48.「葵くん、相変わらずロック過ぎますって」


 ――何が、起こってるのでしょう……。


 ……ええとですね、わたくし柳アゲハ、齢十七年の人生の中で、先ほど初めて殿方にお乳を触られてしまいました。……きゃっ。


 ――いえいえッ!? よ、喜んでなんてないですよッ!? 断じてッ!? 決してッ!?


 ……こ、コホン。すみません、いささか取り乱しました……。

 ――そ、その殿方たちはというと……、無表情で口元だけ笑いながら、噴射型花火を振り回している葵君に、追いかけまわされています。……葵くん、相変わらずロック過ぎますって。



「や、柳……、大丈夫か?」


 ……あっ、コトラくん――


「は、はい! 私は大丈夫です、おっぱい触られるくらい、減るもんじゃありませんし……」

「……い、いや、そういう問題じゃねぇだろ、ってか、わ、わりぃ……」


 コトラくん、大好きなコトラくんの顔が、しおしおと、塩をかけられたナメクジのようにしぼんでいます。


「……えっ? なんでコトラくんが謝るんですか?」

「……いや、勢いよく立ち上がったくせに、俺、何にもできなくて、身体、すくんじまって――」


 消え入る様な声のコトラくんは、叱られた子供のようにしょげていました。その顔は今にも泣き出しそうで……、っていうか、よく見るとちょっと泣いています。


「コトラくん……」


 思わず、私の口からその名前がこぼれました。

 慈しむように、愛でるように、

 私はその名をもう一度、噛みしめるようにつぶやきました。


「コトラくん……、コトラくんは――、やっぱり、とっても『強い』んですね……」



「――へっ……?」


 彼の目が、点になりました。聞き間違えたんじゃないかって表情で。「どういうこと?」って、大きな疑問符がコトラくんのお顔に広がっております。


「……自分の、弱い部分を、自分の、恥ずかしいと思っている部分を、人に素直に言えるなんて、それを謝ることなんて……、フツウ、できることではありません。……だから、それができるコトラくんは、とっても、『強い』んだなって――」


 紛れもない、私の本心。

 コトラくんは、私にとって、唯一無二のロックスター。


 『優等生』の仮面をつけている私は、仮面の裏側を見られるのが、とてもとても怖いんです。後ろから胸を触られるよりもイヤなんです。

 みんなに、バカにされるんじゃないかって、軽蔑されるんじゃないかって。

 そう考えたら、『淑女なワタシ』で居る方が、何十倍も楽で――



 ――お前、どんだけロックなんだよ――



 ……でもね、最近あることを知ったんです。

 とっても『おバカ』な私でも、とんでもなく『フシダラ』な私でも、


 ……受け入れてくれる人たちがいるって、そういう場所も、あるんだって――



『……へぇ~、わかってきたじゃねぇか、お嬢様のくせに。……それでこそ、我が分身。天から授かった二つの巨乳も、泣いて喜ぶってもんよ?』

 ……いえ、あなたが私の『ホンネ』だとは、まだ認めたワケじゃないですけどね――



「――ありがとよ」


 ポツンと、私の耳に声が垂れました。……そ、そうだ、私は今コトラくんと話しているのでした。『ホンネ』にいちゃもんを付けているヒマはありません。


「……ちょっと救われたわ……、いやまぁ、実際だせぇのは、変わんねぇし――」


 ハハッと、乾いたようにコトラくんが笑って、

 私もクスッと、釣られるように笑って――


「――って、ノホホンと感傷にひたってる場合じゃねぇって、葵の奴止めないと――、ん? そういやぁ……」


 コトラくんが、キョロキョロと周囲を見始めて、そのジェスチャーに、私もハッと『ある事実』に気づかされます。


「……紅のやつ、どこ行ったんだ?」

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