32.「この女、簡単にバグりすぎだろ」


「……あ、あの……、じ、実は私――」


 もじもじと、イラつくように身体をくねらせ、ごもごもと、イラつくように声をどもらせ――


「……と、友達と、休日に遊びにでかけたことがないので、その……、単純に、行ってみたいなって、みんなで、海……」


 ……なんだそりゃ?

 予想の斜め八十五度くらい上を行く珍回答に、アタシは開いた口がふさがらない。


「――僕も、ないんだよね、友達と海に行ったこと」


 こぼれそうなアゲハの声を拾ったのは、クジラ。

 ポリポリと頬を掻きながら、クスッと、いたずらを思いついたように笑って――


「……自分の気持ちに整理がつけられるかはわかんないけど……、みんなと海には、ちょっと行ってみたいかも」


 そんなことを、言いやがった。



 ……オイ。

 ……オイオイ、マジかよ、コレ――


 ――『行く』流れに、なってんじゃねーか……。



「もちろんないでしょ、ホタルも、友達と海に行ったこと」


 ニヤッと、意地の悪い笑顔を浮かべながら、クジラがアタシのことを見るもんだから――


「……はっ、はぁっ!? 決めつけんじゃねぇよ!? 殺すぞっ!」


 ――売り言葉に買い言葉、あたしは脊髄反射で暴言を投げ返す。


「……えっ、じゃあ、あるの?」

「い、いや……、ねーけどよ……」


 しおしおと、アタシの声が萎れていって――、アタシはクジラの掌の上で踊らされていたことに、ようやく気付く。


「……じゃ、決まりだね」


 再びニヤリと口角を上げたクジラは、『らしくもなく』なんだか愉しそうだ。……ま、マテ、アタシは行くなんて一言も――


 口を開きかけた、その瞬間――



「いよぉぉぉぉぉぉしっ!」


 ――『バカ』による『バカでかい声』に、アタシの肩がビクッと震えた。


「満場一致だな! ……実はさ、俺も一年のときはバンド漬けでさ、あんまり夏っぽいことできなかったんだわ……、なんか、フツーに楽しみになってきたな!」


 ……い、いや、満場一致じゃないって、勝手に話を進めんな。


「……はいっ! とても、楽しみ……、あ、どうしましょう。私、学校指定の水着しか持ってないんです……」


 ――知らねーよ! スクール水着で来やがれ! クソビッチ!


「……いや、土曜に買えばいいじゃん。そういえば柳って結構胸でかいよな、そういう意味でも楽しみだわ」

「……ふぇぇぇぇぇぇっ!? こ、こ、こ、コトラくんキュウニナニヲイイダスノデスカアアアアパピコ」


 ――アンタも何言ってんだよ!? この女簡単にバグりすぎだろっ!?


「……雷、この世には、言っていいコトと、悪いコトがあると思うよ」

「……? えっ、今のダメだったの?」

「ダメでしょ、ココにはホタルもいるんだし……、かわいそうだよ」


 ――言うなり、チラッとこっちを見たクジラの視線の先は、

 およそ『まっ平』な、アタシの上半身で――



 ブチッ――



 混乱に憤怒が交わり、台風の渦中に大地震が起こる。



 わけがわかんなくなったアタシは、とりあえず――

 『キレる』ことにした。



「……もう、どうにでもなりやがれぇぇぇぇっ!」



 ――ばっこーんっ。



  アタシの右ストレートパンチがクジラの顔面に炸裂し、

  晴天の青空を一人の男子高校生が舞う。

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