24.「ジー・ザス……」
思わず声を絞り出して、でも俺はその名前を呼ぶくらいしかできなかった。紅がジト―っと、生ごみでも眺める目つきで俺の方を見ていて、ハッとなった俺は、慌ててゴシゴシと、破竹の勢いで目をこすりはじめる。
「……ば、バカッ……、泣いてなんか……、ねぇよ。こ、これは、目から汗が出てきただけで――」
「……いや、ジャイアンじゃないんだから……」
「……? 誰だよ、ソレ……」
「……なんでもねーよ」
紅の言葉がシンプルに理解できていなかった俺だったが、すぐに幾多の疑問符が頭の中を支配していった。……っていうか――
「な、なんでお前が『ココ』にいんだよっ!?」
「……いやココ、『入り口の階段』だから、帰ろうとしただけなんだけど……」
「……そ、そりゃそうだけど……、ライブ終わってもう結構経つのに、なんでまだ残ってんだよ……ッ?」
「クジラたちがさ、ライブ始まる前にどっかいっちゃって……、一応、戻ってくるかもしれないから待ってたんだけど……、全然こねーから、もう帰ろうって、それだけだよ」
ボソボソと、めんどくさそうに低い声を唸らせるのは『紅』で――、俺の頭上の疑問符は増殖を増すばかり。俺はポカンと、マヌケ面を薄汚い空間に晒していた。
――はっ……? 『ライブ始まる前にどっか行った』……? 葵、どういうつもりなんだ……、まさか、俺と紅を二人にさせようと気を利かせてくれたのか?
――い、いや、アイツがそんなトリッキーな気遣いを見せるわけがねぇ、そういえば葵……、柳に惚れてるんだったな、柳連れて、どっかシケこんだのか? ……ってそんなことするタマじゃねぇか、……っていうか、柳、そういえば、なんで急に俺のライブなんか――
「――ねぇ」
氷みてぇに冷たい声が、耳を貫く。
「邪魔なんだけど、そこ、どいてよ」
「…………えっ?」
――グルグルグルグル、頭ん中を回るクエスチョンマークに目眩を起こしていた俺は、自分の目の前に惚れた女がいることなんてすっかり忘れちまってて――
「……あっ、わ、わりぃ――」
――すごすごと、情けなく立ち上がり、情けなく壁に身を寄せる。
紅は、チラッと一瞬こっちを見た後、なんでもないように視線を逸らして、だるそうに薄汚い階段を登り始めて――
――コレで、いいのかよ……。
絶対に外しちゃいけないところで、とんでもないヘマして、
ガキみたいに、半べそかいているトコ見られて――
……だせぇ。
だせぇ、だせぇ、だせぇ、だせぇ。
……こんなの、ただの、負け犬じゃねーか……。
『カッコ悪すぎる』ぜ……、雷、コトラ……ッ!
「――オイッ!!」
自分でもビビっちゃうくらいデカい声が、喉から勝手に飛び出した。
――俺の眼前、段差三つ分くらい離れた距離の紅が……。
俺に背を向けたまま、ピタっと足を止めて――
「今日は……、ありがと、よ……、き、来てくれて……、でも――」
さっきの威勢はどこへやら、俺の声は、喉仏が締め付けられたみたいに震えている。
「でも――、ゴメン……、な、情けない演奏、しちまって……」
叱られて、しょんぼりしている子供みたいに、俺の声が尻すぼむ。相変わらず紅は、俺に背を向けたまま。俺の声が届いているのかも、よくわからない。
「――だけど、よ……」
締め付けられた喉仏から、俺は必死に声を絞り出す。
「だけど……、もう――、ヘマは、しねぇから」
目に力を込めて、拳をギュっと握りこんで、ガクガクと震える足で、薄汚ねぇ地面の上を必死に立って――、
「もう――、あんな情けねぇ演奏しないから……、だから、だ、だから――」
「……次、いつだよ」
氷みてぇに冷たい声が、耳を貫く。
ポカンと、バカみたいに口を開いているのは『俺』で――、俺に背を向けていた紅が、チラッと、ちょっとだけ……、ほんのちょっとだけ振り返って、こっちを見た。
「……次、いつやんだよ、ライブ」
紅は確かに、『そう』言った。
意識を取り戻した俺は、
アホみてぇに慌てて、
まくし立てるように、金切り声をあげて――
「――ら、来月……、来月の頭! また、ココ、同じライブハウスで――」
「――あっそ、じゃあ次のライブのギターソロ、またミスったら、殺すから」
声を吐き捨てた紅が、再び正面を向いて、なんでもないように階段をまた登り始めて――
薄汚ねぇ、都会の街に、消えていった。
「――えっ……?」
相変わらずバカ面晒している俺から、相変わらずアホみたいな声が漏れた。
……次……、って、言ったよな、紅。 ……ってことは――
アイツまた、俺のライブ、来てくれるってコト?
……お、おお……、おおおおおお――
「――う、うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
自分でも引くくらい、でかい声の雄たけびが、
薄汚ねぇ地下室に、バカみてぇに、アホみてぇに、木霊する。
――ジー・ザス……。
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