30.「柳さん、全部、言っちゃってるよ」


 怒りのマグマが心の奥底で煮えたぎっており、

 だけど頭はびっくりするほど冷静だった。


 北極の地面の上で、たき火を焚いているような、そんな感じ。……いや、北極なんて行ったこともねーけど。


 アタシ……、紅ホタルがスッと眼を細めて睨むと、ソイツらがびくっと、捕食される寸前の草食動物みたいに身体を震わせる。……ちなみにクジラはアタシのちょっと後ろ、我関せずってツラで、ぬぼーっと空なんか眺めてやがる。


「……アンタらまさか……、アタシ達のやりとり、聞き耳立ててたんじゃねーだろうな?」


 ワックスでゴリゴリに固められた金髪がしぼんで、

 雷コトラの額にタラリと汗が垂れる。


 アゲハの目はきょろきょろとカメレオンみてーにせわしなく、行き処を失った視線は、たぶんもうどこも見ちゃいない。


 ――あまりにも挙動不審なコイツラの態度、そして、すぐに答えないという『事実』。――アタシは、さきほどの質問が『YES』であろう仮説に、限りなく黒に近いグレーで『確信』を持っていた。


「――どこまで、聞いてやがった……」


 低く深く、地面が鳴り響くような声が、アタシの喉から漏れ出る。

 新緑の木々がザワザワと不気味にさざめき、カンカン照りの太陽が灰色の雲で覆われた。心の奥底で煮えたぎっていたマグマは噴火寸前で、アタシはボキボキの拳を鳴らしながら、ニヤッと口角を限界まで吊り上げた。


「……返答次第では、アンタら二人とも、生きて返すワケには、いかな――」

「――ち、違うッ!!」


 ガバッと、ちょっとだけ裏返ったマヌケな声が私の言葉をかき消し――、声をあげた張本人、『雷コトラ』の元へ、その場にいる全員の視線が注がれる。


 アタシは今にも噴火しそうな怒りのマグマを抑えるのに必死で、低俗なデバガメ行為を行った二人の罪人への制裁を、一呼吸の間だけ待ってやることにして――


「……お、俺たちはココで、……ろ、ロックの話をしていただけだ! お前らのことを覗き見ていたワケじゃない! ……な、なぁそうだろ、柳!?」


 声を詰まらせながら早口でまくし立てるコトラが、助けを求めるようにアゲハの顔を見る。あさっての方向に蹴り飛ばされたサッカーボールを追いかけるように、アゲハの肩がビクッと跳ね上がって、プスプスと、その顔面から煙が立ち昇り始め――



「……は、ハイィィッ!! わ、私は決して……、教室でたまたま紅さんが葵くんのことをどこかに連れて行こうとしているのに気づいてどうしようかなとも思ったんですけど思わずえいやと後を追ってしまってこの木の裏から二人の会話をこっそり聞こうとしたんですけど遠くて二人が何を喋ってるかなんて全然わからなくてヤキモキしているところにコトラくんがやってきて心臓が跳ねあがりそうになってコトラくんと話をしている内に思わずコトラくんに好きだと告白してしまってもうどうにも後に引けなくなってしまったので振り向かせて見せるなんてとんでもないタンカを切ってしまって明日からダイエットしなきゃとか考えていて――」


 ――そこまで言って、一呼吸。言葉の弾丸が、一瞬だけリロードされる。

 

「邪な気持ちなど、これっぽっちもありませんっ!!」



 世界が、止まった。



 ――のは気のせいだったらしく、

 一時停止したアタシらに対して、三文芝居の続きを撮るべくカチンコを鳴らしたのは『クジラ』で――


「……柳さん、全部、言っちゃってるよ……」

「――えっ……? あっ……、あああああああああッッ!!」



 ――ボシュッ



 ゆでだこみてーに真っ赤な柳の顔から大量の煙が噴射され、

 壊れたオモチャみてーに、パクパクと口を開閉させていた。


「……ア、ゼンブ、ウソデスノデ、ワスレテクダサイ――」 



 ――いや、そりゃ無理だろ……


 たぶん、その場にいる全員が、同じことを思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る