の肉に引き摺られて椅子の脚が床を大きく擦る。
「ああ、
「贅肉の自覚はあるのね」
「大体モディファイに手を染める連中ってのは小心者さ。自分に自信がないんだ。僕は違うね。容姿に誇りを持ってる」
「そう。ならいいんじゃない。今からどうするの」
「帰って寝るさ。ごみ収集の仕事はこの街じゃ激務だからね」
「あなたは運転手でしょ」
「ごみが多すぎる。ストップアンドゴー、これが何度繰り返されるか。ストレスで痩せちまう」
「なら天職ね」
「朝飯に付き合ってくれてありがとう。キミみたいな美人と縁なんて今までなかったんだ。たまにどうしてって考える」
「誇りがあるんでしょ? 身なりで友達は決めないわ」
女性が先に店を出た。ペギーは疲労からか最後のチーズバーガーを食べた直後に眠気に襲われそのまま気を失ってしまう。
男は鏡の前に立った。ぐっと顔を近づけて表情筋をほぐす。指先で白粉を顔に塗った。満遍なく白に染まった顔を眺めながら声も出さずに微笑む。墨のような黒い液体を手で掬いうがいする。口周りが汚らしく黒く染まった。口の中も真っ黒で鏡越しにはまるで地面を深く穿ったような穴に見えた。それを目の周りにも塗る。紐をつけた赤のボールを鼻先にくるように取り付けるとまた顔だけが笑った。
サガンとデルは局の外で合流し、電気街を歩いていた。
「こいつを分析すれば何かに繋がるやもしれん。この先に私の古い知り合いが経営するジャンクパーツ店がある。奴なら何かを見つけられる」
「なるほど、思ってたよりクサい付き合いがあるんだな。見ろよ。この辺の奴らいつでも俺たちを殺せるって目で睨んでる。こんな場所に通う奴がまともな刑事で通ってるなんてとんだ役者だ」
「何がまともかは多勢が決める。決して正解などない。この街で長く暮らす。そうするとこの街でまともと呼ばれるようになる。他所の常識なんてそのうち忘れる。ここだ」
店前のドアをデルが二度叩く。反応はない。サガンは叩き割るかと提案した。もう二度叩く。二人は顔を見合わせ裏口に回った。日暮れの暗い路地には血の匂いが立ち込める。店主のマッド・ファーガソンは虫の標本のように背を向けて裏戸に杭で打ち込まれて絶命していた。
「あんたがここに来るって予想がつく奴は」
「さあな。いるとすれば
「これはなんだ」
「アドレスか」
アクセス先は動画サイトのページに繋がった。投稿主はscurraと記載されている。タイトルには「新たなる個性の発見」と掲げられ、椅子に肥満の男性が括り付けられていた。
「なんだこれは」
画面内に白塗りの道化姿をした何者かが登場し、手前いっぱいまで近づくと息を吹きかけてレンズの曇りを拭き取りニカッと笑った。それから再度画面の外に捌ける。どこからかエンジン音が聞こえてくると肥満の男が縛られた手足をばたつかせた。道化師がチェーンソーを両手に構えて再登場。
「まずいぞデル。こいつは生配信だ。どこでやってる!」
「サガンすぐに応援を呼べ!」
「ダメだ。手がかりがなさすぎる。止せ! クソ野郎! 畜生……」
道化師は男の右肩から先を切り落とした。次に左、右足首の先、左足の指。男は轡をされていたがそれでも悲痛な叫び声を上げた。道化師は一旦手を止めて野球帽を被った。再びチェーンソーを構えるとバットを素振りするような仕草を見せる。そしてまた画面間近まで寄ると眉を吊り上げて笑った。男の右横に立ちチェーンソーを縦に構える。そして首筋を目掛けて振り抜いた。噴水のように血が飛沫いて配信は停止した。
サガンもデルも沈黙した。なす術はなかった。現場がどこなのかはこの瞬間もはっきりしない。電気街に応援が到着するとレティも同伴していた。動画を確認するとすぐ様厳戒態勢がしかれ捜索が開始された。
「何を追っているの」
「イカれた敵だ。この街のどこかにいる」
「普通ならクビよ。けれどそいつはあなた達を標的にしてる。この件が終わるまで私の指揮下に入ってもらいます。次に命令違反が認められた場合、私があなた達を殺すわ。覚えておいてちょうだい」
その日の夜、ファットペギーの遺体が港の貸倉庫内で発見された。
「ろくでもないニュースだ。お姉ちゃん、今朝あいつと店にいただろう?」
「ええ」
「友達か?」
「そうね」
「この街には酷え野郎は腐るほどいる。だがあんたの友達をやった奴は人間じゃねえ」
「塗りつぶされた黒を所有する」
「なんだって?」
「注文いいかしら。彼の分のXLサイダーを」
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