23.「どんだけ、ロックなんだよ」
――のは気のせいだったんだけどよ……、俺よりも頭一つ分小さい女が、筋肉なんててんでついてなさそうなほっそい腕の女が、ガタイの良い複数の男達に囲まれながら――
ギロッて、獣みたいな目つきで、威勢良くタンカ切ってたんだ。
……連中が、紅ホタルの『正体』を知らずに声をかけちまったのが運のツキだったんだわな。ソイツらの内の一人が、凄い形相でキレ始めたんだけど、近づいた瞬間、紅にみぞおち殴られてノックアウト。
――痺れたわ。
アイツ……、紅は、なんでもない表情で、ゴミ置き場にゴミ袋を投げ捨てるみたいに、ソイツのことを殴ったんだよ。さも、当然ってツラでな。予想外だったのか、面くらったみたいにあたふたし始めた連中は、だせぇ捨て台詞吐いて、スタコラ逃げちまった。紅は、そのあと何事もなかったのように女子トイレん中入っていって――
うちの学校の平和は、一人の小柄なロックスターによって取り戻された。……でも、そのことを本人が周りに言うことは決してなくて、っていうか、たぶん本人ですら、そんな意識なんてなくて――
「……どんだけ、ロックなんだよ――」
廊下でバカみたいなツラ晒している俺は、一人でそうこぼして、
気づいたら、紅に惚れてた。
――そっからかな。俺は、せめてギターを弾いてる時だけは、ライブをやってる時だけは……、『嘘だけは吐かねぇように』って、自分をさらけ出すようにした。カッコつけんの止めて、自分の全部を吐き出すようにした。アイツに……、『紅ホタル』に認められるような男になんなきゃな、って――。……だから、かな。その年の学園祭のライブは、いつもよりも何倍も気持ちよく演れた。「ああ、ライブって、こういうことだったんだ」って、気づくことができた。
――で、二年に上がって、運命のクラス替え……、嬉しくて飛び上がりそうになったぜ。なんせ紅と同じクラスになれたんだからな。その時の俺はライブを重ねることで、等身大の自分を表現できるようになったと感じていた。ギターを弾いている時だけは、『ネアカの仮面』の剥がれた本当の自分で人と向き合えるようになっていた。四月の始業式、俺は早速自分のライブに紅を誘おうと、意気揚々と教室に向かった。
――んだけどよ……、まさかの、展開。……ジー・ザス――
『紅ほたる』が、一人の男子と、仲良さそーに戯れてんだわ。地味で暗くて、たぶん同窓会で最後まで名前を思い出すことができなさそーな、うす~い男……、『葵クジラ』っていう、変な名前のクラスメートとよ。
――ポカンとした俺は、その日は出鼻くじかれちまって、紅に声をかけることすらできなかった。……そのあとしばらく紅のこと見てたんだけどよ、紅……、授業中も、休み時間も、チラチラと『葵』のことばっか見てんだわ。……毎日ガキみてーにちょっかいだして、『好きな子にいたずらしたくなる小学生男子』そのものなんだわ。
――まさか、アイツら、付き合ってんのか……?
そう思ったら、気になって気になって……、つい、葵本人にそのことを聞いちまったのは最近の話でさ。……えっ? その先はもう知ってるから大丈夫だって? ……あ、そうかよ。
――とにかくさ、だから俺は、今回のライブは、絶対に失敗できなかったんだ。
……サイコーにカッコいいところを、紅に見せなきゃいけなかったんだ。
……なのに、よ――
「……ちく、しょう……ッ!」
拳でコンクリの壁を何度も殴った。そうしていないと耐えられなかった。自己否定に潰されそうだった。心が潰れるくらいだったら、身体が傷つく方がマシだった。
……ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう……、
俺は何度もその言葉を繰り返していて――
ふと、気づく。
驚愕の事実に、ギョッとなる。
「――はっ? 俺……」
そっと頬を指でなぞって、湿った感触が指先を冷やして――
「……泣いてる……、じゃねぇか……、ハハッ――」
――限界点に達していた『情けなさ』のバロメーターが、さらにメモリを振り切ろうとしていて、俺は何かをごまかす様に笑うことしかできなかった。
「ハハッ……、ホント、とことんだせぇ、どうしようもない……、ヘタレ野郎――」
笑って笑って、でもその目はやっぱり滲んでいて。
「――こんなところ、誰かに見られたら、死ぬしか――」
止まらなかった俺の独り言が、ピタリと、止まる。
「……何アンタ、泣いてんの?」
――えっ……?
――一瞬、何が起こったのか認識できなかった。
赤みがかったツインテールがたゆんで跳ねて、
ソイツは相変わらず、世界一不機嫌そうなツラをしていた。
「く、紅――」
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