44.「予感は悪いほど的中してしまうのが、物語の相場というものらしく」


『……普通よう、ナンパ慣れしてるようなチャラ男だったら、声かけた相手が巨乳ってくらいで、ビビったりしねぇんじゃないか? むしろ手放しで喜ぶダロ』

 ……た、確かに――


『……アイツら、たぶん素人だぜ、よぉ~~く、アイツらの顔、見てみな――』

 ――恋の触手に言われるがまま、私はジー―ッと目を細めて、三人の殿方のお顔を拝見させてもらいました。――とある事実に気づいた私の顔が、思わずハッとなります。


 ……もしかしてこの方たち、体つきはかなりたくましいのだけれど、実はかなりお若いんじゃないかしら、私と同い年くらい……、いえ、下手したら年下かも――

 私に見つめられ、もじもじと恥ずかしそうにしているお三方を見ていたら……、なんだか、私の身体から、緊張感というものが抜け落ちていく感覚があって――


『――今だ、やっちまえ』

 ……えっ?


『……今がチャンスだって言ってんだよ、適当にタンカ切って、アイツらのこと追い返しちまえ』

 ――そ、そんなっ! 紅さんじゃないんだから……、そんなことできませんよ――


『……できるんだよ、それが。お前の中に眠ってるロックの心を、バクハツさせるんだ』

 ……へっ? こ、恋の触手であるアナタに、なんでそんなことがわかるの……?


『あのなぁ……、オレは恋の触手なんかじゃねぇ、お前が勝手にそう呼んでるだけだ』

 ……ええっ! じゃ、じゃあ、アナタハイッタイ――


『オレはな、お前の「ホンネ」だよ……、もう一人のお前……、言ってしまえば、柳アゲハの分身みてぇなモンだ……』

 ――わ、私の、ホンネっ!? く……、口と態度が悪すぎないですか……


『……知らねぇよ、それがお前の本性だってこった……、さぁ、もういいからとっととヤレよ、別に紅ホタルの真似なんかする必要ねぇ、お前なりのやり方で、アイツらビビらせればいいんだよッ――』

 ……私なりの、やり方――



 私の心の中、恋の触手の声が、はたと聴こえなくなりました。

 代わりに――、薄く笑った私の口からこぼれたのは、自分でもびっくりするくらい、

 低く冷たく……、どこか『妖艶』な声で――

 


「――坊やたち……、そんなに私の胸が気になるなら、試しに触ってみる?」



 ――世界と、空気と、お三方の身体が、固まりました。


 何かが乗り移ったみたいに、私の身体が勝手に動きます。スッと、艶めかしく立ち上がり、フッと口元だけで笑って、目はちょっとだけ細めて――


「……真ん中の彼、どうかしら?」


 おもむろに腰を屈めた私が、両腕を使って胸を挟みます。むにゅっと胸が強調され、そのまま挑発するようなポーズで、再びクスッと煽るように笑って――


 ゴクリと、お三方が生唾を呑み込む音が聴こえました。――言わずもがな、その目線は私の胸の谷間にくぎ付けです。……不思議と、恥ずかしさはありませんでした。むしろ、どこか昂るような気持ちさえ、込み上がってきて――


「……お、オイ――、お前触れよ」

「――えっ!? ……お、俺はいいよ……、す、助兵衛! ……そういえば、お前巨乳モノ好きだろ! 名前もスケベだし、お前がやれよ!」

「なっ……、ば、ばらすんじゃねぇよ……、俺は、その、別に――」


 ――なんて滑稽なお姿でしょう。三人の殿方がわちゃわちゃと、私の巨乳を触る権利を譲り合っています。……胸を触る勇気すらないなら、ナンパなんてしなければいいのに――、私の口から、思わずハァッとため息がこぼれました。


「――残念ね……、胸を触るのがお好みでないなら、もっと楽しいコトしましょうか?」


 ――ピタっと会話が止まって、お三方の目線が私の顔に集中します。少しだけ口角を上げた私が、遠慮がちに口を開いて――


「……そろそろ、柔道部主将で黒帯の彼が戻ってくると思うから、一緒にプロレスごっこかなにかで、たっぷりと遊んでくれると思うの――」


 ――サッと、彼らの顔から血の気が引きました。誇張無く青白い顔をしていました。誰が始めるでもなく、お三方はじりじりと私から距離を離し始め――


「……お、覚えてやがれ~~!」


 ――そんな捨て台詞を吐いたかと思うと、すたこらさっさ、逃げてしまいましたとさ。


 めでたし、めでたし……



 ……って、いうか――


「……つ、疲れましたぁぁ~~っ!」



 ――『憑依』が、解けました。


 操り人形の糸がプツンと切れるみたいに、私はその場でへなへなとへたりこんでしまいました。さっきまでのアダルティな表情はどこへやら……、私の瞳にウルウルと涙が溜まり、子供のように顔をくしゃりと潰しております。……あ、もちろん、三人の殿方の姿が、遥か遠くに消えていったことを確認してから、ですけど。


 ――ともあれ、柳アゲハは窮地を脱したのであります。……自分でも、未だに信じられません。私に、あ、あんなハレンチな本性が隠されていたなんて――


 クラスの誰かに見られたら大変です。淑女にあるまじき変態性です。


「……だ、誰もいなくて、良かった――」


 ボソリと、誰に向けるでもなく、独り言をこぼした私の『耳』に――



 ――ざっ……。



 一抹の……、

 いえ、『百抹』くらいの嫌な予感を、プンプン匂わせる、

 足音が、聞こえてきまして――


「……柳?」


 ――得てして、予感は悪いほど的中してしまうのが、物語の相場というものらしく。


「こっ……、コトラくん――」

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