35.「あるのは分かってるんだけど、視界には入らないって感じかな」
普段は無表情の葵が、耳元でかんしゃく玉を鳴らされたみてーに、目瞬きを繰り返して――
「……なんで――」
「……いや、まぁお前が柳みたいなタイプに惚れるのはなんとなくわかるけど、なんか、きっかけとかあったのかなーって――、あっ! い、言いたくなければ、別に無理にとは、言わねぇけどよ……」
……やべっ、なんか地雷踏んだ?
一人で勝手に、『焦る』。
俺は、ネクラで神経が細い癖に、基本的にあんまり空気は読めないタイプだ。人に心の中を覗かれるのは嫌なくせに、ドカドカと人の心の中に土足で踏み込んでいることに気づけないタイプだ。
眼前の友人に、俺は自分で思っていたよりも心を開いていたみたいで――、いやだからこそ、考えなしに、割とディープな質問を無遠慮にぶつけちまってた。葵との距離、縮まったと思ってたのは、俺だけだったのかも――
「――たぶん、あの時かなぁ……」
――と、グルグル思い悩んでいたのは俺のことなんて露知らず……、無表情の葵が、ボソッと、昨日の晩御飯を思い出すみてーに言葉をこぼす。……コイツ、言いたくないから黙ってたんじゃなくて、ただ単に『考えこんでた』だけだったのかよ、ったく、相変わらず何を考えてるのかわからねぇっつの――
「……いやホラ、僕って陰薄いじゃない。存在してるのかしてないのか、ギリギリくらいのラインでさ」
「……えっ?」
「そこら辺の石ころと一緒でさ、あるのは分かってるんだけど、視界には入らないって感じかな。ホラ、ドラえもんの道具で、そんな帽子があったじゃない」
「……? なんだよ、ドラえもんって――」
「――えっ、マジでドラえもん知らなかったの……、ま、まぁいいや。 とにかくさ、僕はクラスのみんなにあまり認知されてないと思うんだけどさ……、実は、『わざと』なんだよね。僕はあえて気配を消して、みんなの意識から、消えようとしているんだ」
――はっ……?
マジな顔で、なんでもないような顔で、そんなことを言いやがる葵に――
俺はちょっとだけ、得体の知れない恐怖を覚えた。
……言ってしまえば、『少し引いた』。
「……ワケあって、中学の時にクラスの輪から外されちゃってさ、なんか、無理して友達と喋ったり、無理して仲の良いフリをしたりするの……、疲れちゃって、めんどくさくなっちゃって、だったら、最初から一人でいいやって、高校に入ってからは、誰にも声をかけずに、一人も友達を作らずにひっそり生きようって、そう、決めてたんだ」
普段は口数の少ない葵から、吐き出される言葉が止まらない。はた喧しい都会のド真ん中、淡々とつらねる葵の声が、でもなぜか俺の耳にはしっかりと聞こえてきて――
「――まぁ、ホタルだけは例外だったけど……、基本的に、僕に話しかけてくる奴なんて、いなかったんだ。そりゃそうだよね、存在はしているけど、認知されてないんだもの、自分で、そう仕向けたんだもの。……作戦成功、学校に来て、ホタルに殴られて、そのあと誰とも喋らずに、授業が終わったらまっすぐ帰る。一年の時はね、ひたすらそれを繰り替えしていた。二年になっても、三年になっても、大人になっても、それがずっと続くと思ってる……、いや、思っていた、かな――」
フッと、葵が息を漏らした。
『ココロ』を覚えたロボットみてーに、長い眠りから覚めたお姫様みてーに。
葵クジラの表情筋が、フワッと緩む。
「――二年に上がったある日、授業が終わって、僕は教室に残って一人で掃除をしていた。……何故かよくあるんだよね。同じ班のクラスメートが当番を忘れちゃってて、僕一人だけがやってるっていうシチュエーション。まぁいいやって、いつも通りだなって、掃除用具が入ってるロッカーに手をかけたらさ……、彼女の、柳さんの手が、僕の手に重なったんだ。びっくりした僕が慌てて横を見ると、柳さん、にっこり笑って、『葵くん、いつも、一人でちゃんと掃除して帰ってますよね、偉いですね』って――」
そこで一旦、葵は言葉を切った。
新宿の街は相変わらず喧しい。喧しいのは間違いねーんだけど……
なんか、俺たち二人のいる半径三メートルくらいの空間だけ、切り取られたみてーに、シンッとしている気がして――
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