14.「さっきからずっと、何言ってんだろう」


 示し合わせたように、チャラ男と、クジラと、アタシが、声のする方に顔を向けると――


「……わ、私も行っていいでしょうか? コトラくんの、ライブ……」


 ――線の細いロングヘアがなびいて、『ソイツ』が興奮した素振りで肩を震わせていた。


 ……この女……。


 恐怖に支配されていた私の身体に、怒りのマグマが煮えたぎる。



 『柳アゲハ』。



 ……何にも興味を示さないクジラが、

 ……何を考えてるのか、てんでわかんねークジラが、


 ――『この女』と会話している時だけ、心底幸せそうなツラしやがる……ッ!



 ――ギュっと、握りこぶしに力を込めた。

 そうしないと、ジッとしているのが耐えられなかったからだ。


「……えっ、柳って、ロックに興味あるの?」


 ――私の怒りなんて露知らず、キョトンとしたツラでマヌケな声をあげたのは『チャラ男』で――


「…………えっ?」


 新品のスリッパで頭を引っぱたかれたみたいに、アゲハが目を丸くした。ハッと何かに気づいたように口元を掌で覆い、……かと思うと――


「――い、いえっ! 私、ロック音楽なんて、一ミリも一ミクロンも一ナノも聴いたことは、ございませんのですけどッ!?」


 ――壊れたオモチャみたいに、ブンブンと両手を振り出す。……何、コイツ。


「……えっ、じゃあなんで、俺のライブ観に来たいの?」

「あっ……、あっ、そ、それは……、な、夏休みの自由研究の題材に、しようといたしておりましてッ!?」

「……興味ないのに?」

「――ッ!? 新しい世界にえいやっと飛び込んでいくのが、うら若き乙女の使命であると伺いましてッ!?」


 ――さっきからずっと、何言ってんだろう。



 たぶん、この場にいる全員が、そう思った。



「――決まりだね」


 十秒くらい沈黙が続いて、ポツンと声をあげたのは『クジラ』で――


「僕と、ホタルと、柳さん……、三人で、雷のライブ、観に行くから」


 ――そんなことを言いやがるもんで、アタシは思わずガバッと立ち上がった。


「ちょっ……、何勝手に決めてんのッ!? アタシ、まだ行くなんて一言も――」

「……えっ、こないの?」

「……い、いや……、行かないとも……」

「……じゃ、やっぱり決まりだね?」


 ――ニヤッと、意地悪くクジラが口角を上げて、アタシは思わず、地面に目を伏せて――


 ……クソッ、クジラの野郎、普段は無表情なくせに……。



 こういう時だけ、優しそうに笑いやがって――



「――ジー・ザスッ!! ……紅、俺、サイッコーのギターソロ決めてやっから! 耳の穴洗濯して待っとけよッ!?」


 『チャラ男』がビシッとアタシに指を突き出したかと思うと、近くに置いてあったギターケースをしょいこんで、颯爽と教室の外に消えていった、スキップをしながら。……コイツ、マジでなんなんだろう。なんで、アタシに――


「……じゃあ、そういうワケだから、明日はよろしくね、ホタルに……、や、柳さんも――」


 ――『あの女』の名前を呼んだ瞬間……、照れ隠しをするようにポリポリと頬を掻いたクジラが、地面に目を落としながらそそくさと場を離れる。……クソッ。

 ……なんで、コンナコトに……


 大仰なタメ息をハァッと吐いて、大仰に肩をガクッと落とした私の『耳』に――



「――く、紅さんッ!」


 ――不愉快で不快なアゲハの声が、飛び込む。


 アタシは思わず、声がする方をギロッと睨んだ。

 最大級で最上級に不機嫌なアタシは、もはや怒りのボルテージはとっくに限界点を振り切っている。私に睨まれたアゲハが、たじろぐように身を引いて、でも、グッと目に力を込めたかと思うと、アタシのことを睨み返してきて――


「……私、負けない……、ですからねッ!」


 ――そんなことを言うもんだから、アタシの目が点になるのは『必然』で。

 限界点を振り切っていた怒りのボルテージが、空気の漏れた風船みたいに萎れていく。


 アゲハが踵を返して、足早に教室の外へと消えていった。誰もいない舞台に一人残されたアタシ、頭上のクエスチョンマークは増殖するばかりで、小柄なアタシの身体をぎゅうぎゅうと押しつぶそうとしている。



 ――い、一体全体……、何が、どうなってやがんだよッ!?

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