第五幕 ~雷コトラが泣いたワケ~
22.「バンドやってる奴って、大概暗くてモテないからな」
――ジー、ザス……。
エルヴィス・プレスリー、ジョン・レノン、カート・コバーン、尾崎豊……
ロックの神様仏様。ゴメンナサイ、俺はやっちまいました――
薄暗い空間で、小汚い階段に腰を落として、頭を垂れている俺の口からはLOWつまみマックスのヘヴィなタメ息しか出てこない。
――待ってろよ紅、俺、サイッコーのギターソロ決めてやっから――
「……あんな大口叩いといて、何やってんだよ、クソっ――」
昨日の自分の言葉が、頭ん中で呪いみてーにエコーする。歪みがかったような頭痛を覚えた俺は、思わず薄汚れた壁をドカッと拳で殴った。
俺……、あ、雷コトラってんだ。バンドでギターやってる、
将来はスーパーギタリストになって、ロックフェスのオオトリのライブ中にギターぶっ壊してそのまま心臓麻痺で死ぬ予定だから、伝説になる前にサインもらっておいた方がいいぜ? ベイベー。
……なーんてな、普段の俺は、軽口から産まれたみたいにバカばっか言ってて、周りの連中も明るくてネアカな奴って思ってんだろうけど――
「――ハァッ……」
ホントはさ、俺、びっくりするくらい暗いんだわ。みんなの前では笑って、家に帰って一人でヘコんで……、典型的なネクラなんだわ。
大体さ、「バンドやってるとモテるんでしょ?」……ってアホみたいに聞いてくる奴いるけど、バンドやってる奴って、大概暗くてモテないからな。プロにでもならない限り、ファンなんてつかねーし。
モテる奴って、ギターとかちょっとかじってもすぐ飽きやがるんだよ。結局、モテるやつにバンドなんて必要ない。バンドが必要なのは、俺みたいに『自分にどうしようもなく自信がないヘタレ野郎』だけ。……バカみたいにバンドばっかやってる連中って、それしかアイデンティティを保つ方法がないから、皆必死こいて喰らいついてんの。自分見失わないように、楽器にすがるしかないんだわ。
俺はね、『カッコ良く』生きていきたいの。だせぇことはしたくないんだわ。……だけどよ、本当にだせぇのは『俺自身』ってことも知っててさ、それをみんなに知られたくなくて、隠すのに必死なんだよ。ギター始めて、髪の毛染めて、ピアス穴開けて、バカやって――
『俺ってすごいでしょ?』っていう、アピールに必死。で、ヘロヘロになっておうちの中ではバタンキュー。……いやー、自分で言ってて引くくらいだせぇわ。
ロックな『振り』をしている俺が一番、ロックを舐めてんだよな……。本当にロックな奴って、自分貫いて、周りなんてカンケーねぇって、堂々と生きているような、そんな奴。人生に、なんのアピールもポーズも要らねぇって、知ってる奴。
――紅ホタルみたいな奴、なんだよな……。
俺が紅に惚れたのは一年の頃。……なんか、他クラスで、可愛いのにやたら暴力的な女が居るって噂は聞いてて、当時の俺の紅へのイメージはあまり良くなかった。「怖ぇな、関りを持たないようにしよう」って、そんくらい。
――で、『文化祭シーズン』になってさ、近くの高校……、底辺偏差値のバカ高から、素行の悪い連中がうちの学校に来たんだわ。まぁ、ナンパ目的だわな。そいつらは顔の良い女子に片っ端から声をかけまくってた。うちの学校って、どっちかってーと真面目で大人しい連中が多いから、声をかけられた女子たちも顔をひきつらせるくらいしかできなくて、周りの男達も、遠巻きに眺めるくらいしかできなくて、先生連中ですら、大事にならなければって、見て見ぬ振りをして――
――俺もさ、そんなだせぇ連中と一緒。気づかない『振り』をするのに必死で、嵐が過ぎ去ってから「大丈夫だった?」とか、声かけて、良い奴演じて――
……相変わらずだせぇなって、ヘコんだ。「おい、お前らみたいな連中、及びじゃねぇよ、とっとと失せな」って、妄想だけは一丁前。でも、その台詞が喉の奥を通過することは決してなかった。……飛び出して行って、ソイツらに睨まれて、へどもどしている所をみんなに見られるカモ――、って思うと、身体が、動いてくれなかったんだ。
……自己嫌悪で死にそうになって、耐え切れなくなって廊下に出た俺は……、
例の連中に取り囲まれて、
世界一不機嫌そうなツラしてやがる、
『紅ホタル』と遭遇した。
「――はっ? 何アンタら。口臭いんだけど、普段ウンコでも食ってんの?」
世界が、止まった。
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