第34話 さらなる嵐

 数か月が経ち、その間世界はある意味平穏であった。


 円卓崩壊と六部衆負傷の件については関係者に第一級の緘口令かんこうれいが敷かれ、すべての情報が隠蔽された。


 その結果、ヨウジ、イナズマを始めとする神討家の面々及び関係者には、事実上一切のお咎めなしとなった。


 何も起きていないのだから何も変えてはならない。それが統合政府の結論であったし、ブノノク三賢者の意向が背後にあったのはおそらく間違いないのだろう。


 だからリタはまだ州首相を務め、ヒカルの人質もなかった事になり、今日もいつも通りインカと学校に通っている。


 六部衆にはブノノクより最新鋭の円盤艦が贈呈され、早々に新たな円卓として就役した。


 旧円卓はブノノクに返還されたと統合政府が公式に発表し、六部衆は結束をアピールするためか揃って公の場に出る機会が増えている。ただ、コルセアはその素顔を見せなくなった。


 全地球的にはオシリスと傘下団体によると思しきテロが頻発し、政情は混沌としているが、それすらもまた日常と化している。


 そんな中、地球がブノノクの認める特別保存文明に推薦されたという情報が明るい話題として流れ、逆に暗い話題として、グランアーマーの違法使用者が世界各地で急増中だとニュースになっていた。




 ヨウジは屋根の上で晴れ上がった空を見ている。ここしばらく、ブノノクからの接触はない。


 六部衆からも統合政府からも何も言ってこないし、オシリス絡みの事件も身近では起きていなかった。


 良く言えば平和な、しかしその実、退屈極まりない日々である。


「ヒマすぎて死にそうだな」

「え、死ぬの?」


 エレーナが満面の笑みで顔を出し、ヨウジは苦笑した。


「そんな嬉しそうに言うな」

「べ、別に嬉しくなんてないよ」


 エレーナはむくれて顔をそらした。風が吹く。鳥が鳴く。本当に何も起きない。


「世界が本当に平和ならやむを得んと諦めもつくのだろうが、実際のところそうではない事を知っているだけにな、お預けを食らった犬のような気分だ」

「そんなに戦いたいの」


「戦う事は生きる事だ。戦えなければ生きている実感がない。生きている実感が伴わない自由など、牢獄に囚われているのと変わらん。生きていないエレーナには理解し難いかも知れんがな」


「ふうん、そういうもの……」


 言いかけたエレーナが眉を寄せた。


「来るよ」


 ヨウジが跳ね起きると同時に周囲に現れた六つの影。だが六部衆ではない。


「やあ、久しぶり。君と話がしてみたくてね、ちょっと寄ってみた」


 ヨウジの正面、屋根の鬼瓦の上に立つ金髪碧眼の少年。ミラクスである。


「話だと。縁側で茶でも飲みたいのか」

「君との会話はそうではないよね」


 ミラクスはにんまり笑ってこう続けた。


「スパイダー」


 取り囲む影の一人、紫のスーツを着た小柄な男が口から大量の糸を吐き出すと、それはまるで意志でも持つかの如くヨウジの体に絡みついた。糸はたちまち全身をくまなく覆う。


「鋼鉄より強い高分子繊維の糸だよ。人間の力では引きちぎれない」


 そしてスパイダーの隣に立つ女を見た。


「アゲハ」


 黒いスーツを着た女が飛び上がると、背中に羽根が広がった。その名の通り、アゲハ蝶のはねである。


 女はそれを羽ばたかせ、糸に包まれたヨウジに鱗粉りんぷんを浴びせかけた。


「地球では名前すらない、けれど吸い込めば三秒で死に至る猛毒だよ」


 粉砂糖を振られたドーナツのように、ヨウジの体は鮮やかに彩られる。


「ビー、とどめだ」


 黄色いスーツを着た男が右手をヨウジに向ける。てのひらの真ん中に突起物が現れ、噴射音と共に十センチほどの釘のような物が撃ち出された。


 だがそれはヨウジに届く寸前、見えない何かに掴まれたかの如く空中で動きを止める。さらに二度それは撃ち出されたが、同様に動きを止める。


 そして三つの釘はゆっくりと方向を変えると、その先端をミラクスに向け、突如音もなく加速した。しかし緑のスーツを着た男が雷の速度で蹴り飛ばす。


「マンティス、斬れ」


 ミラクスの言葉にオレンジのスーツの男が駆け出した。両手には反りのある刀。


 左右から挟み込むようにヨウジに斬りつけるが、切り裂かれたと見えたのはスパイダーの糸。刹那、その内側から噴き出す烈風。


 糸の塊は四散し、鱗粉は跡形もなく飛び散った。マンティスは風圧に押され後退し、ヨウジはまるで何もなかったかのような顔でそこに立っている。


「こんなものなのか」


 その声のトーンは、期待外れだと主張していた。


 いまヨウジを取り囲む六人は、一人を除いて愕然としている。ただ一人、ミラクスだけは満足げに微笑んでいたが。


「こんなものだよ、いまの段階ではね」

「で。こんなビックリ人間どもを僕に見せてどうしようというのだ」


「できる事なら、君を仲間として迎えたい」

「できん相談だな」


「何故」

「つまらんではないか、この程度の連中と徒党を組んでも」


 それは包み隠さぬ本心である。その場にいた誰にもそれはわかった。しかしミラクスは首を振る。


「いやあ、案外楽しいんじゃないかなあ。何と言っても兄弟だしね」

「兄弟だと」


「そう、この五鬼はみんな超人計画の過程で生み出された、いわば失敗作だ。しかしその技術的な系譜から考えれば、神討イナズマの子供たちと言ってもいい」


 しかしヨウジの表情は動かない。ミラクスは困惑した。


「あれ、驚かないのかな」

「いったい何を驚けと言うのか」


「まったく可愛くないなあ、君は。まあとにかく同じイナズマの子供同士、仲良くできないだろうかと思ってさ」

「自分と同じ顔をした馬鹿と殺しあう仲だ、いまさら興味はないな」


「君が興味を持ちそうな話ももちろんあるのだけどね」

「ほう」


「ホッパー」


 緑のスーツの男が一歩前に出た。その一瞬後、その全身は緑色の装甲に包まれた。


「グランアーマーか」


 それはまさしくグランアーマー、緑色の二足歩行するバッタ人間であった。


「まだホッパーの物しかできていないんだ。オリジナリティのあるデザインは難しいからね。でも間もなくここにいる五鬼全員の分ができ上がる。すなわち超人の肉体にグランアーマーをまとう事になる。そのとき我々は六部衆に匹敵する、あるいは凌駕する力を手に入れるのさ。そうしたら侵攻開始だ」


「どこに侵攻する気だ」


「それはまだ言えない。ただ今回の作戦は、この間のオシリスのように相手の隙を突くものじゃない。いたって正攻法の正面突破だ。大戦争になる。そのとき君はどこを向いて立つのかな」


 ヨウジは答えない。ただ真贋を見極める鑑定士のような眼でミラクスを見つめていた。


「まだ時間はある。よく考えておいてくれないか。それでは」


 と背を向けかけて、ミラクスは立ち止まった。


「ああそうだ、最後に一つ質問があるんだけど」

「何だ」


「君のその能力、グランを使っている訳ではないよね。何か決まった呼び名はあるのかい」


 その問いが気に入ったのか、ヨウジはニッと歯を剥いた。


「ストーム」

「ストームか。いつか調べさせてほしいものだね。では、またいずれ」


 ミラクスと五鬼は音もなく消え去った。


 いつしか上空の青は灰色の向こうに掻き消え、かすかに遠雷が聞こえる。エレーナは心配そうにヨウジの顔をのぞき込んだ。


「どうするの」

「何が」


「あいつらと一緒に戦うの」

「それはまだ何とも言えない」


 ヨウジは遠くを見つめていた。遥か向こうの空には、黒雲が低く長城を築いている。嵐が近い。


「果たして連中がやぶつついたとき、いったい何が飛び出すのか。鬼が出るか蛇が出るか、まずはそれを見極めんとな」


 そしてエレーナを見つめ、他の者には決して見せないであろう笑顔でこう言った。


「ま、明日は明日の嵐が吹くさ」

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ストーム! ストーム! ストーム! 柚緒駆 @yuzuo

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