第3話 資料室

 サガンは資料室を訪れた。退職を間近に控えた、もう老境に差し掛かった男が眼鏡をずらしたり整えたりしながらデータボードを弄っている。資料室は簡素なもので一台のデータボードが置かれた窓のない部屋である。この一台に全ての資料データが保管されており、資料課の仕事はそれらのデフラグメンテーションと不正なアクセスが見られないかの確認である。セキュリティの観点から重要な役職であり、膨大な資料を保管する中央局では専任の担当者を就けるのが鉄則であったが、地方局においては蔑ろにされた部署と見られる節もあり配属には懲罰的意味合いも強い。

「前任の担当者は真面目だったようだ。資料課は往々にして街の治安に比例すると云うがそうでもないらしい」

「スワンプゲートに来て三ヶ月、最高の街だ。初日に不動産詐欺にあった」

「お前さんが配属前日にそいつを連れて怒鳴り込んできたのは可笑しかったよ」

「で、何か分かったのか」

「残念ながら昨日の事件について私のアクセス権限はない」

「ならこんなとこ出よう」

「それでどこへ行く。局内ならともかく、外回りには教育係がつくだろう。たしか後任はジファーだったな。蛇みたいな奴だ」

「じゃあどうする。資料整理で一生終えるか」

「落ち着け。バイソン野郎の名前はクァール・イド。四〇件以上の殺人容疑。前職は建築技師だったが五年前に退職。凶器の鉈を分析した結果から言えば私の友人を殺害したのもイドで間違いない」

「権限はないんじゃなかったのか」

「長く生きているといろんな場所にツテが出来る。知りたくないことも見えてくる。スワンプゲートを軽く見ているレティでは私の素性を追いきれはしない。サガン、大事なのはここからだ。このスピーカーについてはまだ局も把握していない。一連の事件はイドの仕業だと認識している。だが私たちはあの日声を聞いた。イドが死んだ後もこいつは喋っていた。そしてまだどこかにいる。いつからかは分からない。だがイドを使って殺人を行なっていた奴がまだどこかにいるんだ。トマスとミレーヌ、私の友人を殺したのが本当は誰なのか。それを突き止めなくてはならない」

 デルの手にはイドの口に縛り付けられたスピーカーが握られていた。昨日、二人と会話した人物に繋がる唯一の手がかりだった。証拠の隠匿は刑事として背任であり重罪である。けれど老刑事に残された時間は少ない。サガンはデルの行いを咎めなかった。

「今日の就業は何時までだ」

「資料課は定時通りのいい仕事さ」

「ジファーには適当に理由をつけておくさ。毎日がカミさんとの記念日だ。若い夫婦にはよくある。あとで落ち合おう」

「サガン」

「なんだよ」

「感謝する」

「いいさ。あんたはいいアパートを紹介してくれた」


 レイシー・スカーレット。元連邦捜査官。一年前にスワンプゲート警察局の刑事部長として就任。彼女はそれが事実上の左遷であることを理解していた。然しながら本部中央局へ戻ることを諦めていない。それには成果が必要だった。地方局でただ部長職をこなすだけでは事足りない。そこで彼女は老刑事の復讐心と若輩の暴走を利用することにした。まだ彼らが何を為そうとしているかは不明であったがレティは直感した。いずれそれは自分の考える利益に繋がると。元連邦捜査官としての嗅覚とでも言おうか彼女もまた刑事であった。

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