第2話 カルミーユ

「あなたはもっと賢い人だと思ってたわ。私の許可もなしに被疑者に接触。それも死亡」

「正当防衛でした」

「あなたは黙ってなさい。私はデル警部補と話しています。いい。あなた達のバディを本日をもって解散します。サガン、あなたには別の教育係をつけるわ。デル、あなたは間も無く定年よね。安心して退職出来るよう捜査からは外れてもらう。資料課への転属を命じます」

「横暴だ」

「三度目はないわよ。黙りなさい。デル、どうして。これまで真面目にやってきたじゃない。あなたほど優秀な刑事はいないわ」

「使いやすい、の言い間違いでは」

「もういいわ。とにかく今のが人事だから二人ともすぐに準備なさい」

 部長室を出た後、サガンは扉の前を殴るフリをした。

「ったく女ってのはどうもヒステリーだ」

「今のは差別発言だぞ。お前さんにも嫁がいるんだろ」

「女刑事に訂正する」

「レティはもともと連邦捜査官だった。まだ中央局セントラルに戻るのを諦めていない。彼女の経歴ならこの街で刑事部長などに収まっているのが不思議なもんだが、まあ組織ってものはそういう悪癖がある」

「で、どうするんだ。これじゃ奴を追えない」

「今は大人しいフリをしろ。しばらくしたら私がレティを説得する」

「のんびりしてる暇なんてアンタにはないだろ。それにあの変態野郎がまた何かしでかすに決まってる」

「いいから言うことを聞け。お前さんがこの街に来たのもその性格の所為だと見受ける。巻き込んだのは私の責任だ。出来ればひとりでやるべきだったと後悔もある」

「なら俺がアンタより先に奴を逮捕する。アンタには奴を殺させない」

「落ち着け小僧。私だって諦めちゃないさ。お前さんとのコンビも解消する気はない。ただ今は待て。時期はすぐ来る」

「ならアンタはまだ俺の上司だ。だがアンタの態度次第じゃ俺にも考えはある」

「そうか。意見を持つのは大事なことだ。今日はもう帰れ。それから奥さんは大事にしろ。また明日連絡する」


 サガンが自宅に戻る頃には〇時を過ぎていた。雨は止んでいたが、スーツは泥だらけである。溜息を吐くと静かにドアを開けた。

「おかえりなさい」

「起きてたのか」

「どうしたのよその格好。手あてしなくちゃ」

「気にするな。どうってことない」

「お願いだから危ない真似しないで」

「刑事だ。多少は仕方ない。それに対した怪我じゃない」

「お願い」

「ターシャ、俺は」

「サガン」

「ああ、そうだな。約束する」


 カルミーユは雨の上がった深夜の街を歩いた。アスファルトから蒸発する臭気が立ち込める。ジャンパーのポケットから取り出した注射器を首筋に打ち込む動作には慣れがあった。視界はメリーゴーランドのように回転し一分足らずで治った。

「星降る夜の向こう側、誇り高き父愛すべき母」

 カルミーユは鼻歌交じりに夜を闊歩する。

「天に召しませ声なきものよ、塗りつぶされた黒を所有する」

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