ラブコメ・オセロの後半戦

第七幕 ~♂×♂~

34.「ホラッ、ウンポコッ、ウンポコッ」


 ……アイツら、実際のところ、どう思ってんだろうなー。


 急に「海行こうぜ」とか言い出して、実は引いたりしてねぇかな……、いや、紅は絶対引いてたんだけど。


 柳と葵は、行ってみたいと言ってくれた。……その言葉は、ウソじゃないと思う。

 ……ウソじゃ、ねぇよな……?



「――ハイ、買ってきたよ……、何ボーっとしてるのさ?」

「――あっ、お、おう……、サンキュ」


 俺――、雷コトラの眼前、ニヤッと、口元だけ笑ってる葵が差し出してきたのは缶コーヒー、俺の隣、錆びついたガードレールに腰をかけた葵は、ペットボトルのお茶のフタをゆっくりと開けた。



 ――プシュッ



 プルタブが開け放たれる音が小気味良く、冷たい甘味がゴクリと喉を流れて、火照った身体を内側から冷やしてくれる。


 七月六日の土曜日、俺と葵は、明日の大勝負のために装備を整えるべく、新宿を訪れていた。バカみてぇな人込みに辟易しながら、適当に選んだ無難なデザインのサーフパンツをゲットして、とりあえずどっかで休もうかと、でも休日の大都会のチェーンカフェなんておいそれと入れるわけもなく、雑踏流れるガードレールに腰を落ちつけたってワケ。

 ぬぼーっと道行く人々を眺めながら、ボソッと声を漏らしたのは『葵』で――


「……新宿って、こんなに人がいっぱいいるんだね。どこから沸いてくるんだろう」

「いや、家ダロ……、葵は、新宿来たことねぇの?」

「ない……、わけじゃないと思うけど、記憶にはないから、ほとんどないに等しいね。人込みキライだし、家からあんまり出ないから」

「そ、そうか……、なんかわりぃな、付き合わせちゃって」

「えっ? ……あ、いや、チャットでも言ったけど、むしろ助かったよ。僕一人じゃ、どこで何を買ったらいいのか、見当もつかないから」

「……いや、買うのは水着一択ダロ……」


 呆れたように俺がツッコミをかますと、ちょっとだけ逡巡した葵が、「そっか」とこぼしてハハッと笑う。

 釣られるように笑った俺は、会話の流れで思わず聞いちまって――


「……海、ホントに良かったのか?」

「……えっ?」

「い、いや……、実は行くのヤだったとか、そんな感じだったら、わりぃなって」



 ごまかすように頭を掻いたのは『俺』で――、葵はというと、キョトンとした顔でこっちを見ていた。


「……雷ってさ、実は結構、繊細でしょ?」

「――えっ……」


 そんなコトを言いやがるもんで、俺の笑顔が一瞬ひきつったように固まる。

 無表情の葵が、全てを見透かしたようなツラで、フッと息を漏らして――


「明るくて、ひょうひょうとしたお調子者って感じするけどさ……、っていうか実際僕もそう思ってたけど、なんかこうやって話してみると、実は裏では、めちゃくちゃ人に気を遣ってるんじゃないかなって、そう思う時、あるんだ」


 葵の声は、女子アナが殺人事件のニュースをツラツラ読み上げるみたいに淡々としていた。


 相変わらず固まってるのは『俺』で――

 でも何を言っていいのかがわからない。一人で勝手に焦って、適当な返しが思いつかない。



 仮面の裏側……、見透かされてるじゃねぇか――



 ざわざわと、がやがやと、新宿の街はやっぱりはた喧しい。

 ハッとなった俺は、電池を入れ替えたオモチャみてーに、慌ててアホ面を晒して――


「――そ、そんなことねぇって、俺は正真正銘のただのバカだからさっ、ホラッ、ウンポコッ、ウンポコッ」

「……無理しなくていいよ、面白くないし」


 即興のうんぽこダンスを葵が冷めた目つきで眺める。文字通りバカらしくなってきた俺は、秒で止めた。


「葵、お前の方こそ、話す前とイメージ違ったぜ。俺、お前のこと、暗くて陰気で弱気なやつって思ってたんだよ、勝手に」


 雑踏をボーッと眺めながら、二人の視線は交わることなく、俺たちの会話が進む。


「でもよ、こうしてちゃんと話してみると、お前面白いし、無表情でちょっと人付き合い悪いってだけで――」

 俺の言葉を遮るように、自嘲気味に笑ったのは『葵』で――


「……そんなことないよ。雷のイメージ通り、僕は暗くて陰気で弱気だよ」

「……いやいや、意外とハッキリもの言うじゃねぇか。肝、座ってるっつーか。自分ってもんをちゃんと持ってんだなーって、思ってたよりカッケー奴だなって、そう思ったよ、俺は」


 雑踏を眺めている葵がポリポリと頬を掻いて――、珍しく、ちょっとだけ照れたように、口元を綻ばせる。


「……そう、かな」

「そうだよ、ってか、俺が言うんだから、そうなんだよ」

「……雷ってバカだけど、たまに良いやつだよね」

「……それ、誉めてんてんのか、けなしてんのか、どっちだ」

「もちろん、良い意味だよ」

「……ったく、そーいうトコだっつの――」


 乾いたように息を吐き出したのは俺、無邪気に笑うのは葵。

 一週間前は、考えもしなかったな。何を考えてやがるのかてんでわからねー、話したこともねー、しかも紅が惚れてる相手……、俺にとっては『恋敵』である葵と、こうやって冗談言いあうなんてさ。



 ……っていうか、そういやぁ――



「――葵ってさ、なんで柳のコト、好きなの?」

「――えっ?」


 ふいに頭をよぎった疑問、俺は裸のまんま、葵に向かって山なりに放り投げた。

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