36.「クラスでめっちゃ目立ってるぞ。むしろ、存在感あるほうだぞ?」
「――えっ、って思った。なんでこの子には、僕が見えているんだろう、僕を認知できているんだろう、って。……柳さん、掃除を手伝ってくれて、その日以来、僕にたまに話しかけるようになったんだ。……『死ぬまで平穏に生きる』、そんなしょうもない人生の目標を掲げる僕にとって、彼女との交流は完全にイレギュラー。……イレギュラーで、不必要なイベントのはずなんだけど……」
葵の言葉が尻すぼんでいく。風船みてーに、しゅるしゅると。
無表情の葵が、普段は何を考えてるのかてんでわからねー葵が……、
堪え切れないってツラで、もっかい、口元を綻ばせた。
「――なんかね、嬉しかったんだよ、彼女に話しかけられるの。彼女との会話が、楽しかったんだよ。……二、三言だけなんだけどさ。ほんの些細な、世間話なんだけどさ、柳さんにとっては、なんでもないことだと、思うんだけどさ――」
――わりぃ……
俺は、心の中で、懺悔する。
一瞬でも、たった数分だったとしても、
眼前の、俺と同じ高校生のこと、
等身大の悩みごとを持つ、純情な友達のことを――、
得体の知れない『サイコパス野郎』って、思っちまった。
……まぁ、変わってる奴って認識に、変わりはねぇが――
「――結局さ、僕、一人で平気って顔してるけど、たぶん、ただの強がりなんだよ。一人で平気っていうか、身を縮こませて、平気な『フリ』をしてるだけ……、なんだよね。……だから、嬉しかった、柳さんが話しかけてくれるのも、ホタルが僕のことを好きって言ってくれたのも、雷が海に行こうって誘ってくれたのも――」
「――葵」
葵の言葉を遮ったのは、言うまでもなく『俺』。雑踏に目を向けていた葵がフッとこっちを向いて、俺たちの視線が数分振りに交錯した。……葵は、ちょっと構えたような、驚いたような顔してる。……たぶん、俺は今、引いちゃうくらいマジな顔してるんだと思う。
「――明日、俺は自分の気持ちにケリを着ける。次の日の月曜、宣言通り、その時の気持ちをみんなにぶつける。……だから、お前にもそうして欲しいし、アイツらにもそうしてもらうつもりだ」
「……う、うん――」
――急に、マジなトーン。……そりゃ、そんな顔になるわな。
ただコレは、どうしても、言っておきてぇんだ――
「でもよ――」
ふぅっと息を吐いて、ニヤッと、口角を上げて。
「……でも、どんな結果になろうが、誰と誰がくっつこうが――、葵、お前とは、ずっと友達といてぇわ。軽音部の奴ら以外で、そう思えたのはお前が初めてだ、……ダメか?」
「――えっ?」
――キョトンとしたツラ、俺は吹き出すのをこらえるのに必死だ。
……何を考えてるのかわかんねー、なんて、『とんでもない勘違い』。
……コイツ、めっちゃ素直でわかりやすいわ――
「……もちろん、いいよ。雷はバカだけど、良い奴だしね」
釣られるように笑った葵の顔は、心底嬉しそうで、声変わり前の小学生みたいに、純粋無垢で――
……紅は、葵のこういうとこ、好きになったのかな――
一抹の疑念がフッと沸き出て、でもすぐに、俺は頭の中から追い出した。
「――あとさ、お前、一つ勘違いしてるぞ?」
俺たち二人の周りを囲っていた透明なヴェール、約三メートルくらいの静寂の半円形空間は、いつのまにか消えていた。新宿の街は、やっぱりガヤガヤと相変わらず喧しく、「えっ?」と漏らした葵の声が、喧騒の中に混ざり合って――
「……お前、クラスでめっちゃ目立ってるぞ。むしろ、存在感あるほうだぞ?」
「…………へっ?」
――マジで、なんの誇張も無く、葵の目が点になった。
「……いや、考えてもみろよ、毎日、あの紅に殴られたり蹴飛ばされたりしてるんだぜ? 俺は紅に惚れてるから、よりお前らのコト見てたけど……、毎朝、あんな派手に痴話げんかされちゃ、シカトする方がムズいだろ」
「…………そうなの?」
「……うん、たぶんクラスの奴ら、お前の存在感が薄いから話しかけなかったんじゃなくて、『紅に絡まれている得体のしれない奴』って認識だったから、話しかけなかったんじゃねーの?」
「…………なる、ほど」
消え入りそうな声が、灰色のコンクリにポツンと落ちる。
無理やり口角を引き上げた葵が、何かを忘れるみたいに、何かをごまかすみたいに、ハハッと乾いた声で笑った。……いや、ドンマイだわ。
――それにしても……
壊れかけた葵をとりあえずほっぽいて、俺は一人空を仰ぎ見ていた。
孤独な葵に一筋の光を与えた。とある一人の『女子高生』。
俺の頭の中に浮かんできたのは、
優等生の仮面をかぶった、ロック大好き爆乳娘の顔で――
――いつか絶対に、振り向かせてみせます。アナタのこと……、だ、だから――
――覚悟、していてくださいね――
……うーん、こりゃ……、
ジー・ザス……、って、やつだわな――
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