18.「うるさいから、みぞおち殴ったら、その場で気絶した」
「……どうなってんだよ――」
途方に暮れたアタシの口から、独り言が漏れた。
……とりあえず、今の状況をそのまま説明するぞ。
なんか、トイレから出てきたら、クジラ達がどこにもいなくて。
赤い髪のキモい男が、すごい勢いでキレてて。怒鳴り声あげながら暴れてて。
うるさいから、みぞおち殴ったら、その場で気絶した。
周りの連中が、ギョッとした顔でアタシの顔を眺めながら、ヒソヒソと囁きやがる。
――アイツ、噂の『紅ホタル』じゃねーか……、か、関わるな――
同じ高校の制服姿の連中が赤い髪の男を抱えて、すごすごと控え室っぽいところに連れていった。……半径1メートル圏内、時限爆弾を取り囲むみたいに、アタシの周りには誰も近づかない、……ちょうどいいや、狭かったし。……っていうか、クジラたちどこ行きやがったんだよ。ハァっ――
「アタシ一人でこんなところにいても、しかたねーだろ……」
こぼれた声は、行き処を完全に失っていて、
薄汚れた地面に、ポツンと落ちた。
ふいに、やかましいガチャガチャとしたBGMがフェードアウトしていった。おもむろに、照明が暗くなっていった。……あ、コレたぶん、始まるやつだ。
帰ろうかとも思ったけど、クジラたち戻ってくるかもしれないし、どうしようかなと逡巡している間に、ステージに垂れ下がっている幕の裏側、ジャーンと喧しいエレキ音が鳴り響く。
――開幕。
檀上にいる男どもが、楽器を抱えながら何が楽しいのかピョンピョンと飛び跳ねている。
ステージ中央奥に座っている男が、ドカドカと鬼の仇のように太鼓を叩きならしている……、あ、あれはちょっと楽しそうだな。
ふいに、金髪をワックスでゴリゴリに固めている一人の男が、ステージ中央にそびえるスタンドマイクに向かって、一言、「行くぞ!」とか、ダサい掛け声を叫んで――
……あ、『アイツ』だ。
ポツンとそう思った矢先、カンカンとドラムスティックの音が鳴り響く。檀上の男どもがせーので同じ音を鳴らして、ドンッ――、と音圧が前方からなだれ込んできたもんだから、アタシは背中から倒れそうになった。
アップテンポのリズムに乗って、『アイツ』は憑りつかれたように身体を動かしていて――
――へぇーっ……。
ちなみにアタシは、音楽なんて普段は殆ど聴かない。音楽の授業で口を開いたことすらない。人前で歌を歌うなんて、アホのすることだと思っている。『芸術』ってやつ自体、腹の足しにもならねーのに、なんで存在しているんだろうって思っている。バンドなんて、モテない男がモテるためにやってるだけの、ファッションの類だと思っている。……思って、『いた』。
ステージ上で、必死な形相で、びっしょり汗をかいて、マイクに喰らいつくように『がなり声』をあげているアイツの声は、およそ『綺麗な歌声』とはほど遠いんだけど……。
……思ってたより、『マジでやってる』んだな、アイツ――
気づいたら、アタシはアイツの顔を、食い入るように見つめていた。
――ライブなんて、てんで観たことはなかったけど、案外飽きずに見れるものだ。時間はあっという間に過ぎ去っていった。ハイテンポでノリの良い曲が続いて、ずっしり重めのローテンポな曲を挟んで、しっとりとしたバラードが終わって――
「――次の曲が、最後です。……ありがとう――」
――満身創痍のアイツが、だだっ広いホールに声を投げる。
シンッと静まり返った空間に、カンカンと再びスティックの音が鳴り響く。イントロの、ギターのメロディが奏でられる直前――
アイツが……、『コトラ』がチラッと、アタシの方を見た気がした。
……そう、いえば……、葵に、屋上に呼び出された時――
――うちのクラスのコトラに、ホタルに好きな人がいるかどうか聞いてみてくれって、頼まれたからなんだけど――
……もしかして、アイツ……、アタシのこと――
……クソッ。
――なんでだよ。
――なにちょっと……、『ドキッ』としてんだよ――
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