13.「殺さねぇよバカ、殺すぞ」


「……ご、ゴメン、頼むから殺さないでくれ……」

「……殺さねぇよバカ、殺すぞ」


 ……あ、思い出した。確か『雷コトラ』とかいうふざけた名前のチャラ男だ。たまに教室でエレキギターを弾いていて、うるさくて思わず蹴り飛ばしそうになった記憶がある。


 ――ちなみにアタシは、こういうロッカー気取りで調子乗ってる男がこの世で最も嫌いだ。コバエよりも嫌いだ。殺虫スプレーをかけてやりたい。


「……あ、あのですね……、く、く、く、く、くれ、ない……さん――」

「……?」


 ……なんだコイツ? いつもはゲラゲラでかい声で笑ってるくせに……、妙にカクカク固まっちまって……、きもっ。

 ……って、アレ――、コイツの、後ろにいるのって……


「……あのね、ホタル。雷がさ、今度のライブに来て欲しいんだって」

「……! オ、オイッ!」


 ――えっ、クジラ……?


「バッ、バカっ! なんで葵が言っちゃうんだよ!? ……ココは俺がカッコよく誘うつもりだったのに……!」

「……いや、さっきの感じだと、絶対無理でしょ。……っていうか今の、ホタルの前で言ってよかったの?」

「――はっ……、しまった……」


 ――なに? 何が起こってんの? ……なんかのコント?


 ……ワケもわからず、眉間にシワを八本くらい寄せている私の眼前――

 何やら慌てふためいているのは『チャラ男』で、

 それを蔑むように眺めているのは『クジラ』で――


 ……っていうか……。クジラ、アンタ――



 ――何、『何事もなかったかのように』私に話しかけてきてんのよ……ッ!



 怒りで脳内の血管が三本ほど切れた。

 アタシは自分の寿命が三年ほど縮まるのを感じた。


「……ええいっ! もう、なるようになりやがれッ! ……た、頼む! 紅! 今度の俺のライブ、観に来てくれッ!」


 ――ふいに膝をついたチャラ男が、地面に両手をついて――

 ガバッと、ものの見事な土下座を披露した。

 椅子に座っているアタシは、ポカンと大口を開けて見下ろすことしかできなくて――

 ……え、マジでなんなのよ、この状況……。


「……あの、意味わかんねーんだけど……、なんでアタシが、ワザワザあんたの不愉快な雑音聴きに行かなきゃいけないわけ?」


 ――醒めた目つきで土下座男を見下ろしているのは『アタシ』で、

 ――ビクッと、アタシの言葉に呼応するように身を震わせたのは『チャラ男』で、

 ――アタシのことを、浮浪者でも見るように睨んで来たのは、『クジラ』で――


「……ホタル、それはひどいよ」

「――う、うるせぇな、ってかクジラ、なんでアンタこのチャラ男と一緒にいんのよ?」

「……付き人?」

「…………はぁっ?」


 アタシが露骨に口角を吊り上げると、きょとんとした顔のクジラが首を斜め四十五度に傾けた。

 ……コイツ――



「――り、理由はッ! あるッ!」


 ――突如、チャラ男がガバッと顔を上げ、アタシとクジラが思わずギョッと身をのけぞらせた。

 両眼を限界まで見開いているチャラ男の目はギラギラと充血していて――


「俺の……、俺のカッコイイ所を……、紅に見て欲しいからだッ!」


 ――歯の浮くような戯言が、狭っくるしい教室内に響いた。



 ……はっ? マジでなんなの、コイツ――



「……土下座までしてるワケだしさ、ホタル、行ってあげなよ。僕も一緒に行くからさ」

「……えっ? クジラも行くの? アンタ、バンドに興味なんてあるの?」

「全くないよ。百パーセント義務感だけど、僕、頼まれたら断れない性分だから」

「……ナニソレ、なんでアタシらがこのチャラ男のために、貴重な時間をドブに捨てないといけないのよ」

「雷は思ったよりチャラくないよ。真っすぐで良い奴だよ。ちょっとバカだけど。……だから、行こうよ、……いいでしょ?」

「なっ……」


 ――ク、クジラ、アンタ……。



 ……そんなかわいい顔、するんじゃねーよッ……!



 頬がボーッと熱くなって――

 アタシはソレに、全力で気が付かない振りをする。



「紅ッ!!」


 ――再びチャラ男がでかい声を出して、私の肩がビクッと震える。チャラ男は興奮のためか顔が真っ赤に紅潮しており、鼻の穴から蒸気を発していた。……初めて、男のことを怖いと思った。


「……頼む、後悔はさせねぇ。お前のその、絶対零度のギザギザハート――、俺のギターで、アツアツホットなホットケーキにしてやっからッ!」


 ……や、やばい……。



 ――コイツ、何言ってるか全然わかんねぇッ!?



 恐怖で顔がひきり、アタシは声を失った。頼みの綱のクジラも、頭上にクエスチョンマークを舞い散らかしながら、関係ねーってツラでポリポリと頬なんか掻いてやがる。……ど、どうしよう。


「……頼む、頼むよッ!」

「……えっ、ちょっ、ヤダ……、ち、近づかないで――」


 ――やべ、思わず弱っちい声が出ちまった……。こ、このままだと――


「――あ、あのッ!?」



 ――突如響いた、『第三者』の声。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る