28.「なんで、ありがとうなんだよ?」
――『不意打ち』。予想の斜め八十五度くらい上を行く、柳の『暴露』。
(去年の学園祭……、コ、コトラくんのライブを観て以来、ロックにハマッてしまって……、家ではずっとロック音楽ばかり聴いていて……、そ、その、コトラくんのライブ、また観たいなって、オモイマシテ――)
開いた口が、塞がらねぇ。……なんて、漫画の世界だけじゃなかったんだな。
――ジー・ザス……。
俺のライブを観て、ロックを好きになってくれた奴がいたなんて――
(……マジかよ、なんだ、早く言ってくれりゃあ、毎回誘ったのによ)
(で、でも……、私みたいに、真面目が服を着て歩いているみたいな女子高生が、ロックを好きなんて、やっぱりおかしいと思いまして……)
――はぁっ? ……何言ってるんだ、コイツ。
(……いや、誰が何を好きになろうと、自由だろ)
(……えっ?)
相変わらず柳は小動物みたいに瞬きを繰り返していて、眼前の俺は、宇宙人を見るみたいな目つきで柳を見下ろしていて――
(……ロックが好きなら、堂々と言えばいいじゃねぇか。別に、不良が萌えアニメ観たっていいんだし、優等生がヘドバンしてても警察には捕まらねぇよ。……むしろ、そうやって自分の『好き』を隠すことで、色んなチャンス失ってんだぞ? お前。……現に、俺は知らなかったから、お前のことライブに誘わなかったワケだし……)
……あ~、なんか偉そうなこと言っちゃってんなー……、と、心の中では思いつつも、別段、嘘偽り虚偽誇大を宣っているつもりは毛頭ない。柳が、自分をひた隠しにしてまで真面目な良い子を演じる理由が、心底わからない。
……あ、でも、同じなのかもな。
ネクラがバレたくねー俺が、必死で『ネアカ』の仮面をかぶるのも、
優等生に見られている柳が、『優等生』の仮面を剥がせなくなっちまってるのも。
どっちもどっち、皆、他人の目ばっか気にしてる。
都合の良い自分を演じてて、気づいた時にはがんじがらめで、
元の自分に戻れなくなってる。
……腐った仮面の裏側にあるのは、どうしようもない自意識だけ、か……、
クソっ――
チラッと、遠くの葵と紅に目を向ける。……そういえば、紅も葵も、『周りに流される』タイプじゃねぇよな。基本的に一人でいるし、しかもそれが『平気』ってツラして――
やり切れない焦燥感が、一人置いて行かれたような寂しさが、同時にぬるっと全身を巡って、目の奥が引っ張られたみてぇに、俺の視界がきゅうっと狭くなる。
……え、何、俺……、何、泣きそうになってんの? ……マジで、ださすぎる――
何かをごまかす様に、天を仰ぎ見て――
(……コトラくん、ありがとう)
ヒソヒソと、遠慮がちに響いたその声が、俺の襟首をぐいっと掴んだ。
――えっ……?
パチパチパチと、小動物みてぇに瞬きを繰り返しているのは、今度は『俺』で――
(……なんで、なんで「ありがとう」なんだよ?)
――糸がほつれたように、顔をくしゃっと潰して笑っているのは、『柳』だった。
(……私を、肯定してくれたから。自由でいいんだって、「教えてくれた」から……、だから、ありがとう、です――)
……なんだ、それ。
……俺別に、そんなたいそうなこと、言ったつもりは――
シンプルに、困惑していた。
目の前の柳が、「命を救われました」ってくらい、大袈裟な笑顔を見せていて――
(――い、いや……、俺、そんな、お礼言われるような人間じゃねぇから、ヤメテクレヨ……)
(……いいえ、コトラくんは凄い人です。私という一人の人間の心を変えた、立派なロックスターです。胸を、張ってください……)
ちょっとだけ照れたように、でもハッキリとした輪郭のある声で――
柳は、聞く人によっては笑っちゃうようなこっぱずかしい台詞を、でも堂々と俺に伝えてくれた。
……伝えられた俺はというと、どうしていいかもわからず、あさっての方向に目をやりながら、「どういたしまして」と消え入る声で返すのが精いっぱいで――
自分の演奏が人にの心に響いたという、シンプルな『嬉しさ』と……、
ロックな『振り』、仮面の裏側に潜むネクラな自分を隠しているという『罪悪感』と……、
プラスとマイナスの感情が、頭の中でとんちんかんな化学反応を起こす。くっつかない磁石みてーに、俺は自分自身の気持ちを整理することができない。
……柳、意外とおもしれ―奴なのかもな。……葵が惚れた理由、ちょっとだけわかった気がするぜ――
眼前で笑う優等生、仮面の裏側がチラリと見えて、俺は彼女への見方を改めることにした。
……そういやぁ――
葵は柳に惚れてるワケだが……、柳は、どうなんだろう? 好きな奴とか、いるのかな。
……俺はシンプルに、最近できたちょっと変わった友人……、葵クジラの恋愛を応援したいと思っていた。……いや、まぁ、アイツに彼女でもできてくれりゃあ、紅が葵を諦めてくれるカモ……、っていう、邪な算段がなかったワケでもないが――
柳アゲハの胸の内。
……もし柳『も』葵のことを好き、なんてことがあり得るとしたら……。
――恋愛に臆病なアイツでも、一歩踏み込む勇気を、持てるんじゃねぇかな。
(なぁ、柳ってさ、好きな奴とかいるの?)
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