17.「目には目を。完全懲悪。正義は勝つ」
さきほどまでニコヤカに笑っていた葵くんが、今はマネキン人形みたいな真顔で赤い長髪の彼をジッと見つめています。ガヤガヤと、喧騒は相変わらず喧しく、騒がしく……、赤い長髪の彼は額にシワをいっぱいに寄せていて、機嫌がよろしくなさそうなのは誰の目から見ても明らかでした。
「……君、彼女にぶつかったとき、何も言わなかったでしょ? 謝りなよ」
「……はっ? 知らねーな……、誰なんだよテメー」
ジトッとした目つきで、色のない表情で――、
葵くんの声は淡々としていました。普段から抑揚のないトーンで喋る彼ですが、いっそう拍車がかっていて、まるでロボット音声のようです。
――でも、何故でしょう。その言葉の奥から底知れぬ怒りが見え隠れしている気がして……。
赤い長髪の彼は相変わらずふてぶてしく、だらんと片足に体重を預けながら、斜め四十五度に顔を傾けながら、鋭い三白眼を葵くんに向けています。
――一触即発の雰囲気……、葵くんの突拍子もない行動に、思わず固まってしまった私でしたが、ようやくハッと意識を取り戻して、慌てたように声をあげました。
「……あ、葵くん……、私は、大丈夫ですから……」
――でも、私の声なんて、『まるで聞こえていない』みたいに、葵くんは反応がなくて、赤い長髪の彼の目を、ジッと見据えているだけで――
「……フーン、謝らないんだ」
「……あっ? さっきからテメー、何言って――」
「――柳さん、ちょっとコレ、借りるよ――」
私が左手に持っていたプラスチックのコップ。半分の量になってしまったオレンジジュースを、葵くんが、ひょいと右手で持ち上げて、横に傾けたかと思うと――
赤い長髪の彼の顔に向かって、思いっきりひっかけました。……って――
――えぇーーっ!?
……葵くん、な、何を――
「――ッ!? ……て、てめー! 何しやがっ――」
「……目には目を。完全懲悪。正義は勝つ」
――五七五のリズムで、オリジナルの俳句を流暢に読み上げたのは『葵くん』で――、赤い長髪の彼が、凄い形相で葵くんに詰め寄ろうとしてきました。そんな彼の行動をまるで読んでいたかのように、葵くんは少しだけ後ろに身体を反らして――
――ドカッ!
葵くんの振り上げた『右足』が、
赤い長髪の彼の……、ま、またぐらのあたりに……、
――クリーンヒット、したんです。
「~~~~~ッ!!」
声なき悲鳴が聴こえました。長髪の彼が、ガクリとその場で身をうずくまらせました。ようやく騒ぎに気づいた周囲の人々が、悶絶している彼に向かってギョッとした目つきを向けて、何事かとザワザワ囁きだして――
「――柳さん」
――声を掛けられて、ハッとなります。
目を向けると、無表情の葵くんがこっちを見ていて、
ふいに、私の腕を掴んで――
「……ゴメン、逃げよう」
――そんなことを言いながら、グイッと私の身体を引っ張りました。私はされるがまま、あれよあれよと足を動かし、ライブハウス会場の喧騒を置き去りにしながら、古い洋楽ロックのBGMがフェードアウトしていって――
まるで、走馬灯のように視界が巡ります。およそ私の頭の中は、急展開についていくことなんてできませんでした。
でも、ポツンと、心の中で思ったことが、ひとつだけ。
葵くん……、思っていたより、『ロック』な方なんですね――
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