43.「ハイ、情けなく、あうあう言っておりますのは、私です」
「お姉さん、一人? 彼氏に置いてかれちゃったの?」
「……あう、あう」
「俺たち地元でさ、このへん詳しいんだよ」
「……あう、あう」
「――あ! そうだ、海の家の焼きそば、もう食べた? 雑誌に紹介されるくらい美味いんだぜ?」
「……あぅぅ~」
――ハイ、情けなく「あうあう」言っておりますのは、私です。柳アゲハです。あぅぅ~。
……見ての通りですが、私は今大ピンチなのです。ど、どうしましょう……。
――えっ? 全然状況がわからないって? ……ええと、何から説明すれば――
ビーチバレー対決に全力を尽くしすぎた私はですね、コトラくんが立ててくれたミニパラソルの影で休ませてもらっており、さっきまでは彼と一緒でした。
……さっきまではと言うのはですね。葵くんと紅さんが中々戻ってこないものだから、しびれを切らしたコトラくんが、二人を探しにいったんです。「アイツら、迷子にでもなってんのかな? 柳、悪いけど荷物番しててくんねぇ?」と、私に簡単なミッションを託して。
……ハイ、せっかくコトラくんと二人きりになれたというのに、私はゼェゼェと荒い呼吸を繰り返すばかりで、恋の進捗に関して何の成果もあげることができませんでした。なんとか落ち着いた今では、コトラくんは私の元から離れてしまっています。……私の努力はなんだったのでしょうか。こんなことなら、勝負に本気なんか出さず、か弱い乙女をアピールしてコトラくんに優しく守ってもらえばよかった。……いえ、あのまま勝負が続けば、紅さんの殺人スパイクで、私とコトラくんのどちらかは天に召されてしまっていたことでしょう。早期決着に踏み切った私の判断は間違っていなかったハズ――
「――オーイ、お姉さん、なんか言ってよ~」
――ハッ、そうでした。私は今、大ピンチなのでした。
私の眼前……、浅黒い肌、柄々しいサーフパンツを下半身に纏った三人の殿方が、ミニパラソルの下に座り込んでいる私を取り囲んでおります。ハイ、もちろん知らない人たちです。いわゆるナンパってやつでしょうか。
……こ、声をかけられて、浮かれてなんていませんよッ!? ……と、とにかく、淑女たるもの、レイセイナタイオウヲ……
「あ……、あぅぅ~」
――だ、ダメです! 緊張してしまって変な声しか出ませんッ!? これでは淑女の名折れです。……いえ、淑女になりたいわけじゃないのですけど。
……コ、コトラくん……、早く、戻ってきてぇ~~――
「……あれ、よく見ると、このお姉さん……」
――ふと、ヘラヘラと愉しそうに笑っていた三人の殿方の顔に緊張が走ります。お三方は、ゴクリと生唾を呑み込み、示し合わせすように視線を合わせ――
……な、なんなんですか!? もしかして彼らはFBIの隠密部隊で、実は脳内に重要なメモリチップが埋め込まれている私を攫おうとしているのですかっ!? ……えっ? はい、SF小説は好きですけど。
三人の殿方が、同時にコクンとうなづきました。真ん中の彼が、徐に口を開き――
「このお姉さん……、とんでもなくおっぱいが大きいじゃないか!」
――ズッコケそうになったのは『私』で、
初々しく顔を真っ赤に染め上げているのは『お三方』で――
……マ・タ・ソ・レ・デ・ス・カ――
なんなのでしょう……、柳アゲハという一人の女は、胸でしか判別されていないのでしょうか、胸をとったら私は私でなくなってしまうのでしょうか。人知れず心がヘコみ、しかし大きな胸がヘコんでくれるわけでもなく――
『オイ、何か気づかねぇか?』
――ハッ! 性懲りもなく現れましたね! 恋の触手ッ!?
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