19.「でもまぁ、たまには『アホ』になってもいいとは思うし」


 最後の曲は、どこぞの青春映画のエンディングみてーに、わかりやすく爽やかな曲だった。

 サビが終わり、スタンドマイクの前を陣取っていたコトラが、ふいに前に出る。何事かと思って眺めていると、ピロピロと泣き出すようなメロディが甲高く響く。……あ、これが世に言うギターソロってやつか。


 コトラは、まるで自身で唄いあげるみたいに、エレキ音に魂を込めるように――、一心に、その音を奏でていた。


 アタシは、楽器の上手さなんててんでわかんないけど、コトラが引くほど真剣だってことだけは伝わってきた。……アイツの目、どこかを一点に見据えているようで、でもどこも見ていないようで、とにかくアイツは、自分の世界に夢中になっていたんだ。


 人前で歌うなんて、アホのすることだと思っていた。

 『芸術』ってやつ自体、腹の足しにもならねーのに、なんで存在しているんだろうって思っていた。

 ……でもまぁ、たまには『アホ』になってもいいとは思うし、腹の足しにならねーことに、バカみてーに人生を捧げているやつもいるワケで――


 ピロピロと泣き出すようなメロディがうねりを上げる。

 その音は途切れることなく、私の耳にねじ込まれていって、

 コトラの真剣な『表情』と、エレキ音で奏でられる『メロディ』が、次第に、重なりあっていく気がして――

 その音が、プツンと、何の前触れもなく、突然途切れたんだ。




 世界が、止まった。



 ――と思ったけど、気のせいだったらしい。ドカドカとはた喧しい太鼓の音が鳴り響き、ベケベケとベース? ……とかいう楽器の、低い音が鳴ってて――


 まるで、電池が切れたおもちゃみてーに、コトラは動かなくなっていた。

 ピタっと、エレキ音が泣きわめくのをやめた。


 ――あ~あ……。


 投げやりに、こぼすように、アタシは息を漏らした。

 バンドを知らない私でも、何が起こったのかはわかった。


 コトラが持っている派手に黄色いギター、に、張り巡らされている細い糸――、

 『弦』ってやつが、プッツリ切れやがったんだ。


 コトラはそのままステージ上で固まったままだった。どこを見るでもなく、何に目を向けるでもなく、その目は生きた人間のソレとは思えなかった。


 そのまま、ステージは終了を迎えた。ドラムとベースだけのアウトロが、空しく鳴り響いた。



 幕が閉じて、ガヤガヤと喧騒が戻ってくる。

 古い洋楽ロックのBGMが、遠慮がちに流れる。


 キョロキョロと周囲に目を向けるも、クジラたちは結局戻ってこなかったみたいだ。投げやりに、こぼすように、アタシはハァッと大仰なタメ息を漏らした。



 ……アタシ、一人で何やってんだろ――

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