29.「覚悟、していてくださいね」
――聞いた。直球に、なんでもないように、世間話でも振る様に。
――固まった。刻が、世界が、柳が、……彼女の、表情筋が。
……ひきつる笑顔のままフリーズしてしまった柳を眺めながら、俺はポカンと口を開けている。頭上を舞うクエスチョンマークがラインダンスを踊って止まらない。
……えっ、『なんでだ?』。俺、そんなにおかしいこと、聞いたつもりは――
(なっ、なっ、なっ、なっ……、ナゼソノヨウナコトヲ、オシリニナリタイノデショウカ?)
――『留守番電話サービスかよ』……、ってくらい、震える柳の声はまっ平に抑揚がなかった。首を斜め四十五度に傾けている俺が、ポリポリと頬を掻きながら言葉を紡ぐ。
(なんで……、いや、実は俺の友達に柳のことを好きな奴がいてさ、ちょっと、ソイツのためにも、知りたくて)
(……あああああああ、そういう、そういう……、ことですね。ナルホド、ナルホド、デスネ、アハハ……)
まっ平に抑揚がなかった柳の声が、露骨にトーンダウンしていった。アンドロイドロボットみたいに、カタカタと笑い始めた。……なんか、変なボタンでも押しちゃったんかな。
(……どうしても、知りたいですか?)
……なるほど、乙女の秘密はトップシークレットってやつか。……でもまぁ、葵のためにも、……ひいては俺のタメにも、ここを食い下がるワケにはいかねぇ。
(……ああ、どうしても、知りてぇ。教えてくれたら、ガリガリ君百本おごってやるから)
(……わかり、ました。……あ、いえ、ガリガリ君は遠慮しておきます)
ハァッと、何かを決意するように柳が息を吐いた。その目を地面にスッと落として――
……乙女の秘密の鍵、解錠されたか? ロックだけに、ロック魂が伝わったのかな。……って、言ってる場合か。
(……では、教えます。わ、私の好きな人は……)
――そこまで言って、ピタっと柳の声が止まる。……なんだよ、焦らしやがって、『告白』かっつーの。減るもんじゃねぇんだし、好きな奴くらいパッパと教えてくれりゃあいいのに。
(……わ、私の好きな人は――)
――リピート。柳が全く同じ台詞を繰り返し、
その顔がスッと上がったかと思うと……、
あまりにも力強いその目力に、
吸い込まれそうな黒い瞳に、
俺は思わず、息を呑んじまって――
「私の好きな人は……、コトラくん、ですよ――」
世界が、止まった。
――のは気のせいで……、
あんぐりと大口を開けている俺、雷コトラ、十七才は――
人生で初めて、女子に告られた、らしい。
「――はぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
……思わずすっとんきょうな声をあげたのは、言うまでもなく『俺』で――
重い石でフタをするように、
古ぼけたタンスに鍵をかけるように、
――柳アゲハが、その白い両掌で、おもむろに俺の口を塞ぐ。
「――返事は、要りません」
そして、芯の通った声で、そんなことを言いやがる。
「コトラくんが紅さんのことを好きだって、知ってます。私が入るスキが一ミリもないことも、わかってます……、でも――」
ジッと俺のことを見つめながら、そんなことを言いやがる。
「――でも、いつか絶対に、振り向かせてみせます。アナタのこと……、だ、だから――」
泣き出しそうな声で、弱っちく震えた声で、
――でも、ハッキリと輪郭を持った声で、
「……覚悟、していてくださいね」
――そんなことを、言いやがった。
――柳、お前……、どんだけ、『ロック』なんだよ――
おもむろに、ゆっくりと、俺は柳の白くて細っちい腕を掴み、スッと下に降ろした。
ニヤッと笑って、少年ジャンプの主人公みたいに、ちょっとだけ鼻をこすって――
「――へっ、望むところだぜ……、やってみやがれっ」
冗談を冗談で返すようなトーンで、ポーンと言葉を返す。
キョトンと、豆鉄砲くらった鳩みてーな顔してるのは『柳』で――
「……ふふっ、やっぱりコトラくんは、コトラくんなんですね――」
わかるような、わからんような、微妙な発言をしたかと思うと、
毒気が抜かれちまったみたいに、柳アゲハが、ヘラッと屈託なく笑った。
……ちょっとだけ、可愛いと思っちまったじゃねーか……。
ほだされた俺も、思わず釣られたように笑って――
「――アンタら、こんなところで何やってんだよ?」
俺たちは、『死神の足音』が近づいていることに、てんで気づいていなかった。
「く、紅――」
――ジー・ザス……。
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