31.「良い意味でバカって言ったんだよ」
「――スマンッ!」
再び時計の針が動いたかと思うと、アタシは人生で二度目、雷コトラに土下座を決め込まれる。……どいつもこいつも頭がぶっとびすぎてて、アタシはついていくのに必死だ。
「……俺と柳がお前らの後をつけたのは事実だ……、結局何にも聞こえなかったけどよ……、で、でもよ、でもそれって――」
クワッと、地面に額をこすりつけていたコトラが顔を上げた。その両目はギラギラと妖怪みてーに充血していて、どこか切羽詰まったような気迫に私の身体が思わずたじろぐ。
「……それって、俺も柳も……、そんなだせぇ真似しちまうくらい……、お前ら二人のことが気になってるってことなんだよ、お前らが何の話をしているのか、知りたかったんだよ……」
震える声が、寂れた空間に響く。……いや、何の言い訳にもなってない発言なんだけど……、なんか、その声があまりにもマジすぎて、アタシは思わず、ゴクリと生唾を呑み込んだ。
「――だから、だからさ……」
スッと立ち上がって、パンパンと制服のズボンの泥を払って、
「今度の日曜日、俺たち四人で、海に遊びに行かねぇか?」
――トンデモ発言が鉄クギとなり、アタシの耳に打ち付けられる。
「…………はっ?」
「…………えっ?」
「…………へっ?」
異口同音のマヌケな声が、ものの見事にシンクロした。
眉を八の字に曲げながら、口角を吊り上げている『アタシ』と――
頬をかいていた手を思わず止めて、ポカンと口を開け放っている『クジラ』と――
未だに顔から煙を出しながら、天を仰ぎ見ている『アゲハ』と――
「――り、理由はッ! あるッ!」
――アタシら三人の無言の圧力にいたたまれなくなったのか、雷コトラが若干恥ずかしそうにしながら、でもそれをごまかすようにバカでかい声をあげた。ビシッと、誰に向けるでもなく人差し指を突き出しながら――
「……みんなも、気づいているはずだ、俺たち四人――、たぶんそれぞれ、誰かが誰かに『片思い』している。しかも、自分のことを好きなヤツがいるって知って、わけわかんなくなってる。……俺たち、恋愛の大渋滞を起こしてやがるんだ……、違うか?」
――えっ、そうなの……?
アホ面を晒しているのはアタシ『だけ』で……、コトラの発言に『クジラ』と『アゲハ』がビクッと肩を震わせたのを、アタシは見逃さなかった。
――あれっ、気づいてなかったのって、アタシ一人?
……って待てよ。クジラはたぶんアゲハにぞっこんで、アゲハはさっきコトラに告ったとか口走ってて、アタシはクジラのコトが好きで、ってことは――
「……えっ――」
――コトラって、ほ、ホントにアタシに惚れてんのかよっ!?
体温の上昇を生々しく感じる。火照った身体で目の前がクルクル回りやがる。
フワフワと、地に足をついている感覚がてんで感じられなくて――、でもそんなアタシにみんなは気づいちゃいなかった。みんな、どこかふわついたように……、たぶんアタシと同じように、自分の感情を整理するのに必死で――
「だからよ……、『シロクロ』ハッキリさせたいんだよ――」
コトラの声に、ハッとなる。意識が、寂れた校舎裏に引き戻される。
三人の視線が再びコトラの元に集結され、コトラは、引いちゃうくらいマジな顔をしていた。……マジな顔で、恥ずかし気もないことを平気で言えちゃうのは、コイツの特殊能力だわな――
「……四人で海に行って、全員、自分の気持ちにケリつけて、次の日の月曜日の放課後……、一斉に、自分な想いを相手に『告白』すんだよ……、言われた方も、全力で返事をする。玉砕しようが、成就しようが、恨みっこナシ――、ど、どうだ?」
シンッ――
静寂が、アタシたちの間を流れる。
……そりゃそうだ、こんな突拍子もない『提案』、即答できる奴がいるワケがない。
第一、アタシらの恋愛がこじれているとしたら、そんな四人で海なんか行ったところで、そりゃカオスな空間にしかならないワケで――
「――あのさ……」
ポーンと小石を放るように、声を上げたのはクジラだった。
「……なんで、海なの?」
「……えっ?」
――確信からずれた、遠回りな回答。
……でも、実はアタシも同じ疑問を抱いていたのも事実で――
「……いや、高校生といえば青春だし、青春と言えば海だろ? ……意味なんて、ねぇよ」
キョトンとしたツラを晒しているコトラは、『バカ』そのものだった。
「……雷ってさ、良い奴だけど、たまにバカだよね」
「――なッ!? なんだよそれ……、急にディスってんじゃねぇよ!」
「ディスってないよ、良い意味でバカって言ったんだよ」
「い、良い意味か……、まぁ、それならいいか――」
――訂正するわ、ただのバカじゃない、コイツは『大バカ』だ。
「――わ、私は賛成デス!」
――急に大声をあげるは、いつの間にかバグが修復されていた『アゲハ』で――、
はっ? 正気か、この女――
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