第十幕 ~ラブ・レボリューション・オンザビーチ~ -夜の部-

46.「最後まで落ちなかったら願いが叶うって、聞いたことありませんか?」


 ――あ~~ッ、ツ・カ・レ・タ……


 アイツら……、バカみたいにはしゃぎやがって、なんで海ってのは、何をするにも疲れるんだよ……。普段は家でひきこもってるだけのアタシ……、紅ホタルにとっちゃ、海水浴のレジャーなんて熱射地獄の修行みたいなもんだ。


 スイカ割りってのを初めてやった。コトラのバカがてんで違う方向にアタシを誘導するもんだから、海際でハデにすっころんだアタシは、鼻と口から思いっきり海水を吸い込むハメになった。もちろんコトラは後でタコ殴りにした。


 アゲハは運動神経が良いくせに泳げないらしく、海の上でもプカプカ浮き輪で浮いているだけだった。波にさらわれて、浮き輪の上から落ちて、奇声を発しながら溺れかけている姿を何度か見かけた、完全に、ポロリしながら。……アゲハはたぶん、頭のネジが三本くらい抜けている。


 アタシ以上に体力のないクジラは、一時間に一回はぶっ倒れて、日陰で涼みながらチューチューとスポーツドリンクを摂取していた。「……僕はね、日光に長時間さらされていると、意識を失ってしまうんだ」とか言っていた。吸血鬼かよ。



 アタシが思っていたよりも、時間はあっという間に間に過ぎて、辺りはすっかり夜――


 ――えっ? ……案外自分も、楽しんでるじゃないかって?

 ……ばっ、バカッ!? そ、そんなこと……。



 ――まぁ、ちょっとは、アルケド――



「――あっ……」


 ポトリと、光のツボミが地面に落ちて、アタシの口から声がこぼれる。


「――ハイッ、紅、アウト~~! ビリッけつだな……、ボーッとしてっから落ちちゃうんだよ、『線香花火』」


 白い歯を見せつけながら、ニカリと笑ったのは『コトラ』で――


「う、うるせぇな……、こんなんにテクニックもクソもないだろ……、たまたま選んだヤツが弱っちかったってだけで――」

「いやいやいやいや、線香花火は思ったより奥が深いんだぜ? こう……、繊細な気持ちで接して、優しく包み込むようにつまんで……、花火ちゃ~ん、君のコト、ずっと見てるよ~、って声かけながら……、――あっ……」


 ポトリと、光のツボミが地面に落ちて、バカみたいに大口を開けたコトラがそのまま固まる。


「……ダメじゃねぇか」


 ヘラッと私が笑うと、コトラが「あれ~~、おっかしーなー」とか、わざとらしい声で頭をボリボリ掻いていて……、ふと隣に目を向けると、アタシとコトラのアホなやり取りなんて、まるで聞こえてないみたいに、真剣なツラで、ジッと光の粒子を見つめているのは、『クジラ』と『アゲハ』。



「……綺麗、ですね――」


 アゲハの口から声が溢れる。波の音に消されてしまいそうなくらい、細い声。

 思わず黙り込んじまったアタシたちは、二つの光の花が遠慮がちに葉を広げる様を、まじまじと、静かに、見つめていた。


「……線香花火、最後まで落ちなかったら願いが叶うって、聞いたことありませんか?」


 静寂を、フンワリ外側から包み込むように。

 小さな口を開いたアゲハの声が、潮風に混ざり合って。


「……えっ?」


 ――虚を突かれたように、マヌケな声を出したのは、『クジラ』。


「――あっ」


 ポトリと光のツボミが地面に落ちゆき、輪になって屈んでいるアタシらのこと照らすのは、一輪の火花だけとなる。


 パチパチパチパチと、静かな破裂音が耳に流れて、小さかった光の玉が次第に膨らんでいく。一瞬の閃光がはじけ飛んで、その煌めきは徐々に大きく、徐々に間隔が短くなっていって、パチパチパチと、目ではとても追いきれないほどの光が、アタシの目の前で炸裂する。


 静寂がアタシ達の間を巡り、はじける火花の音だけが潮風と共に流れた。……なんか、喋ったら殺される、くらいの緊張感がアタシの口を塞いでいて、アタシ達四人は、示し合わせたわけでもないのに、全員でジッと、たった一点、閃光が唄い叫ぶ姿を、ただ見つめていて――



 光の花が、萎れていく。

 細い線となった光の粒子が、みるみるうちにしぼんでいく。


 煌めきを失ったツボミが、

 フッと、何の予兆もなく、

 真っ黒な塊になって――



 ポトリ。



「――お、オオッ……」


 沈黙を破ったのは、『コトラ』。……喉の奥からせり上がってくるみてーな、アホみたいな声を震わせて――、隣りで屈みこんでいる無表情のクジラが、フッと、口元だけを綻ばせる。


「……すごいじゃない、柳さん。線香花火が最後まで落ちなかったの、初めて見たカモ――」


 ふぅーーっ、と大きく息が吐き出された。まるで、何年もの間、呼吸を止めてたみてーに。

 柳アゲハが、ニコッと、屈託なく笑って――


「願い事、叶うと、いいな――」


 女の私でも、思わず見惚れちまうくらいの、柔らかいアゲハの笑顔。


 ……クソッ――


 ――アタシも、そんな顔できるようになれば、クジラのことを――



 心の中で、だっせぇ嫉妬にさいなまれて、

 悪態を噛み潰しているアタシの耳に、『飛び込んできた』のは――


「……ふぇぇぇぇぇぇっ!?」


 頭のネジが五十本くらい取れてる、『爆乳女』の鳴き声で……。



 ――えっ、何が起こった……?

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